戦の魔女 ーシュラハト・ヘクセー
01.死の鳥(モルテ・フォーゲル)からのラブコール

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 照り付ける太陽が町並みを灼熱に包ませる頃、ある酒場では別の汗が落ちるような、息を飲む出来事が起こっていた。
「私はお前が好きだっ。付き合いなさい!」
「断る!!」
 男の即答に周囲はざわめく。
 数分前まで陽気に包まれていたその酒場は、今や目の前の衝撃的な告白劇に固まるしかない。
 しかもふられるという最悪の事態を目の当たりにしてしまったのだった。
 命がない、と誰もが頭によぎる。
「なぜ、私の愛を受け入れられないの?! お前は私の力が欲しくないのかっ」
 叫ぶ彼女の腕がすっと頭上にあがる。
 途端に、固まっていた人々は机の影や椅子を盾にしながら逃げ惑い始める。
 皆の憩いの場が一触即発の戦場(いくさば)に変わろうとは夢にも思わない。
 元凶である二人の行く末を勇気あるものはそっと残って見守る。

 その元凶の一人である彼女の名前はイーラ・ルベル。
 戦三女神(トレ・ウ・ディーア)という通り名を持つ三姉妹の次女だった。
 彼女達が戦に現れた時は、死と滅亡をもたらし、躯の血を啜ると噂される程に恐れられているのだった。
 中でもイーラの逆鱗に触れると、怒りが収まるまで周囲を血という血、誰も彼も見境無く鮮血の海を飛び散らしていく。
 血を浴びた髪を隠すように常に黒のマントを羽織り、舞うように戦場を進んでいく彼女のその恐ろしい姿にみな、『死の鳥(モルテ・フォーゲル)』と呼んで避けているのだった。
 彼女の怒りを鎮められる二人の姉妹は今この場にいない。
 これ以上逆鱗に触れないようにするのは全て、彼女の愛をはね除けた向かいの男に委ねられている。
「さぁ、答えなさい! ハイレン・シャガールッ」
 ハイレンと呼ばれた男は身の丈程ある大剣を背負いながら、軽く答えた。
「興味がない」
 更なる衝撃が酒場を包む。
「きょう、み……ですって……!」
「あぁ。お前のこと噂で聞いたことあるけど、それ以上のこと知らないし、知ろうとも思わねー。それに女が戦に出るなんて、俺には理解できないからな」
「……!?」
 イーラだけではなく、周囲も絶句した。
 それほどまでにハイレンという傭兵の返答は驚くべきものだったからだ。
 クルーデ地方でこの三姉妹に敵う者はいないと恐れられ、そして彼女達を味方につければ、勝利と栄光をもたらすとまで伝えられている。
 その噂はパロッタの国外にまで広まるほど。
 それ故彼女達の命を狙う者より、彼女達を口説こうとする者の方が多いのだ。しかし、そんな名誉などに目が眩んだ男共を眼中にせず、躯にしているのがこの三姉妹だ。
 孤高な存在である彼女達。
 その一人であるイーラが、告白し断られる。
 天地が壊れるようなものだ。

「もういいか? 俺はまだこれからイルテまで遠征しなきゃ行けないんだ」
 周囲の緊迫感を読めない男はさらに出て行く準備をしている。
「ゆるさ……ないっ」
「ん?」
「この私を侮辱した、お前を……許さない!」
 掲げた右手が嵐を呼ぶ。
 ハイレンが静止する間もなく酒場が派手に吹き飛んだのだった。

「ちょ、あぶねーなっ」
 間一髪で空壁(ビュロウ)を繰り出し、周囲の人間を囲んで防いだハイレンは女に文句をいう。
「あれ…………っと」
 背後からの殺気を躱し、続けての攻撃も難なく躱していく。
「このっ」
「おい、いい加減にしろよ。こんな所で暴れたら一般人に被害が及ぶだろっ」
「そんなの私には関係ないことよ!」
「うをぉ」
 傭兵は剣を握っているイーラの手首を押さえ込むが、その手のひらから劫火球が繰り出されギリギリで避けた。
「女だからと嘲笑し……あまつさえ……私の……っ……絶対に許すものか!」
 間合いをとり、何やら言葉を紡ぎ始める。
 その声に答えるかのように、昼間だというのに暗雲が立ちこめ、さらには木造の建築物が音をたててひしゃげ始める。
 建物内にいた人々は外へ出るが、途端に苦しみだした。
 イーラ以外は重い圧迫感をその身に感じているのだ。
「こんな街、潰れてしまえばいいっ」
 ふられた腹いせに、街ごと破壊しようとするイーラはまさに、『死の鳥』と化そうとしていた。
「〜〜ほっんとに、いい加減にしろよ!」
 押しつぶされそうになっているハイレンは、そう叫ぶと背中の大剣(サーガ)で思い切り空へと振り上げた。
 その風圧はイーラのすぐ横を通り、そのまま宙へ飛んでいった。
「…………」
 その出来事にイーラは、一瞬ポカーンとしてしまった。
 だからその間ハイレンがイーラの間合いに入っていたことに気付かず、硬直する。
「なっ」
「大体、年頃の女が髪を振り乱して、こんな風に暴れるなんて、昔なんてあり得なかったんだぞ。肌の手入れぐらいしろよ。カサカサじゃないか」
 硬直しているイーラに遠慮なく、武骨な手が彼女の頬に触れ、真剣に女としてのダメだしをし始める。
「こんなに髪がボサボサだし、うわっ、ダマになっているじゃないか。女子力がてんでないじゃ女神なんて言われてるのに恥ずかしいぞ。それに、こんな地味な黒のマントを着るより、この赤い髪を映えるように純白のローブを纏った方がいいんじゃ……」
 ないか。という言葉は突きつけられた鋭利なクルタナによって遮られた。
 イーラの瞳は完全にすわっていた。
 誰から見てもハイレンの言葉は言い過ぎというよりひどい。
 戦女神と恐れられていても、まぁ、一応、華を恥じらう女性ではあるのだから……。
「コロスッ」
「へ?」
「お前、なんかっ、何処までも、地の果てまでも追いかけて、必ず……必ず、息の根を止めてやる!」
「うし、よーく、わかった。じゃあ追いかけて来いっ」
 刃渡り八十センチのクルタナを両手で振り回し、目を吊り上げて奇声をあげて攻撃するイーラを猛ダッシュで避けながら、その場を後にするハイレン。
「この、ま〜〜てぇぇぇぇ〜〜〜〜!!」
 その声と共に、攻撃の破壊音が段々遠くなっていく。
 もはや瓦礫となった酒場の横で腰が抜けている客がぽつりとこぼした。
「嵐が去った……」
 と。

 

 
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