戦の魔女 ーシュラハト・ヘクセー
02.疾翼の騎士(エル・ヴェーチェル)の安息日(シェバト)

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「はーはっはっはー。で、お前はここ三週間、追いかけられていたってわけか」
「ああ、正確には二十日間だけどな」
「それはそれは、世紀の逃亡劇のようですね」
「笑い事じゃねーよ。二人とも。こっちは大迷惑だったってのに」
 ここはバロッタの国から北にあるイルテのとある宿屋。
 血気盛んな野郎共が群がる食堂でハイレンは向かいに座って笑う二人にため息をこぼす。
「今の話を聞いている限り、俺はハインが悪いと思いますよ。あの女神にそんな口をきいて今も生きているのが不思議なくらいですね」
「んだよ、ザク。俺が全て悪いってのか」
「ええ。女性にはもっと優しく接してあげるべきです」
 晴れやかに微笑むザクことシーザー・クルク。彼はハイレンと同じ傭兵であり、長年の酒飲み仲間であった。
 傭兵といっても、ハイレン達は国に正式に雇われた傭兵ではなく、自由気ままに誰かに雇われ個人的に動く、ならず者に近い傭兵だった。
 国に仕える傭兵は一定の恩賞と地位が与えられる代わりに、王に絶対忠誠を誓わなくてはいけない。
 大抵は、ハイレン達のように自由人が多いので、金さえ手に入れば、誰に雇われてもいい雇い主へいくのだった。
「まぁ、ザクの言う通りだな。三女神の一人に気に入られたのなら、その場でオッケーっていっとけばいいのによー」
 もったいねーなー。豪快に酒を飲み干しながらいうのは、ジル・フェラート。シーザーと同じく傭兵でありハイレンの酒飲み仲間だ。仲間内ではハイレンはハインと呼ばれている。
「女神っていうかあれは獣だったような……」
 今までのイーラの形相を思い返し、黒い虎を連想させる。どうみても女性とは思えないとハイレンは一人頷くのを観察していたシーザーは苦笑する。
「ハインがそう見えるだけなんじゃないのですか? 相変わらず女性は淑やかで慎ましく、高嶺の花でなくてはいけないと、思っているのでしょ?」
「ああ、当たり前だ!」
 力強く肯定するハイレンに今度は二人が同時にため息をついた。
 ハイレンは超が付くほど好戦的な性格である所為か、戦場以外のことに対して知識が足りなさすぎて変な偏見を持っているのだった。
 女性もその一つである。
 ハイレンは年頃の女性はみな、美しく清楚で、男である自分が触れてはならないような気高い存在だと考えているのだ。
 美しいと思った女性に出会うと半歩身を引く姿勢は、女性の間では紳士的ととらえられているが、実際は触れてはいけない存在に羨望の眼差しと畏れ多い感情を抱いている男なのだ。
 なので、逆を見るとショックを隠しきれず、自分の女性の理想像を語りながら説教をするのだった。
 迷惑な話である。
「あいつは、女なのに戦にでて、自分の身なりも考えない奴だったんだぞ。誰だって迷わずノーと答えるだろ」
「いや、別に女性だからって戦にでちゃいけないなんてことはないんだけれど……」
「それは違うぞ、ザク! 俺たち男はゴツい体を持っているし、力もある。だけど女は華奢で触れたら折れてしまいそうなぐらい軽いんだぞっ。体も小さいし、守ってあげなきゃって思わせるのが女性なんだ!」
「なんかすげーありがた迷惑な話だな」
「そ、そうだね」
 クルーテ地方は多くの国がごちゃごちゃと連なっているので紛争が絶えない。そんな俗世に女、子供区別する人間は少ない。
「それにしてもそこまで、その死の鳥(モルテ・フォーゲル)は魅力が無かったのか? 長女は『冷酷な女王(アミーラ・クルデーレ)』と讃えられるほど、強くてすごい美人だと聴いてるんだが……」
「えぇ。それはそれは素敵な女性でしたよ」
「そうか、って、え?! お前会ったことあるのかよ!」
 隣でシーザーが目を輝かせたのに驚くジル。
「はい。遠目ですが戦っている姿を一度拝見したことがあります」
「それより、その三女神ってなんだ? 強い女達ってのはわかるが、それ以外あんまり知らないんだけど」
「お前はそこからか!」
「もしかしたら、ハインの理想的な女性はその長女のレフィーナ・ノワールの方が近いんじゃないのですか?」
「ほう。だが、戦場に立っているのは女性としてマイナスだな」
「いえいえ、そんなの関係なしに惚れてしまうのが真の女性です」
「そんなもんか?」
「そういうものです」
「おい、俺を置いていくなよっ。聞いてて不気味だぞ。あの三女神を平然と口に出すお前らが」
 ちょっとそこに並べといわんばかりに、ジルがこの地方に伝わる戦女神について熱く語り始めた。
 ジルが語った内容をまとめると、長女のレフィーナ・ノワール、次女のイーラ・ルベル、三女のカルネ・リヒ、三人あわせて『戦三女神(トレ・ウ・ディーア)』と呼ばれており、戦場で彼女たちが現れると、敵味方なく死と滅亡をもたらし、果ては躯の血を啜るとまで噂されている凶悪な戦士として有名であるそうだ。

 三女のカルネは『毒の暗殺者(ドゥ・メルダー)』と異名を持ち、その名の通り、彼女は音もなくターゲットに忍び寄り命をかすめとっていくので、顔はもちろん姿も見たことがいないとされる。
「どんなに気配に敏感な奴でも、知らない間にお陀仏になるんだとよ。ターゲットが多くても、少なくてもそれは変わらないらしい。たまたまターゲットじゃなくて、その場にいた奴の証言だと、女の笑い声が聞こえたと思ったら、すでに終わっていたんだと」
「へー」
「それに彼女は普段から緑のマントを羽織っているので、捜せば見つかるのですが、彼女をずっと見張ることは困難らしいです。いつの間にか消えるようです」
「相当俊敏な奴なのか、魔式(マナ)で姿を見えなくしているのかってとこか。女でそこまで出来るのはすごいな。男だったら戦ってみたかった」
「本当に女性ってだけで何もかもケチつけるのですね。見た目だけで決めつけるのは良くないですよ」
「しょうがないだろ。性分なんだ」
「一回、偽姿見(イリエナ)で騙し討ちされてもらったほうがよろしいのでは?」
「無理だろ。殺気で気付く」
「ですが、三女神程の魔式(マナ)でしたら、ハインもわかりませんよ」
「お前がそれを本気で言っているとしたら、かなりこぇーな」
 魔式(マナ)は自分の持つ魔力を呪文により変換し、身体能力を上げるものから大地を割る力まで発揮できるものである。
 魔式を使える者と使えない者がいるし、魔式を使えても身を守る程度の威力しか出せない者から、イーラのように国を一瞬で滅ぼせるぐらいの威力を持つ者もいた。
 偽姿見(イリエナ)とは、自分の姿を他の人間に変化する高等な魔式だった。
「一回、痛い目を見ればいいのです」
「なんか、すまん」
 女性を侮辱されると、超がつくほど紳士的であるシーザーは口が辛くなるのだ。目が据わり始めた彼にハイレンは少し自重しようと思った。
 逃れるように酒を飲んだハイレンに再びシーザーはため息をこぼす。
「はぁ、そんなんで、よく生きていますよね」
「んー、俺も一応傭兵だからな」
 傭兵を名乗る者にとって、魔式を扱えることは最低条件だった。
 ハイレンはある程度の技を防ぐ空壁(ビュロウ)と身体能力を上げる程度の魔式しかできない。
 本人曰く、魔式はややこしいとのこと。
「それだけしかできないのに、生きているのがすごいんですよ」
「そうか?」
「ええ、偽姿見(イリエナ)の騙し討ちを殺気だけで気付いたり、三女神の殺意を持った攻撃さえ軽々しく躱すなんて、馬鹿だから出来る芸当でしょうか」
「貶しすぎてね?」
(そういえば、あいつは、不意打ちはしても騙し討ちはしなかったな)
 シーザーの言葉にものすごい形相のイーラがハイレンの脳裏に出てきた。
 イーラの殺意は本物だが、無意識に攻撃を押し殺しているとハイレンは感じていた。
 それは、追いかけっこが始まった四の倍数の日に限って襲ってこないのと関係があるのだろうか。
(考えても女の思考なんてわかるわけがないんだが)
「ハイン、ちゃんと聞いていますか?」
「おー」
 そんなおかんと子供のような二人の間に、ジメジメといじけたジルが顔を出した。
「おーい、俺置き去りにされているんですけどー」
「あ、すまん、忘れてた」
「すみません、ジル。どうぞ、続きを」
「お前らホント、いい性格してるぜ」
 半分ふて腐れ半分笑いながら、ジルは続きを語る。

 

 
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