――三十分後
何もおきない!
さすがに同業者でも動くタイミングだろうが、全く気配どころか姿も見受けられねぇ。
ドアが開いたのは偶然だったのか?
ドアの向こうは夜目が効く俺様でも真っ暗闇しか見えないし……、わけ分からん。とりあえず、今日は引き上げた方がよさそうだな。
わからないことに無闇に突っ込む俺ではない。そこが一流の泥棒なわけよ!
今日のとこは退散だ。
再び廊下に出るのは危険だから、ダイニングのドアからでよう。
…………ん?
いい忘れていたが、このダイニングの方は月明かりで結構明るい方だ。
机やテレビなどの家具が影を作っているんだが、家具以外で影が床に映っているのはなんでだ?
俺の足下には俺の影。
では、あの人型の影は誰の影…………?
「〜〜〜〜〜〜〜〜っ」
俺は悲鳴を上げるのをなんとかこらえた。
いや、もうあげたい、あげていいか?
てか、おかしい、おかしいっ。
影が動いてる〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!
ゆ、床からも、ももも、盛り上がってって、なんかでてっ。
あ、あ、あ足が動けん。予想外だ。
ここは幽霊屋敷か何かかっ!?
目をそらしたら隣にいました、みたいな光景になるのはいやだから目をそらしてないが、それはそれでヤバいだろうっ。
そうこうしている間に、影が影でなくなって、人の形になってくるし……。
いや、落ち着け、俺!
廊下を出てすぐ左に行けばすぐ出口だ!!
もし地縛霊の類いなら、外に出れば追ってこないはず!
一生分の根性で足を動かす。無我夢中で、俺は廊下に飛び出すことに成功した。
「ねぇ」
「ギャア!?」
俺はもう情けない悲鳴をあげていた。
だ、だ、だだだって、すすす、すぐ隣に…………いた。
真っ白になりそうな思考と危険信号を出している脳に反して、俺は横を向いてしまった。
髪の長い少女の姿を……………。先ほど見た影と同じ姿を。
唯一見える蒼白い唇が動く。
「…………おじさん、泥棒さん?」
その子の背後から、片目だけ赤い瞳の黒い影が伸びてきた。
*** *** ***
「なんですか? 今の音は!?」
二階から烏(カラス)が降りてきた。彼は名前に似合わず真っ白なウサギの寝間着姿をしていた。
そして倒れている哀れな泥棒とその隣に立っている苑の姿を見比べて小首をかしげる。隙間から見える前髪が揺れると同時に、ああ、と何か納得ししたのか、肉球をあわせる。
「だめじゃないですか、苑。知らない人を拾ってきては。元いた場所に置いてこないと後で皓彗が困りますよ」
変なイントネーションで、見当違いなことを述べる烏。硫黄(サルファー)の瞳で彼が日本人ではないことはわかるが、根本的にずれていた。
「うん? 違うのですか? あ、もしかしてついて来てしまった方ですか?」
「違う…………どろぼう……」
「どろぼう?」
こくりと頷く苑。キリトの執事補佐を努めている烏。日本語はマスターしているはずなのだが……鉛がひどくてこの場に諍がいたら眉をしかめているだろう。
「えーっと、あぁ、犯罪者ですね! どうします? 箱詰めしますか?」
何か違う。おそらく、第三者がこの場にいたら突っ込むであろうが、今は苑しかいない。
苑は箱詰めの意味が分からなくて、無表情。
「ここに、セメントありますか?」
「ない……、ひも……しばるの」
「なるほど、縛って吊るすのですね!」
着ぐるみの人物は、大変危なげなことを発しているのだが、幼い苑にはその意味がほとんど理解できていないので、とりあえず泥棒を縛る提案に頷いた。
一体彼は、なにで日本語の勉強をしたのか疑問であった。
*** *** ***
「よし、これでいいですか?」
「……………………………………」
着ぐるみの所行を最後まで見届けた苑だが、さすがにどうコメントしたらいいのかわからなかった。
気絶した泥棒は、見事に天井に吊り下げられていた。どう廊下とビニールひもでこんな芸当が出来るのか不思議なくらいだ。
死なない程度の強さで縛り、恐怖心をそそるように仰向けで、天井に体が平行になるような設定。
「さぁ、吐かせてください!」
「………」
満面の笑みで告げる烏に無言で受話器とソウ宛の電話番号をさしだす苑。
「ここに電話をかければいいのですね。どこの業者先ですか?」
「……かけてみれば、わかる」
「はい!」
苑は後のことは全てソウに任せることにして、部屋へと戻る。
(早く、会いたい……)
兄の姿を思い浮かべては小さな息をはく苑であった。
――後日
言わずもがな、半日犯人を吊り下げた烏は、ソウと皓彗に説教をくらったのだった。
そして、あの可哀相な泥棒は警察に捕まりその後、精神病院行きになったと、後で皓彗は聞いたのだった。