ヤッホー、皆!
俺は狐だ。名前は狐太郎だ。
宜しく★
さてはて、俺は今人生で最大のピンチにあっている。
それは、兎用の罠にうっかりはまってしまったんだな足が。
刺々しい金属がか弱い俺の足に噛りついてしまっているっ。
あぁぁぁ!
見るだけでも痛いのに、実際かかるともっと痛いっ。
ジンジンじゃなくて、ガンガンするんだ。
兎を追いかけて、凛々しい狐である僕がかかるなんてっ、うぅ辛い。
親友の狐一郎に知られたら、すっげぇ怒って、すっごく心配されるのだろう。
あぁ、早くあいつに手当てしてもらいたいっ。
それにはまずはこの罠を外さねば。
そーーっと体を捻ろうとするとみぎゃって叫びたくなる。
どうしようどうしようどうしようどうしよう。
これはもはや狐世界の危機ではないだろうか……。
もしあの長い鉄の棒を持った猟師たちに出会ってしまったら、マグロのたたきならぬ狐のたたきにして喰われてしまうだろうっ。
ぎゃぁぁっぁっぁぁ。
そんなのいやだぁぁぁぁぁ。
誰か!
誰でもいいから、いや救世主の誰かでお願いだから、助けてくれ〜。
「ケ、ケッッコォォォォォーーーーーーーーーーンッ」
……。
…………。
…………………。
だ、誰も助けにこない。
おかしい、俺の悲痛の叫びだぞっ。
狐一郎はなにしてるんだ。
はっ。
まさか、昨日こっそり狐一郎のとっておきの鹿肉を食べたことまだ怒っているのかっ。根深い奴め。
「あ」
「クゥン?」
声の方を振り向いてしまった。
人間と目が合ってしまった。
しまった、ばかりでしまった。
「狐だ」
「クケッコッコココッコーーーーーーーーッ」
やばい、イタイ。暴れたから痛い。
嫌、そんな場合じゃない。
臭い人間と出会ってしまったっ。
きな臭いと普通に匂うの臭い。
よれよれの服に無精髭満載。黒髪から幾つもの白髪が見えている。
これって。
エサ決定なフラグじゃね?!
た、助けて狐一郎っ〜〜。
謝るからぁぁ。
「可哀想に。痛そうだ」
「ケンッ!?」
な、なんと……。
きな臭い男が罠を……トゲトゲに太い木の枝を入れて取ってくれたぁっぁぁ。
「大丈夫か?」
「……」
見た。
見えてしまった。
ボサボサの黒髪から覗く綺麗なエメラルドの瞳!
なんていい男!!!!!
ーートゥクン
ハッこれがまさかの恋の始まりっ。
よくよく見るとこのよれよれの服もボサボサの頭も彼のファッションだと思えばなんてハイカラなセンスっと惚れてしまえる。
すりよって漂うきな臭い匂いも彼の体臭だと思えばなんだか愛らしい。
苦渋に満ちたモノクロの世界に、彼が色を与えてくれた感じっ。
あちし、ようやく運命の人に出会えた!
「そんなわけねぇーーだろう! このアホンだらっ」
「ゲフッ」
狐一郎の見事なドロップキックを喰らって、吹っ飛ぶ。
見事だ。
ねぐらに帰ってきたあちしの瞳に心配した狐一郎に彼との出会いを話した結果、お祝いは狐一郎一番の得意技だった。
「何が恋だ! お前のそれは動悸だろうっ」
「そんなわけあるか。彼を見つめていると心臓が跳ね上がり、頭の中で響く運命の鐘の音が沢山鳴り響いたんだぞ」
「いや、それ危険信号だろ。喋ってないだろうなっ。その人間と」
「喋れるわけないだろ。ドキドキして彼があちしの怪我した足に口づけをしようとするから、悲鳴をあげて逃げてきたんだからっ」
「気持ち悪いっ。ただ単に傷口を見ようとしたんだろうが。思い込み激しいなっ」
狐一郎は乙女心が分かってないようだ。
やれやれ。
乙女は夢見るものよ。
恋の炎は燃えては燃え尽きる物よ〜〜。
「声に出てるぞ! それにお前、男だろ狐太郎!!!!」
「ギャンッ」
見事な鉄拳が落ちてきた。
腕を上げたな。
さすがはライバル。
「いいか、俺たちは普通の狐と違うんだぞ。人語を話すことができるし、人や物に化けることもできるんだ」
「そう。化け狐」
「わかっているならいい。もうこれ以上その怪しい人間に近づくなよ! ただでさえ、浮浪者みたいな恰好でこの森に彷徨いていたんならあやしいだけじゃな……」
「人間の女に化ければ性別の壁も越えられる!!」
「こいつ、馬鹿だ!!!!」
「いいか狐一郎。俺がお前や仲間に助けを求めても誰一人助けてくれなかった」
「いやいやいや、お前の必死の鳴き声が結婚って……」
「そんな寂しい時に手を差し伸べてくれたのがあの人だ」
「なんだその吊り橋効果」
「お前はあの人の瞳を見ていないから怪しむんだ。あの寂しそうなそれでいて全てを悟ったかのような優しいエメラルドの色をっ」
「それって……人生終わらせようって奴の目じゃ……」
「お前がなんと言おうと、俺はあの人にこの胸のトキメキを伝えてくる!」
「もう、いい。勝手にしろ。何があっても責任はとらんぞ」
「なに言ってんだ?」
「は?」
「お前が俺の責任を取れる分けないだろう? だって俺たちはおとこ……」
「さっさと行け! この大馬鹿の阿呆ぎつねぇぇぇっ」
「キャ〜イ〜〜ン」
そんなわけで、俺は狐一族と絶縁をしたのだった!
確かこの辺り……。
愛しい彼の匂いがこの河原の辺りから漂う。
ハッ。
あれは彼が着ていたお洋服!
と、いうことは彼はこの近くにいるは……。
「フォォォォォォクスゥゥゥゥ!!!!!」
「ん? あ、この間の狐」
振り向き様の背筋!
ムキムキっ!
水あび、ナイス!!!!!
水もしたたるいい男!
流れる黒髪(このさい白髪はフェードアウト)。その長めの前髪から覗くエメラルドの瞳。その凛々しさを強調する無精髭。そして鍛え抜かれた筋肉。
これがオイシイ男といわず、なんという!!
「どうした? 怪我大丈夫だった?か」
いい男はあちしの怪我を心配してくれる!
なんていい男。こんな物件他にはない。
怪我は狐一郎の秘伝の薬でもうほぼ完治です。
喋れないのがもどかしくてひたすら首を縦に振る。
「ははっ。お前なんか俺の言葉理解できているみたいだな」
頭がリンゴーンとなっている。
あぁ、その苦笑した笑顔も素敵です!
「俺も次生まれ変われるのなら、狐になろうかな」
次?
俺は首をひねる。
「お前、俺の言葉分かるみたいだから。最後の話し相手になってくれるか?」
「クゥン?」
さ、最後とは!?
なぜ最後なんて言うのですか!
俺に話して楽になるのでしたら話して下さい〜〜っ
「へっ、狐がしゃべった?!」
「はっ」
ついうっかり口を滑らせたらしい。
いや、そんなことはどうでもいい。
運命の相手が死ぬかもしれない瀬戸際なんだっ。
「俺は狐太郎! 詳しいことを話して下さいぃぃ」
「え、えっと……」
「はやくぅぅ」
俺の勢いに負けて優しい彼は何かを少し考える素振りをしてボツリ、ボツリとこれまでの人生のことを語り始めた。
「俺の母が外人でいわゆるハーフなんだけど。まぁ、この見目だから小さい頃は中々皆と馴染めなくってね。学校とかもあんまり行かなくて素行ばかり悪くなって、まぁ外見が普通よりはいいらしいから、不良の先輩の紹介でホストを十数年やってたんだけど……」
語っている意味がわからなかったけど、真剣に聞いている素振りだけしとく。
「ホストって簡単に言えば夢を見せてお客様を楽しませる反面騙してお金を稼ぐってことなんだよね。もちろんそんな仕事だと思ってない人もいるし、誇りを持っている人だっている。けれど俺はそういう風に段々思えなくなって、嫌気がさしてやめてしまったんだ」
そしたら生活が一変してこのありさまだよ。
そう自嘲気味に笑う。
「疲れてしまったよ」
「そ、そんなこと言わないで下さい! あなた様がいなかったら俺、人間に狐のタタキにされていたところだったんです。そう、今度は俺があなたを助けますっ」
恋の障害である壁は叩き割るのみ!
濡れて冷たくなっている彼の手をひたすら握りしめる。
「ははっ。君は優しいな」
にこっとキラキラな笑顔で笑うその姿にもうあちしはこの恋に人生を捧げることを固く誓う。
はっ。
あちしにできること、あるじゃないか!?
「あちし……いやお、俺、狐火だせますっ」
尻尾に火をつけて、鳥の焔を形作る。
「へぇ! すごいじゃないか。他にも何ができるんだい?」
彼の子供のような顔が可愛すぎて、それから色んな人に化けてみたり、縫い物したり、傘を回したり炎の輪をくぐり抜けたり、とにかくできることを色々披露してみた。
「どうですか!? 俺、あなたのお役に立てますかっ」
息をきらしながらも手を叩いて喜んでいる彼に聞く。
彼は少し考える素振りをして、いきなりあちしの手を強く握りしめてきた。
「もちろん! 君が嫌じゃなければ僕と一緒に来てくれないか? 君こそ僕が求めていたものだっ」
スマイル百パーセントの彼に真剣に見つめられ……あぁぁとろけないわけがない。
プロポーズ、キターーーーーーー!!!!!!
ぶんぶん頷き「はい、喜んで!」と勢い良く返事をして、二人で笑いあいながら森を後にした。
俺は恋のキューピッドならぬ幸運のキューピッドだと言われた。
照れるぜっ。
後ろからは、歓喜の声援が飛んでいた気がしたのは俺の気のせいだと思う。
ーーその後。
二人で見世物小屋に永久就職しました☆
めでたしめでたし
2015/9/9 彩真 創
ーー天狼の涙雲は朧となるーー
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