玄関脇にいた男が、片手に銃を、もう片方に黒の大きな袋をもち獅童たちを含めた客に金品をここに入れろと促す。
皆震える手で、鞄ごと次々と入れていく。
命の方が、金より勝るからだ。
「次はお前だ」
潤一郎の隣にいる、四十代のサラリーマンの番だった。
しかし、鞄を抱きかかえ動こうとしない。
「おい、ジジィ。聞こえてるのか? それを入れろ」
銃を突きつけながらも、男性は首をふっている。
「こ、この中には、つ、つ、妻の入院費が、は、入っているんですっ」
だから、渡せない……。
そう消えそうな声で答える男性。
周囲に小さなどよめきが走る。
今はそんなことより自分の命の方が大切だ。そんな状況で、彼はそのような事を口走るからだ。
それにこちらの身まで危うくなる、皆その人物から僅かに身を引き始める。
――あぁ、やばい。
人質の人達と同様に、拳銃を持っている男の空気も別の意味で変わった。
獅童は動かない。これは明らかに彼の自業自得だからだ。
大人しくしておけば、とりあえず自分の命は助かるし生きていれば費用など何とかなるかもしれない。
それを考えられなかった男性に非がある。そう獅童は思った。
しばらく経てば、犯人達の隙をつけることができるかもしれないが、今のこの状況では圧倒的に不利だ。
獅童の頭は冷えきっていた。
――所詮は他人――
彼と人との間に溝が垣間見えた瞬間だった。
「そんなに大事なら、離すなよ」
サラリーマンの額に銃口を押しつける。
彼は、小さく悲鳴を上げる。
「や、やめろっ」
突然、今の今まで獅童の横で怯えていた潤一郎が、拳銃を持った男に向かって手の中にあったお金を投げつけた。
そして憤然といった。
「い、い、い、命は、金より大事なもんだぞ! そのおっちゃんの奥さんが大変なのに、大切な人の命が今、危ないのかもしれないのに、お前らは金の方が大事なのかよ! 金より大切なもんはないのかよ! この人でなしどもっ」
「なんだとっ、このガキ」
「いっ」
「潤!」
ガウゥゥゥンッ…………
室内に響く二回目の銃声。近くにいた人々は悲鳴をあげ、その場から必死に離れようと走る。
「コウくん!? バカ!?」
漠が悲鳴に近い声で叫ぶ。
彼の方からでは、逃げる人が邪魔で二人の姿が見えないからだ。
「ス、スイ……?」
「っ」
焦げ臭い匂い硝煙が室内に漂う。
獅童は身じろぐと、左腕に激痛が走る。どうやら避け損なったらしい。
青のジャケットが真紅に染まっていく。
せっかく用意してくれたのに台無しになってしまった。
そう冷静に獅童は思ったのと同時に、普段あまりうかばない感情がこみ上げてきた。
彼は潤が撃たれる瞬間、咄嗟にかばっていた。
何も考えていなかった。
損が有る無しに関わらず。
それは普段の獅童には考えられない行動だった。
浅い息で、微かに笑う。
「スイっ、ち、血が出ているぞ。痛いのか? 早く手当てしないと……!」
撃たれてもいないのに、蒼白になっている潤一郎の顔を皓彗は覗き込む。
――本当にお前は予想外の事をするな……。
大抵は何もせず、傍観するだけだ。
自分の命の方が大切だから。
他より、我をとる。獅童もそうだ。
まさかずっと縮こまっていた人間が、あろうことか銃を恐れずに説教するとは。
己より他をとる向こう見ずの人間がいることに少なからず皓彗は、何かに感謝した。
気が遠くなるような鈍い痛み。
さすがにすぐには動けない。
左腕は動かそうとすると、鉛のように重くしびれた感じがするが、動かないわけではないと彼は確認する。
「はっ、美しき友情とでもいわせたいのか」
皮肉に笑う男は、もう一度銃口を獅童の頭に向ける。
どうやら気が収まっていないようだ。
「おい、あまり無駄遣いするな。計画に支障がでる」
リーダーが一応忠告はするが、止める様子はない。
一人ぐらい死傷者がでても、計画には差し支えない、そう語っているようだった。
「ああ、わかってる」
撃鉄を起こすのを見た潤一郎がまだうずくまっている獅童をかばう。
震えているのがわかる。
――そんなに怖いのなら、逃げてくれればいいのだがな……
ため息をつき、視線を下へと向ける。望んだ量になった赤の液体に自分の意識を集中する。
獅童は頭の中で天秤を想像した。
プラスの作用は彼にとって、マイナスより引き出しにくいため、いつもイメージで補ってるのだ。
つり下げられた赤と黒の皿。
両方の皿には何も入っていない。
しかしゆっくりと赤の皿が傾くのをイメージする。
すると、何も入っていなかったその皿から、光る何かがでてきた。
そこからは彼の意志とは関係なく、だんだん輝きを増していく。
そして、その光は突然はじけたのだった――――。