相思華
〜華ハ 葉ハ タレヲ思フ〜

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 それは、おうじさま、っていうの
 なかまがおしえてくれたわ
 びっくりした
 わたしにそんなひとがくるなんて
 みんな、みんな、わたしをみると、にげていくの
 『し』っていうのをはこんでくるからって
 そんなんじゃないのに
 そんなことできないのに……
 だから、おうじさまにあえて、うれしかった

 おかえししたいの
 どうしたら、おかえしできるかしら?

 いとしい、いとしい、あなたへ

 

間

 

 ――あの子は、いつ来るのだろうか?
 そう思い続けた日々が終わってしまったのは去年のこと。あの時間は、あの日々は実は夢で、あの子は元からいなかったんだって。そう、時折思う。
 でも、
 夢じゃなかった。
 確かにあの子は、いたんだ。僕の隣に。

 

間

 

「ちょっと、木賊(とくさ)! 私の話、ちゃんと聴いてるの?!」
 ガラス越しに見ていたイチョウの葉から、視線を向かいに移す。相手が怒っているのは見て取れた。
 原因が明らかに俺なのも。
「ごめん、聴いていなかった」
 嘘なんだが。
「そう。じゃあ、もう一度、ゆっくり、ゆぅっく〜〜ぅり言うから、ちゃんと聴いてね?」
 浅緋(あさひ)は、満面の笑み。しかし、机と彼女が食べていたチョコレートパフェの器も、俺のカフェオレが入ったグラスも震えて、倒れそうになった。
 咄嗟に支える。
 あいつとは全く違う性格。いや、あいつは怒ったことなかったな。
「また、その顔! その原因はなんなのよっ」
 狼狽えないように、表情に力を込める。
 話したくないから。
「…………」
「あら、黙秘権を行使する気かしら? そうするなら、こっちだって考えがあるわよ」
 にっこり笑う怪しげな浅緋の表情にさらに困惑する。
 彼女の知りたいことは、俺には説明がつきにくいものだからだ。
 だって、そうだろ?
 幽霊みたいなものが見えたんだって……。
 頭大丈夫じゃないのって言われるのがオチだ。
 しかし、俺の予想が正しければ、この次にでる浅緋の行動はどうしても避けたい。
 変な奴と罵られ浅緋を失うのも、大切なものを浅緋に奪われるのも、どちらも選べない。
「ちょっと、待ってくれ……」
 絞り出したのは、哀れな猶予志願。
 ぐるぐると回る俺の脳だが、答えは出てこない。
「……そんなに大事な子なの?」
「え……」
 顔を上げると、今日初めてみる浅緋の顔は不安そうなそれでいて悲しそうな顔。
 唯一あの子と似ているツインテールが泣いているように揺れる。
 付き合ってから一年。
 顔に出さないようにしていた俺の努力は、全く浅緋の洞察力には敵わなかったようだ。
 そしてそこまでこんな俺を愛してくれているのか。
 真っ直ぐな想い。
 胸ポケットに手を当てる。
 あの子の欠片がそこにある。

 大丈夫。そう笑った気がした。

「俺は浅緋が好きだ。それだけは信じてくれ」
 彼女の震える手を握る。浅緋はなぜか、顔を赤くしていた。
「っ。こんな場所で、そんな台詞をはかないで!」
「いつっ」
 握った手を渾身の力でつねられる。確かに、ここはファミレスだ。しかし、好きなものは好きなんだ。
 幸いお客が少ないせいか、BGMのボリュームが大きいので、そんなに大きい声を出さなければ、隣の会話は聴こえない。
「あなたのその性格は、どっから拾ってきたのよ! 恥ずかしい台詞を簡単に口に出すところっ」
「それは、あの子がいつも真っ直ぐに俺にいってきたのを返すようになってからかな」
「あの子……」
「うん。浅緋は信じる? 逢う度にあの子は、髪の色が赤だったり緑だったり、白だったりするんだ。そして何年経っても成長しなかった」
 少女のままだった。
「……それって」
「多分、……幽霊のようなものだと思う」
 白い肌、紅い瞳。そして古めかしい着物をきて、いつも後ろに付いてきた。
「好きなの?」
「……あぁ、好きだった」
 最初の頃は怖くなった時もあったけれど、いつもただ振り返るとはにかんだ笑顔をくれるあの子をいつの間にか好きになったんだ。
 こんなこと思っていると浅緋は傷つく、よな……。
「その子は今どこにいるの? 木賊なら見えるんでしょ?」
「えっ」
「あなたにしか見えないのなら、その子はずっと待ってるんじゃないの? 一人で」
 強く握り返してくれる浅緋の手が温かい、温かかった。彼女は信じてくれた。
 “アキ”がいたことは、夢じゃなかったって信じてくれるんだ。
 君はそのことを知っていて、引き寄せてくれたのかい?
「ねぇ、どうなのよ」
 その子のとこへ行ってあげなさいよ。彼女の瞳はそう訴えていた。
 嬉しいけれど、それはできないんだ。
「……彼女は、アキは、多分二度と、逢えない」
「え」
 もう片方の手で胸ポケットから取り出す手のひらサイズの栞。
「それ、……その子からもらったものでしょ?」
「いや、これがアキだよ」
「え、だって、それって、あの時の……」
 覚えていてくれたのか。なんか、それだけで泣きそうになった。
「そう。あの時、俺たちを助けてくれたのがアキだったんだ」

 ――秋の夕暮れに君に出会った。

 

 
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