2.時間の無駄! 1p


「勘弁してよ〜〜。僕、明るい所嫌いなんだよ」
 裏街道の不気味な暗さ、静けさとはうって変わり、表街道(おもてかいどう)は太陽の光が輝いて、人々がにぎやかに歩いていた。
「うっせ! あんな変な所、いつまでもいれねえよ」
「だから青臭い餓鬼は嫌いなんだよ。ねぇ、僕はいつになったら、解放されるの?」
「だから、俺の依頼を聞いてくれるまでだ!」
「それは無理、嫌」
「なら黙って来い!」
 ヨロヨロと引きずられながら、ドープはため息をつく。この様子だと目的地に着くまで解放させてはくれなさそうだ。
 ドープの職業―薬師―は、その名の通り、様々な薬を取り扱い売っている。人々を助ける薬から害を及ぼす薬まで。しかも、その全ての薬はドープ自らが調合しているのだ。
 そのため、ドープは裏ではそれなりに有名になっているが、なにぶん、本人は気に入っている客以外は相手にしない。
 しかもその定義は本人しかわからないため、はっきりいって扱いにくい人物としても有名だった。
 それが今、十歳くらいの少年に、いいように釣れ回されている。
 なんともおかしな状況だ。
「あぁ。面倒なことになったなぁ」
(こんなことなら、とっとと、博士の家に遊びにいけばよかった〜。リーダーっち元気かな〜。副ちゃんがここにいたら、助けてくれるのにな〜〜。あー、眩しい)
 あれやこれやと、思いながらドープは黙って引きずられていく。
 まるで、どこへ連れて行かれても興味ないといっているかのようだ。

 

 ズルズルとドープを引きずる少年は、歩きながら、ぶつくさいう。
「で、俺の依頼は聞いてくれるのかよ!?」
「無理。嫌。迷惑。面倒い」
 依頼の内容を話してもいないのに、率直に断るドープ。
「この変人! どうしてこんな奴、いい奴っていうんだよ……」
 後半は、独り言のようにつぶやく少年。
「人それぞれでしょ。それにしても、ここの町並みも結構変わったね〜〜。もうそろそろ時間の問題?」
 少年の独り言に返しながらも、ドープは以前表街道にきた時よりも、荒廃している町並みを見て、感想を漏らす。
 すると、今までずんずんと引っ張ってきた少年が勢いよく振り返って、ドープを蹴る。
「イタッ、ちょ、暴力反対」
 すねを蹴られ、うずくまるドープ。その目に涙が浮かんでいる。
「お前が、むかつくこというからだろう! 不吉なこというな!」
「はい、はい。それで? 僕に会わせたい人は、どこかい? 確かこの辺だろう?」
 まだ痛むすねを抑えながら、ドープは一つの方向を指す。所々めくれたコンクリートに雑草が生い茂っている。その周辺には廃棄と化した民家が立ち並んでいた。その脇にある路地を指す。
「確か、あの辺りだよね?」
「な、なんで、しってるんだよ」
「このぐらい簡単なことだよ。君は本当、馬鹿だね」
「! お、お前にいわれたくねえ! てっ、どこいくんだ!」
 スタスタと驚いている少年を残し、その路地へと曲がるドープ。その先に、小さな傾きかけた茅葺屋根(かわらぶきやね)が自由に生い茂っている草の間に建っていた。

「……あらら、こんなになっちゃたのか」
 ドープは小さく嘆息し、ガタガタと立て付けの悪い扉を開ける。
「おい、勝手に入るなよ!」
 後ろから少年が、追いかけるがそれを無視して、奥へと入っていくドープ。

「むらさきくん……?」
 奥の襖を開けると、そこは小さな畳部屋だった。
 正面の襖は所々穴があいており、そこから漏れる光で室内は微妙な明るさをもち、うっそうとした空間になっていた。そして、その部屋の中心の布団に横たわっている老婆がいた。
 その老婆は、ドープを見るや否や、驚いた顔をして先ほどの言葉を発した。
「久しぶりだね。あっちゃん」
 ドープは彼女に微笑み、正面の襖へと向かい、全開に開けた。
「あらら、これはこれは、また、ずいぶんと錆びれたものになったねぇ」
「ふふ、そういわれると、返す言葉も見当たらないねぇ」
 老婆は、最初は驚いたものの、すぐに理解したのか、くすくすと笑い始める。
「でも、あっちゃんは昔のままだね。とてもきれいだ」
「また、そんなことを言って、もうしわくちゃのばばあですよ。私は」
 あっちゃんこと温子(あつこ)は、ゆっくりと起き上がり、日光を背に立っているドープを眩しく見た。
「昔のままなのは、むらさきくんだよ。本当、前にあったままだねぇ」
「いやいや、僕だって年はとっているよ。そう見えないだけでね。この年になると、体力なくってホント、もうやんなるよ」
「ふふ、それは昔っからだったでしょ」
「まあね」
「まあね、じゃないよ! なにばあちゃんとのんきにしゃべってるんだ、あんたは!」
「あ、君まだいたの?」
 二人の暖かな空気をぶちこわしたのは少年だった。
 つかつかとドープの胸ぐらを掴む。
 ドープは全く動じずに、冷ややかな目で少年を見下す。
「まだいたの、は俺の台詞だ! ばっちゃんにきやすく話しかけんな」
「連れてきたのは君でしょ? 外の張り紙はがすより、こっちの方はがした方がいいんじゃない?」
 ドープが開けた外は庭だったが、枯れ草が生い茂りそこの壁などには、張り紙や『でてけ!』とインクで塗りつぶされていた。
「あいつら……。こんなとこにまで、くそ!」
「……きみひろ。もういいのよ。そこまでばっちゃんのこと構ってくれなくても。私は大丈夫だから」
「よくない! だってばっちゃん何も悪くないのに、あいつら勝手にここら一帯を買い占めるから……、出て行けって! 変だろ!」
「あ〜、よくあるね。そういうの。今じゃ別に珍しくないけどね」
「あんたは、黙ってろ!」
「いたっ、また蹴った。暴力反対。あっちゃん、何か言ってやってよ、この暴力孫に」
「うるさい! ばっちゃん、本当にこいつなのかよ! 昔お世話になった医者って!!」
 ぼんやりと二人のやりとりを見ていた温子は、きみひろの問いにゆっくり頷く。
「そうだよ。じっちゃんの命の恩人さ」
「医者じゃないんだけれどね……」
 ぽつりと肩をすくませる、ドープ。
「きみひろ。むらさきくんをあまり困らせてはダメよ」
「で、でも、せめてばっちゃんの体だけでも看てもらおうよ……!」
「いや、いいよ。天命には逆らいたくないからねぇ」
「そんな、そしたら、ばっちゃん……」
「はいはい、僕抜きで話を進めるのもいいけどね、僕は君の依頼なんてそもそも受ける気ないからね。あっちゃんの体調だってみないし、その他の君の依頼も聞かないから」
 温子ときみひろの深刻な話に、手を叩きながらドープは冷淡にいう。
 
「なんだよ! その言い方!! お前、ばっちゃんの知り合いじゃないのかよ」
「確かにあっちゃんの知り合いだけれど、君の知り合いではないよ。用が無いなら僕は帰るよ」
「ちょ……」
「まぁまぁ、むらさきくん。久しぶりなんだからもう少しゆっくりしていったらどう?」
 止めようときみひろが、またドープを殴ろうとした時、温子が口を挟む。
「あっちゃんが言うなら、遠慮なくつろぐよ!」
 久々にたくさん歩いたから疲れたー、そう言いながら畳に寝転がるドープ。
 何とも心変わりが速いことだ。
「ねぇ、そこでぽかんとしてるなら、お茶の一つでも持ってきてよ。僕は客人だよ」
 帽子を手で回しながら、どっかりふんぞり返って、ものをいうドープ。
「なんでお前なんかのために、用意しなきゃいけないんだよ!」
「あ〜、そう。じゃあ、あっちゃんにお願いしようかな。あっちゃん、僕、喉乾いた」
「びょ、病人に、こき使わせる気か、お前!」
「しょうがないじゃん。君が用意しないんだから」
「はいはい、ちょっと待っててね、むらさきくん。今、用意するから」
「いや、いや! ばっちゃんは動かなくていいから。僕がいくよ。動いちゃダメだからね!」
 きみひろは立ち上がろうとした温子をすぐさま布団に押し付け静止すぐに部屋を飛び出していった。

「やれやれ、ようやく静かになった」
 きみひろが捨てていった張り紙に一瞥しながら、ドープはため息をつく。
「本当にごめんね、むらさきくん。変なことに巻き込んでしまって……」
「巻き込まれていないから安心してよ、あっちゃん。それに悪いのはあの馬鹿な餓鬼だからね」
「きみひろは、いい子だよ。昔のじっちゃんにそっくりだ」
「そうかなぁ。馬鹿と勇敢さは紙一重だよ」
「そんなことないよ。きみひろは、私のためにこんなに面倒見てくれる。優しくて思いやりがある子だよ」
「…………理解できないなぁ。僕的にはあっちゃんの方が断然いいけどな。それで? ここを出て行く気はないんだね」
「あぁ。じっちゃんと一緒に過ごした家だ。大切な思い出が詰まっている。あなたと出会った思い出も……。身勝手だと言われそうだけど、この家一つ一つに愛着がわいてしまってね、もうこの家は私の家族のようなものなんだよ」
 温子は荒れ果てた庭を微笑ましそうに見る。まるで温子には、昔の美しかった頃の庭が見えているかのようだ。
 ドープは彼女の見てる景色がわからなかった。彼女の考えも理解はできないが、自分が彼女のことを気に入っていることはよく理解できた。
(今も昔も、君は本質に近しいね…………)
「やれやれ、本当遺伝子は少し似てるのに、なんでこんなに性格は似てないんだろう? 不思議だなぁ」
「……そんなに似てないのかい? 私ときみひろ。息子達は似てるっていっていたけれど……?」
 首を傾げる温子。その動作は昔の面影を感じさせる動作だった。
 ドープは微笑みながらうなずく。
 終焉へと向かう世界で今までのような社会は成り立たず、自分の利益、我欲を自己基準に考える社会へと変質していく。自分あっての世界。他人のために無利益で動く人などほとんど皆無になっていた。温子の息子達も自分たちの命と温子を天秤にかけて、そして出て行った。
 思い出なんて大切ではないと突き放したのだ。
 温子はそんな息子達を引き止めなかった。自分の寂しさ、悲しさより、息子達の命の方が大切だと思っているからだ。
 昔の温子を知っているドープは、温子の今の状況がありありと予測できた。
「君の孫は馬鹿なだけだよ。君とは全く似てない」
 ふてくされたようにそっぽを向く、ドープ。何かを察して温子もそれ以上は聞かなかった。

 しばらく二人は無言にひと時を過ごした。

「……むらさきくん。二つお願いしてもいいかい……?」
 切り出したのは、温子だった。
「僕も、二つお願いしていいかな?」
 振り返ったドープの目は、土色の瞳から夕焼けの色に変わっていた。

 

 
2.時間の無駄! 2pに続く……
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