お嬢様は相談事がお好き


 恋は三角関係がつきものと言われるみたいだけど、この状況がそういうことなのかしら。
 あ、大丈夫。
 わたくしは当事者でないのよ。

 わたくしの目の前で繰り広げられるなんとも可愛らしい言葉の飛び交い。
 このわたくしでも理解できない言葉がたくさん世の中にはあるのね。
 興味深いわ。

 あら、執事、何かしら?
 耳元で言わないではっきり申しあげてもいいのよ。
 でも律儀な執事はわたくしの耳元で小さくもはっきり言うの。
 …………。

 あ、そうね。
 ここを拝見して下さる皆様に、わたくしはまだ事の始まりをお伝えしてなかったわ。
 ごめんなさいね。

 そうね、事の始まりは隣でかしこまっている執事ヴィオレから今日のスケジュールを聞いていた時だったわーー。

 

間

 

 執事が入れてくれた朝のモーニングティを一口すする。
 メープルのきいたアップルティーは目覚めにとても心地よかったわ。
「以上が、本日のご予定でございます」
 オレンジの皮が程よいアクセントのマドレーヌを頬張りながら、そう、と返事をすると、優雅に一礼をする執事。彼の名はヴィオレ・コンシェルツ。いつもなら忙しい執事はそのまま軽やかな足取りで退室するのだが、今回は一礼をしたまま微動だにしない。静かなアルト調が聞こえるのを待ったわ。
「失礼ながら、ソリア・シュテルネンツ・レジーナお嬢様」
「あら、どうしたの? そんなに改まって」
 朝からフルネームで呼ばれる用件なんてあったかしら?
 今日のスケジュールを頭で確認しながら、わたくしは次のヴィオレの言葉を待ちます。

「お願いがございます」
 ようやく顔を上げた執事。
 暗い瑪瑙(ラピスラズリ)の髪が揺れ、オニキスの瞳が憂いていた。
 彼にしては珍しい表情。
「どんなお願いかしら?」
 内容を聞かないことには返事のしようがないわ。
「今日の午後、ヴァイオリンのレッスンが終わりましたら、お茶会を開いて欲しいのです」
「それだけ?」
「いえ、そのお茶会に招いてほしい方々がいるのです」
「まぁ、それは誰かしら?」
 はい、この方々です。と耳元でその名前を告げられる。
「あらあら、もしかして、わたくしはあなたの恋のキュービットになれるのかしら」
「お戯れを。私はあなた様にこの身を捧げている身であります。そういうものとは無縁でございます」
「あら、残念。少し期待してしまったわ」
「ご期待に添えず申し訳ございません」
 冗談も華麗に優雅に返すヴィオレ。
 でも、眼鏡越しの眉間の皺が数本増えているのをわたくしは発見してしまったわ。
 そんなに嫌だったのかしら?
 わたくしはこんなに優秀な執事が誰を見初めるのかとても興味があるのに。
 ちゃんとお祝いの祝辞だって考えているのですから。
「彼女たちを呼ぶだけでいいのかしら」
「はい。その後に起こる出来事ではソリアお嬢様の采配でお決めいただけると嬉しいのです」
「わたくしに?」
「そうです。お恥ずかしながら、到底私では対処できない案件なのでございます」
「あなたが?」
 これには多少驚いたわ。
 幼い頃からわたくしの側で有り余る才能をこの上なく発揮しているこの執事が、最年少で家令の称号を与えた彼が、「対処できない」なんて言葉を口にすることがあるなんて、明日空からマカロンが降ってきそうなくらいありえないことですものっ。
 いつもの相談と違うなんて、それはそれは、大変興味を持ったわ。
「えぇ、よろしいわよ。その方々以外の人たちもちゃんと招待して下さるのでしょう? それなら普通のお茶会だもの。開いてあげてもいいわ。なりより他でもないあなたの頼みだもの」
「もったいないお言葉をありがとうございます。では、急ぎ準備を始めますので私はこれで……」
 恭しくお辞儀をした、彼は優雅な足取りで部屋を出ていった。
 わたくしはその背を見送りながら、うきうきしたわ!
 彼が持ってくるやっかいごとは、わたくしの日常を華やかに彩って下さるのですもの。
 不謹慎かもしれないから、心の中にだけ留めておく好奇心ね!

 

間

 

 朝の執務、午後のレッスンをいつも通り過ごして、さぁ、待ちに待ったお茶会の時間!
 今日のお茶会はとても楽しみだったから小さなバルコーニーではなく、裏の広場で催すことにしたのよ。
 ヴィオレにうんとたくさんの人を招待するようにお願いしたから、いつも以上に楽しくなるわ。
「今日はいつにもまして嬉しそうですね。お嬢様。何か良いことでもあったのでしょうか?」
「これから起こるのよ」
「はぁ……?」
 メイドのミーラがわたくしの髪を綺麗に結いあげながら、首をかしげる。
「ふふっ。ミーラたちも支度が整ったら、広場に来るのでしょう? その時わかるわ」
「お嬢様がそうおっしゃるのなら、静かに見に行きますわ」
「あら、わたくしの隣にいて下さらないの? おめかししていれば、何も問題ないのよ」
「本日は大勢の方が集まるお茶会です。いつものようにお嬢様がわたしたちのために開いてくださるものとは違いますわ。それ以上に、お美しいお嬢様の隣なんてわたしにはおこがましいものであります。それに……」
「それに?」
「いえ、お嬢様が楽しんでいる姿を見ることが私たちの楽しみでもあるのです」
 後ろに控えていたメイド達もここぞとばかり頷く。
「お茶会は皆で楽しむものよ」
 もう、もうちょっと欲を出してもいいのに。
 誰に似たのかしら?
 わたくしは頭にオニキスの瞳を描いた。

「お嬢様、今日は御髪を結いあげてみてはいかがでしょうか? お召し物と映えますかと」
 今日のお召し物はワインレッドのドレス。
 わたくしのお気に入りの色でもあるの。
 金の装飾と一緒に縫い上げた衣装は光の加減で鮮やかさを操るの。
 桃華色(ペッシュ)の私の髪と一番似合う色だわ。
「そうね。任せるわ」
 ミーラが器用にコテと櫛で形を整えていく。
 軽く化粧を整え終わったところにタイミングよく、執事がノックした。

「お嬢様、時間でございます」
 軽く返事をすると、静かにヴィオレが入ってきた。
 最終チェックをしてミーラ達は、執事に一礼をして出て行った。
「本日もお似合いでございます、お嬢様」
「もう、前置きはいいのよ。本題は?」
「真実を申し上げたまででございます」
 堅物なヴィオレは丁寧に返すと、内ポケットから二つ折りの紙を取り出す。
「こちらが今回のお茶会に出席された方々でございます」
 ありがとう、と受け取り、目的の方たちが出席しているかを確認して、その他の三十二組の名前を一読する。
「ありがとう」
 リストを受け取った執事は内ポケットにしまい、反対の手を差し出す。
「では、お手を」
 その手の上にわたくしはそっと手を重ね、立ち上がる。
 あ、もしかしてさっきミーラが言おうとしたのはこのことかしら?
 わたくしの隣はいつもエスコートしてくれる執事兼世話係のヴィオレだということを。
「なにか?」
「ミーラが男性だったらよかったのかしら?」
「……私には答えかねます質問ですが、答えなければいけないのでしょうか」
「独り言よ」
「失礼いたしました」
 レンズの反射で彼の表情は見えない。
 本当に堅い人ね。
 これには苦笑するしかなかったわ。

 

間

 

 手入れの行き届いた季節の花が彩られた花壇。その中央にある噴水の周囲に、音楽隊と合唱団を用意させ、優美な心地よい音色で皆様を喜ばせる。うん完璧ね。
 そして広場の中央にはいくつかのテーブルと椅子が。純白のテーブルクロスの上にティースタンドを並べ、立食形式で楽しめたり、座って優雅に談笑できたりできるような絶妙な配置にわたくしは満面の笑みを浮かべる。
 さすが、ヴィオレ。
 テーブルに並べられたクグロフやスコーン、一口サイズのサンドウィッチ。どれもヴィオレ作であるから、自信を持って皆様のお口をとけ込ませられるわ。
 チョコレート味のクグロフは苺ミルクのトッピングでミルクティに合うし、抹茶味のマカロンは濃厚なダージリンに絶妙なのよっ。

 招いた人たちとの挨拶をきちんとしながらも、わたくしは、執事の手料理に至福のひとときを味わう。
 え? どうして執事はとりしきる者であって、料理をする側ではない?
 簡単に言えばそんな常識的なことばかりにとらわれることはしたくないだけよ。
 得手があるなら、活かしたほうがよくて?
 だって美味しいんだもの。
 ヴィオレと食あってこそのアフタヌーンよ!

 ふう、とりあえずこのテーブルにあるものは一通り試食したわ。
 あら?
 あちらが、何か騒がしいような……。
 目を凝らしますと、ヴィオレが招いてほしいとおっしゃた女性たちのようだわ。
 これが起こる出来事かしら?
 バリレィス伯爵の娘ガイラと、トートミア子爵の娘アロガシア。
 何を争っているのかしら? 自然とできる道に軽やかに歩を進める。
 あら、何か聞こえてきましたわ。

 ブロンドの髪を大きく重たそうに結い上げている方がおそらく伯爵のガイラさんね。その人がカップを片手になにかおっしゃているわ。
「あら、ごめんなさい。うっかり小汚い子爵さんのお洋服を汚してしまいましたわ」
「まぁ、なんて、権力名高い伯爵様はうっかりやさんなのかしら。ご両親の教育が行き届いてないのかしらね」
「それはこちらのセリフ。小さい胸元を大きくひらけたそのピンクの衣装、この場にふさわしくないわ」
「まぁ、そちらの衣装だって、どうかと思いますわ」
 せっかくヴィオレが用意してくれた美味しいジンジャー入りのコーヒーがシミになっている洋服を着ているのが子爵さんのようね。
 わたくしからしてみればどちらも男性を喜ばせる衣装だと思うわ。センスは人それぞれだから、わたくしはジャッジできないのよね。
 それにしても二人の前に火花が舞っているようだわ。
 すごいわ! 初めてみたわね、これが乙女同士の修羅場!!

「お嬢様」
「あら、ヴィオレ。ちょうどいいところに。これはなんの騒ぎ? 単なる権力争いには見えないわ」
 それに二人は名家中の名家で、地位関係なく、誰からも敬われる身分ですもの。
「おっしゃるとおり、これはささいな恋の争いです」
「まぁ、素敵。誰と?」
 わたくしは恋をしたことがないけれど、恋は素敵なものだと思うの。
「あちらにいらっしゃる方です」
「あら? この場にいるの?」
 今日はアフタヌンティーを含めたお茶会だから、男性は招待していないはず。執事の目線の先には、従僕(フットマン)の服を着た青年がいた。
 ヴィオレよりは低いけれど中々の背丈ね。スラリとしているように見えてしっかりした体躯。器用さを持っているかのような細い手。黒髪の碧眼とは珍しいわ。そうね。男性にこういってはいけないような気がするけど、可愛らしいという言葉が似合うわ。
 争っている二人を申し訳なさ程度に止めようとしているが、勇気がないのか小さくなっている。
 性格もおとなしそうね。
「でも、あの人は、オルディス男爵の従僕では?」
 オルディス家は家督は低いが使用人をたくさん雇える名家ではあるのに、なぜ、他の貴族が従僕を取り合うのでしょう?
「以前彼はオルディス男爵の付き添いで夜会に参加したときに、バリレィス伯爵とトートミア子爵のご令嬢に気に入られてしまいまして、まだ幼いシベリル様にご迷惑かけたくない故に強く拒めず、あのように何も言えないのです」
「あぁ、オルディス男爵の次男のリィーデル様はバリレィス伯爵の従兄弟と先日ご結婚されていたわね。長女のトリィア様はトートミア子爵の四男のミッドエル様とご婚約されたばかり」
「おっしゃるとおりです」
 なるほど、三家同士、従僕の取り合いは今は目を瞑っていたいのね。でもこれでは噂が広まるのは早そうね。
 そうすると一番被害が被るのは……。
 なるほど、それでお茶会を。

 執事の意図、もとい思惑に気づいたわたくしは、オルディス家の幼いお姫様の元へと駆け寄る。
 年端もいかないシベリル様は、まさか自分の従僕が取り合いになっているとはわからないようで、侍女に甘えながらお菓子を美味しくお口の中に頬張っている姿はなんともお可愛らしい。ついシルクのような頬をさわってしまう。
「可愛い可愛い、オルディス男爵のシベリル様。お願いがありますの」
「あ、こうしゃくさま。本日はお招きいただきありがとうございます」
 丁寧にお辞儀をする仕草がまた愛らしい。わたくしに妹がいたらこんな気持ちになるのかしら。
「まぁ、そんなに堅苦しくしなくていいわ。あのね、あそこにいらっしゃる方はあなたの従僕でよろしかった」
「はい。イオサはわたくしのふっとまんです」
 幼いながらもちゃんと使用人の顔を覚えているシベリル様に、満面の笑みでわたくしはある提案をした。
「わたくしが、あの子をもらっても?」
 至極簡単に、取っ組み合いになりかけた修羅場を終わらせたのだった。

 

間

 

「本日はどうもありがとうございました」
 就寝前の読書をしているとヴィオレがホットミルクを手にお礼を述べる。
「あら、おもしろいものがみれたから、わたくしのほうがお礼を言わなくてわいけないわ」
 あの後のお二人の絶句ともあっけにもとられたあの表情、思い出しても笑みが止まらない。
「シベリル様にはイオサは勉強という名目でこちらで一時預かるという説明を侍女の方にしてもらっています。オルディス男爵には手紙を届け了承を得ました」
「そうね。イオサは暫くの間、わたくしの下で働いてもらって、ほとぼりが冷めて戻りたかったら、戻らせてあげてね」
「御意」
「あぁでも彼、色んな人に気に入られちゃうタイプのようだから、このままここにいてもいいかもしれないわね」
 ミーラ達も騒いでいたから、使用人にも人気がありそうね。でもここなら大丈夫でしょう。
「お嬢様も、ですか?」
「え?」
「ソリアお嬢様もイオサにご興味がおありで?」
「ふふ、確かに興味はあるけれど、誰かと取り合いしたいとは思わないわ。わたくしにはヴィオレがいるもの」
 ヴィオレがいれば使用人同士で揉め事なんておきないしね。
「……左様ですか」
 相も変わらず眼鏡の所為で執事の表情はわからないけれど、動揺しているようにみえるのは気のせいかしら?

 わたくし何か言ったかしら?

「あなたも、ご苦労さま」
 親友の懇願に、主人であるわたくしに頼み事をしたのだから。
「また、何かあったら気軽に相談してもいいのよ」
「もったいないお言葉をありがとうございます」
 失礼しましたと、お辞儀をして外へでる執事にお休みなさいと見送る。
「今日もいい夢が見れそうね」
 まだ温かいホットミルクを口に含み、ソリアはベッドに潜って目を閉じたのだった。

 天使の寝顔をこぼす我が主は、突拍子もない考えと行動力を持ち、さらっととんでもない事を何でもないかのように口にする。
 それに畏敬の念を抱きつつ、少しばかり先程の言葉に眼鏡を押さえる。
『わたくしにはヴィオレがいるもの』
「はい、一生お側におります」
 静まり返る廊下でヴィオレは固く誓うのであった。


御題:お茶会×修羅場 
ーー天狼の涙雲は朧となるーー
に先に掲載後、加筆修正したものです。

 
2019/11/11 彩真 創
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