天使が勝手に召還されました。



 ストップウォッチが三分の鐘を告げる。
 手に持っていた漫画をそれの横に置いてスイッチをオフする。
 さあ晩飯にありつこうと箸を持った瞬間それは起こった。
「呼ばれて、願われてジャジャジャジャーンっ。天使が舞い降りたよ!」
 目の前でポンっと音がしたそこに現れた少女……いや本人曰く天使らしいその生き物が漫画の上にフワフワと浮いている。
 思わず箸を落としそうになるのを堪えたのは自分でも素晴らしいと思った。
 だてに感情の起伏が乏しいといわれ慣れた俺だ。
 突然天使が現れても表情筋は動いてない。
「あれー。どうしてこっち向かないの?」
 こういうのは見えないフリをした方が良いと知っている。漫画に書いてあった。
 ので、伸びきってしまう前に麺を口の中に流し込むことにする。
「もー、天使が舞い降りたのに、無視? 折角地球を滅ぼすお手伝いをしてあげようと思ったのにぃ」
 ブホッ ゴホッゴホッ
 ちょ、待て。
「わお、派手に飛ばしたねぇ」
「げっほ……、えっとワンモアプリーズ」
「だから、貴方の為に地球を滅ぼすお手伝いをしにきたの!」
「なんでそうなる」
 いきなり現れて、そんな爆弾発言する天使が何処にいるっ。
 ようやくまともに見た天使は、手の平サイズで小さな白い羽根をパタパタ動かし、綺麗な黒髪を靡かせ、ちいちゃな手には魔法少女のようなステッキを持っている。
 うん、白い羽根は天使みたいだが、色々おかしいっ。
 分厚い眼鏡にもついた汁を懸命に拭いて、もう一度見ても、漫画の上に天使。
 なに、このチョイスを間違った感。
「うふふー。さあ、世界を滅ぼそう!」
「ちょっと、待って」
「?」
「いいから、そこに座れ」
「いいよー」
 漫画の上にちょこんと座る天使。
 ああ、これだけならドストライクなんだけどな。
 一日中眺めたくなるくらい可愛い。
 でも、この天使は悪魔のような発言をする天使だ。
 とりあえず、ツッコミをいれることにする。
「えっと、俺はあんたを召還した覚えないけど」
「えー。この漫画に書いてある魔法円に手をかざして呪文と呼び鈴鳴らしたでしょ?」
 確かにその漫画には魔法陣が書かれていた。ファンタジー漫画だから。呪文がペッコラトッコラリンタッタみたいなリズム感あって読んでみただけで、魔法陣に手をかざした覚えはない。
 丁度魔法陣のコマがページを捲る親指にあたる位置だということ以外は。
 そして最大の疑問。
「呼び鈴?」
「うん。ジリリって呼び鈴ならしたでしょ」
「それストップウォッチ……」
 まさかのストップウォッチが呼び鈴扱い。
 いや、そもそもそれで天使なんか呼べてたまるかっ
 実際呼んじまったんだけどぉぉぉ。
 どうすんだこれ。
 今までにない内心の動揺が溢れ出てくる。
 いや、次行こう、次。
「で、なんでいきなり地球滅ぼす宣言したの?」
「なんで、って貴方が世界を滅ぼしたそうだったから」
 いや、全然全く思っていませんが、何この子、怖い。
「えーだって、君みたいな。成人しても職に就けず、その日暮らしで生きて、彼女いないが生きた年数。寂しい一人暮らしで将来性のない子って、現実憎んでいるもんじゃない」
「おいっ。世界のニートを敵に回す言い方よせ。失礼だ」
 なんだ、この天使っ。
 非情にムカつくぞ。
 可愛いだけに、余計腹立つ。
「あ、後二次元オタクで、コミュ障で、無愛想」
「悪かったなっ」
「ねぇ、世界滅ぼそうよっ」
「その前に、お前を滅ぼしたいわっ」
 そう俺にしては珍しく怒鳴った瞬間突然、つぶらな黒目を潤ませて泣き出す天使。
 泣かせちまった!
 女を泣かせたことないから、慰めるのもわからん。
 動揺が俺を手足をばたつかせることしか働かしてくれない。
「え〜ん。人間にまでいらない、言われたぁ〜〜」
「いうあ……」
「ふぇぇ〜〜ん」
 天使が落ち着くまで、ひたすら手足をばたつかせた俺だった。
 麺が容器から完全に這い出してきた頃、ようやく天使が落ち着いてきた。
 泣いている天使はすっげぇ可愛いわ。
 写真とりたい衝動をこの年一番の我慢で押さえつける。
 さて、どうしよう。
 三十路手前の人生でたくさん経験したつもりだったが、さらに上があったのか。
 こういう時はお茶を出す決まりだ。
 漫画で教わった。
「あー、なんかすまん」
「謝るなら、一緒に世界を壊してよ」
「いや、無理」
 お茶をちびちび飲みながらぐずっている天使。
 コップ大きいから、小さいのが顕著だ。
 やべぇ、悶える。
「そもそも、あんたはなんで世界を壊したいわけ?」
 そう、それがこの状況の一番の原因。
 混乱の中素直に疑問を言えた俺すげぇ。
 もしやこれは夢落ちか?
「これ、どう思う?」
 差し出されたのは、魔女っ子みたいな杖。てっぺんにお星様マークがキラキラ光っている。
「天使のステッキ。普通はただの棒なのよ。私だけ。こんな風に変わっちゃた」
「なんで」
「天使の素質に合わせて変化するの」
「でも、用途は一緒なんだろ」
「ううん。私のは爆発しかしない」
 皆は治癒とか色んなことが出来るのに。いじけてノの字を書き始める天使。
 あーうん。爆発はすごいわ。
「それにね。天使は白色の髪で緑の瞳が多くて、大抵どちらかの特徴が出るのに、私は全部黒」
 白いワンピース、白い翼にアクセントを付ける黒髪。そして滑らかな白い肌にワンポイントの黒い瞳。
 俺的には、『その姿で生まれてきて下さってありがとうございます!』なんだけど、天使の世界は違うのか。
「役立たずで、根暗な子はお仕事もさせてもらえないもの。だから世界滅ぼしてあいつらの仕事を増やしてやりたいのよ」
「最悪の仕返しだな」
「でしょ!」
「いや、褒めてない。褒めてない」
 最高の嫉妬だ。
 どうやら、そんなくだらないことに俺は巻き込まれたようだ。
 ふと、漫画でお決まりのパターンを言ってみる。
「まさか、それをやって好きな人にアピールするとか、ないよな?」
「なんでわかったのっ」
 ドンピシャ。
 可愛い天使は好きな人いたのか。
 なんか切ない。
 出会った瞬間、失恋って……。
「ねぇ、世界滅ぼそうよ」
「いやいや、それだと好きな奴も仕事に追われるぞ」
「大丈夫! 別の部署だもん」
 部署があるんかいっ。
 さて、どうしよう。容姿とかについては同情するが、それでむかついて世界滅ぼすというのは、無理。
「俺からしてみればあんたは可愛いのになぁ……」
「ほんとっ?」
「ああ、ドストライク」
「わぁ、嬉しいっ」
 目を輝かせて、頬を染め満面の笑顔な天使。
 ダメ人間な俺の言葉にも嬉しがる天使は、頭がぶっ飛んでいるだけで良い奴なんだろう。
「仕事できないのはまあこれから頑張ればいいんだから、清楚可憐なアピールでそいつに告白すればよくね?」
 そんな奴捨てて俺にしたら、なんて台詞は俺にはいえねぇ。
 気持ち悪い。
 こんな可愛い子は二次元でいい。三次元で現れただけでも奇跡。これ以上一緒だと俺の寿命が縮まる。
 悶えて。
「だから、そいつに告白するまで、世界を崩壊させるは延期でok?」
「オッケー!」
 あぁ、この天使素直すぎだ。
 俺がもし悪い奴だったらどうすんだよ。
 犯罪犯せるような度胸なんて全くないけどな。
 とりあえず漫画とゲームで得た知識で、好きな男を落とすポイントを幾つか伝えて、天使を帰した。
「ありがとう!」
 来た時よりも晴れやかな笑顔で、帰っていったよ。
 あまりの神々しさに俺は焼かれた。
 身も心も。

 あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!

 とりあえず一日中床でのたうち悶えた。
 よくクールでいたな、俺!
 帰したくなかったっ。
 なに、応援してんだよっ。
 あぁ、告白される奴羨ましいぃぃぃぃ。
 妬ましいぃぃぃ。
 ちくしょう、可愛かった〜〜ぁぁぁ。
 これで本当にくっついたら、俺は恋のキュービット役か……。
 せつねぇ。
 涙出てきた。

 

 

 

 暫く俺はへこたれてた。
 表情筋死んでるおかげで、日常には支障をきたさなかった。
 それも切ない。
 あの日から変わったことをあげるなら、部屋のゴミ溜めを綺麗に片付けたことくらいか。
 あんな汚かったのにあの天使は全く気にしてなかったな。
 一発でダメ人間だとわかる部屋からだからだったのかな……。
 いきなり何かきてもいいように、部屋を綺麗にする習慣がついたのは天使のおかげだな。
 増々俺の心は少しのことで動じなくなった気がする。
 傷ついた心は相変わらず癒えないが。

 そんなことを思いつつ新刊を読み終えて棚に本を戻そうと立ち上がった瞬間、目の前の机が吹っ飛んだ。
 俺も吹っ飛んでベッドに頭を直撃した。
 机って爆発するもんだっけ?
「うわぁぁぁん」
 黒い煙の中から、数ヶ月ぶりの天使が泣きながら現れた。
 あの時よりもさらに可憐だ。
 可愛いから美しいに進化した。
 どこの女神だ。
 じゃなくて、天使が泣いている原因って。
「もしかしてふられ……」
 今度はベッドが吹っ飛んだ。
 俺はさらに本棚に激突する。
 よく生きていたと思う。
「彼女がいたの!」
 あ、そういうオチね。
 天使って恋人いるんだな。
 天使の生態に疑問を思いつつも、その話は今度にして、とりあえず目の前の天使をなだめる。
「うぇぇぇぇっ。も、せかい、ほろぼ、そっ」
「いや無理だから」
「びぇぇぇぇぇぇぇえっ」
 悪化した。
「えっと、俺じゃなくて他に世界憎んでいる奴がいるかもしれないじゃんっ。そいつらのとこへ行けば……」
「むりぃぃぃ。だって召還してくれたの、生きてきた中であなただけだもんっ」
 そらそうだ。あの漫画家さんが多分創作で書いた魔法陣に手を置いて、これまた創作の呪文となえて、その時にストップウォッチがなるなんて偶然、そうそうない。
 漫画家さん、貴方は神か。
「もうやだ、やだ、やだぁぁぁぁぁ」
 自暴自棄になった天使。
 あぁ、そんなに強く目をこするもんじゃない。
 せっかくのおめかしがもったいない。
 目の前の天使を見て、この数ヶ月間、俺のアドバイスを素直に実行したのだろうと察しがつく。
 だって、杖の形状がなんていうか、相変わらず星は変わらないが、前より杖らしくグレードアップしてなんかキラキラじゃなく神々しい。
 それなのに実のならかったか。
 世界は厳しいな。
 ほろ苦い記憶が甦るが、天使には俺がいる。
 触れるのはなんか汚しちゃうようで無理だから、卸したてのハンカチで優しく天使を包んで、よしよしする。
「あー、もしかしたら、気が変わるかもしれない、ので、暫くここにいれば?」
 ギャァァァァ、俺はなんてキザな台詞を吐いてしまったんだろうか。
「ほんと?」
 天使、そこは断れ、つぶらな瞳で俺を見るな。
 俺が増々惨めになるだろう。
「ああ」
 そんなことはおくびにも出さず言ってのけた、俺に自己嫌悪。
「うれしい」
 くしゃくしゃの笑顔。
 笑顔だ。
 俺の背中にもすごい花が咲いた。
 泣き止んでくれて。また笑ってくれた。

 この天使の為に、世界は滅ぼせないが、喜んでもらうことをしようと誓った瞬間だった。
 そんなこんなで、天使と俺の共同生活が始まったのだった。

 

 

 余談だが、天使のおかげで健康的な生活をし始め、家事のスキルがあがり、身だしなみも整えて、そしたら就職が決まって、天使がお祝いにほっぺにキスをしてくれたのは、また別のお話。

 

 
2014/9/4 彩真 創
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