――君の声が聞こえる


(まただ……)
 俺は後ろを振り向くが、そこにはだれもいない。
 閑散とした商店街が冬の夕焼けに影を落とす。
「おーい、タケ、なんかあったのか?」
 悪友が俺の視線の先を追うが、何もないので首をひねっていた。
 俺も首をひねりたい。しかし、そこは我慢する。
「気のせいだった」
 その一言でごまかし、俺はまた歩き出す。
 なんなんだよー、と文句をぶつぶついいながら悪友は後に続く。
 それを後ろで聞きながら、俺は白い息を吐き空を仰ぐ。
 蒼と茜色の空を。

 時々聞こえる、君の声。
 それは誰の声なのか、わからない。
 女か男なのかもわからない。
 ただ、耳に、頭に、直接響く。
 正確な言葉も聞き取れないのに何故か“声”だと俺は認識している。
 聞こえるたびに、浮かぶ。
 ――君の声が聞こえる…………と
 響くたびに伝わる。君の気持ちが……。
 怒っているときの怒鳴り声に驚き、笑っている声につられて笑う。
 泣いている声に思わず、言いたくなる“泣くな”と……。

「おい、何考えてるんだ?」
 悪友が俺の前にきた。
 咄嗟に俺はマフラーに顔を埋める。
 じーっと、不審な目で見てくる悪友。
 俺はまたそれを無視しようとするが、変な視線が気になる。
「いつまで人の顔を見ているつもりだ」
 じろじろ見てくる悪友にたまらず、裏拳を仕掛けるが、軽々と躱される。
「いやー、まるくなったな、っておもっただけだけど?」
 やめない視線にもう一発、今度は本気でくらわせようとしていた足を止める。
「前は何にでも噛み付きそうな感じだったけど、今は、んーー、なんて言うんだろうなぁ……? そう! 融けた氷みたいだ」
 名言でも語ったかのように満足げに笑う悪友。
 キラキラと揺れる金髪も誇らしげだ。
「なんだそれは…………」
 逆に俺は今ひとつ理解できない悪友の言葉に眉をしかめる。
(変わったわけではない)
 そう、変わったわけではない。
 俺は隙をついて悪友の頬を軽く叩く。
 ブーブー言う悪友を置いて、茜色に染まる灰色の商店街を進む。

(ただあの声が聞こえ始めてから、その声を捜すようになっただけだ)
 心の中で、そうつぶやく。

 

 ――――    ――――

 

 ――君の声が聞こえる

 反響して止まない響きを逃すようにまた、俺は空を見上げる。
 周防色(すおういろ)の空に淡く光る星屑。

 どこにある?
 君の声は?
 俺の声は届くのか………………?

 


2011/8/13 彩真 創

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