あの日よりも日差しが柔らかくなった。
その代わりだろうか?
頬にあたる風は責めるように冷たい。
もう秋か――。
君の手を離してどれくらいたったのだろうかと、時々、疑問に思うんだ。君の温もりを忘れてしまった。
それほどまでに時が経ったんじゃないかって。
ほんのひと月前だというのに……。
忘却は病よりも早く進行していく。
忘れたくないって願っていても、もう手遅れだと、忘却は無邪気に奪い去っていった。
もう、君の笑った顔が思い出せないんだよ。
『行かないで! もう…………私を、置いて、いかないで………………お願いよ』
すがりついて懇願する君の震えた手を、払いのけて僕は、僕自身に専念した。君を置き去りにして出て行くことなんて、後悔していなかった。
罪悪感だってなかった。
僕の道は僕のものだったから。
泣いてゲートまで見送る君の気持ちなんてこれっぽちも、考えていなかったんだ。
考えもしなかったんだ。
けれど、どうしてかな?
君の泣き顔だけは、頭の隅にこびりついて離れないんだ。
泣いている姿だけしか覚えてない。
それ以外の君と過ごした日々が、もう思い出せない。
三色の色が混ざり合った空を見上げる。
月が、星が、君を攫ってしまった。
潮風が、今度は僕を突き放した。
砂さえもそれに乗じて僕の足をすくいあげる。
僕は後ろに倒れるしかなかった。
オレンジと紫の中心にある瞼が星の涙を落とした。
「ごめん」
僕は空に、月に、星に、風に、砂に謝った。
けれど、もう遅い。
誤っても、もう、手遅れなんだ。
「どうしても、君の笑顔が思い出せない」
オレンジ色が強いあの夏。
空へ出て行った君。
今は地に沈んでいる。
もう、二度と会えなくなってしまった。
こんな僕を追いかけてきてくれた君は、もう、いない。
もう…………、いない。
「君の――が、見たい」
沈んでいく赤い月が起き上がった僕を手招きしている。
山風が僕の背中を押す。
君のいる場所に案内してくれるかのように……。
空と同じ色をしているもう一つの空。
そこに君が眠っている。
君を捜すよ。
もう、どこにも行かないから。
ずっと一緒にいよう。
迷いなんて、ない。
僕は空に飛び込んだ。
三色に染まった海は、ゆっくりと手をひくように僕を運ぶ。
どのくらいたったのか、朽ちた鉄の残骸が目の前にあった。
待っていて、くれているだろうか。
もう一度君に会えたら、最後のわがままを聴いて欲しいんだ。
――君の笑顔を見せてくれ――
二度と忘れたくないんだ。
……ねぇ、このわがままを君は聴いてくれるかい?
了
twitter御題『もうどこにもいかないで×海色』