相思華
〜華ハ 葉ハ タレヲ思フ〜

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 小四の秋。ばあちゃんの何回忌かで、じいちゃんの家に訪れた。山の奥の田舎は俺にとってはつまらなかった。
 何かの風習で、学校が休めるのはラッキーだけど、ゲームもなければ、公園もない。
 ただ、静かに頭がツルツルした人の眠たくなる言葉を、ずっと座って聴いているのは俺にはたえられたかった。
 なんとなく、重い。
 とうとう限界がきて、息止めていたら、気絶してしまった。今は縁側で涼しい風を浴びている。
「まだ、終わらないみたいだな、ナナ」
 横でどんぶりのようにデンっと丸くなっている猫の七色に話しかける。七色(なないろ)は返事の代わりに、寝転がる。
「ナナはいいよな、気楽で」
 片耳だけぴくぴく動かして、後は聴いているのか聴いていないんだか。俺に対してはあまりなついてくれない。
 俺以外には、鳴いて甘えるのに。
 ちなみに亡くなったばあちゃんが、片目が真っ黒い丸をしているナナを七色と名付けた。どうみても二色の猫。
 ばあちゃんのユーモアなセンスは俺には理解できず、七色ではなくナナって呼ぶことにしている。
 七色にとっては名前を途中でしか呼んでくれない俺が気に入らないかもしれない。
 なんて贅沢な猫なんだ。
 そう内心ふて腐れながら、山と山の間に沈んでいく夕焼けを見る。
 うちの家ではこんなに綺麗な夕焼けは見れない。
 この一点だけ、この田舎が好きだった。

 カタッ

 何か音がした。風が吹いて垣根前の植物が落ちたのかと思ったがその瞬間、七色が今まで聞いたことのない、うなり声をあげて、裏口をみる。
「ど、どうしたんだ、ナナ?」
 一体、なにが?
 わけがわからない。
 狼狽えていると、七色は垣根を飛び越えて、去っていった。
「ナナッ? どこへいくんだ!?」
 追いかけようとしたら、視界の隅に夕焼け色が映った。
「えっ」
 そんな馬鹿な。
 しかし、夕焼けじゃなくて、赤い髪をした女の子なのはすぐにわかった。髪の色にも驚いたけれど、さらに驚いたのは、すぐ隣にいたことだった。
「な、なんで……」
 にっこり笑う彼女は、腰まである髪を二つにまとめ、古い赤紫の着物を着ていた。
 俺と同い年ぐらいに見えるけれど、この辺りでそんな子がいないのは、俺だって知っている。
「お前、誰?」
 血の色のような髪に思わず後ずさるが、彼女はそんなことわからないかのように、俺へと飛びついてきた。
「ちょ、ほんと、なに?!」
 状況がわからない。
 しゃべらないし、ただ、本当に嬉しそうに抱きつくだけの彼女に、俺は狼狽えるしかなかった。

「木賊。何をそんなとこで座っとる?」
「わっ」
 突然、じっちゃんに声をかけられて思わず叫ぶ。
 なにせこの状況だ。恥ずかしい。
「なんだ? そんな声上げて、なにかあったのか?」
「へ、だ、だって……。あれ?」
 いない。
 確かに俺に抱きついてきた、あの少女はいつの間にかいなくなっていた。
 固まる俺に、じっちゃんは首を傾げる。
「なんだ? なにか変なものでもいたのか?」
「あ、赤い髪した、め、目も、赤で、き、き、きものきた、子が……!!」
 とにかく、わからない俺の訴えをじっちゃんは、ふむと考えて、答えた。
「もしかしたら、座敷童かもしれんな〜」
「ざしきわらし?」
「幸せを運んでくるおばけだ。別に害はないから、いいんじゃないか? モテとるようだしな〜〜」
 おばけにモテても嬉しくないよっ。
 じっちゃんはあいかわらず、のんびりした考え方だった。

 でも、少し安心した。
 確かにあの子は、おばけみたいだけど、なんにもしてこなかったから、いいおばけなんだろうって。
 そう、そのときは思った。

 次の日。また夕暮れ時に縁側にいたら、あの子がきた。
 そして、七色はまたどこかへ逃げていった。
 相変わらず、その子は嬉しそうに笑う。
「おまえ、名前は? もしかして、ざしきわらし?」
 きょとんとした顔。
 それから、首を傾げた。
 どうやら、違うみたいだ。
 もしかして名前、ないのかな?
 それに、昨日は気づかなかったけど、その子は、しゃべれないらしい。
「じゃあ、アキって呼んでいいか」
 秋の季節にあったから、アキ。
 秋の夕焼けが一番好きだからだ。
 夕焼けでもいいけれど、呼びにくい。
「わっ、ちょっと、また、かよ!」
 アキは飛びついてきた。
 どうやら、それでいいみたいだ。
 学校であんまり女の子と話したことないから、こんなスキンシップは、慣れない。
 すごく照れくさかった。

 それからというもの、じっちゃんの家で一週間過ごしたときは、毎日、アキと遊んだ。ここでは同い年ぐらいの子はいないから、丁度いい遊び相手だったからだ。
 まぁ、実際はアキが一方的に追いかけてくる鬼ごっこみたいなものだったけれど……。

 ただ、静かに何かが近づいていた。

 それがわかったのは、じっちゃんの家から帰る前日だった。
 いつも縁側でどんぶりになっていた七色が、死んだ。
 じっちゃんはもう年だったからなって、寂しそうにつぶやいていた。
 その背中が、本当に寂しそうだったから、俺は泣いた。じっちゃんの分も。

 アキにそのことを話したら、ただ、首を傾げて俺の頭をなでてくれた。
 冷たい手に、七色はおばけになってくれないかなって、思った俺がいた。
 七色は、ばっちゃんのお墓に一緒に埋めた。
 ばっちゃんは七色が大好きだったから。
 帰り道、昔、枯れかけていた花が、元気に咲いていた。
 それが、無性に悔しくて、足早に帰った。

 翌年まで、アキと会わなかった。
 だから、アキのこと正直、忘れていた。
 はっきり彼女がおばけだと思ったのはその翌年に再び縁側にやってきて、その二日後にじっちゃんが死んだ時だった――。

 

間

 

「お前、ほんとは化けものだろっ! 近づくな! 俺から離れろ!!!」
 じっちゃんの家の裏側にある林で、俺はアキに叫んだ。
 俺は一年で、少し背が伸びた。アキはそのまま。
 違うのは髪の色。
 深い森と見分けがつかない緑だった。
「お前の所為で、じっちゃんと七色は死んだんだ! 返せよ、二人を!!」
 だって、そうだろ?
 アキが来たその数日で、二人ともいなくなっちゃったんだ。アキが怖くなった。
 当人は、ただ首を振るだけ。
 しゃべれないから、アキが何ものなのかも、なにを思っているのかも、全くわからなかった。
「お前なんか、嫌いだっ」
 だから、俺はアキに色んなものをぶつけた。

 アキがどんな顔したのかも知らないで、逃げた。
 彼女も走ってきた気がした。必死で逃げた。俺の方が足早いのは知っていたから、ひたすら逃げた。
 追いかけて欲しくなかった。
 だから、日暮れまでひたすら走った。

 ふと、後ろを振り返ると、アキはいなかった。
 微かに、ほっとした自分がいたのと、寂しくなった自分がいた。
 いつもなら少し待つと、アキが見つけて近寄ってきたから、なんとなく待ってしまった。
 けれどアキは、いつまでたっても、来なかった。

「早く、帰ろう……」
 ばっちゃんのお墓を通って、帰る。
 その途中にある花は、咲いていなかった。
 ただ、少しやぶれた葉が小さく色づいていた。
 無性に悲しくなって、俺はまた足早になった。

 そしたら、その先にアキがいた。
 びっくりして思わず隠れた。ここに来ることをアキは知っていたのだろうか。
 けれど彼女は俺に気づかず、ただ、座っていた。
 横顔が泣いてるように見えた。
 そうだ。アキは声がでない。
 悲しくても俺のように誰かに叫ぶことなんてできないんだ。
 ただ、悲しい時はひたすら俯いて涙を流すしか、できない。
 誰にも知られないって、なんて悲しいことなんだろう。
 俺はなんてひどいことをアキにしてしまったのだろう。

 アキはおばけだけど、俺よりひどいことなんてしていない。
 したことない。

「アキ」
 呼ぶとアキはすぐに顔を上げた。
 赤い瞳は、涙でいっぱいだった。
「ごめん。アキ、ごめんな」
 くしゃくしゃの顔で、アキは俺にすがりついた。
 飛んでこなかったのに違和感を感じてよく見てみたら、彼女の右足が少し欠けていた。
 アキはもろかった。
 転んで、その拍子に怪我をしたのではなく、欠けてしまったようだった。
「ごめん。ほんとにごめん」
 こんなになるまで、捜してくれていたのに、追いかけてこなくて少しほっとしていた自分が、情けなくなった。

 今度は、俺がアキの頭をなでた。

 

間

 

 それから、アキはじっちゃんの葬式が終わった後、じっちゃんの家じゃなくて、俺の家まで憑いて来た。足は翌年には治っていた。
 嬉しかった。
 じっちゃんの家でしか会えないのではないかと思ったから。
 相変わらず、俺以外には両親にも、見えていない。
 時折、部屋の中でのアキとの会話を聞かれていたらしい、脳内友達と遊んでいる、いたい子だと思われている。
  実際、見えないのだからどうしようもない。

 それから数年、俺は高校一年になった。
 アキは夏以外、俺の側にいた。
 アキは春の終りから、夏にかけては眠くなるそうだ。
 冬眠が夏なんて、アキは変わっていた。
 読み書きを教えたのはいいけれど、紙に書くのは、ほとんど『トクサ、だいすき』ばかりで、正直困った。
 これを他人に見られるのはさすがに恥ずかしいので、隠すのに必死だった。

 普段、アキは俺の側にいて、後ろを嬉しそうに付いてくる。振り向くと満面の笑顔。
 それが嬉しくてついつい、笑って返してしまう。
 端から見ると、おかしい人物だけど、気にしない。
 なんといわれようと、わからない奴、わかろうとしない奴のことなんて、どうでもよかった。
 それから、アキは触ると柔らかい髪の色が年ごとに変わるのが特徴だった。一番多いのが赤。緑が次に多くて、それから一回だけ白があった。
 なんで変わるのか訪ねたのだけれど、アキは自分の髪が変わっていることに違和感がないようなので、不思議そうに首を傾げただけだった。

 いつまでも続くんだと思っていた。
 その夏の終り、変わらない日常が変わろうとするまで。

「木賊〜。また脳内の子と交信中か?」
「別に」
「まぁ、お前は夏だけは、交信しているというより、恋煩いの方が正解かもしれないよなっ」
「…………」
 中学校以来のダチは、なぜか、俺のアキのことをしつこく聞いてくる。まぁ、彼は脳内の友達と思っているようだが。
 今日は体育の先生が休み。ただグランドを走るだけの授業だが、正直誰もやっていない。しゃべりだすだけだ。
「なんだよ〜。夏はお前の脳はバテて交信しづらいのか?」
 いや、夏は会えないだけだ。冬眠している。どこにいるのかは本人も知らないみたいだ。
 けれど、もうすぐ秋だ。
「で、どこまで、いったんだ? その子と手はつなげたのか?」
 身長差があるから、それはさすがに無理だ。抱っこの方が早い。片手でアキは持てるし。
 持ってみてわかったけれど、アキは軽い。紙一枚の重さに感じた。
 それでいて、髪は綿のように柔らかくて滑り心地もいい。
 ほっぺは、透明な白で赤ちゃんの肌のように柔らかかったな。
 目線が高くなってもアキは景色なんて見ようとせず、俺に抱きつくから、なんとも言えない。
「お〜い。俺の話、聞いてますか〜〜」
 心の中で聞いている。
 こんなの口で言ったら、変態扱いされるだろう。
 変人で充分だ。

「ったく。お前何かに取り憑かれてるんじゃないのか? あ、取り憑かれてるっていやぁ、隣のクラスの奴も取り憑かれているって、お前以上に避けられてるんだぜ」
「? そんな噂あったか?」
「あ、自分が避けられてるところはスルーなのね。今日は合同体育だから、そいつ、今いると思うぜ。あ、いたいた。ほら、あそこ」
 悪友の指差した先を見る。
 女だった。
 少し驚いたのは、後ろ姿がアキに似ていること。
「おしい、な」
「は? なにが?」
「髪が赤ければ、完璧だったのに」
 アキと同じツインテールだし、髪の長さも妥当だ。アキが大きくなったらあんな感じになるんだろうな。
 顔はアキの方がかわいい。いや、今は何かに怒っているだけか?
 この位置からじゃ横顔しかみれない。
「お前の趣味、よーわからん。赤って……。二次元の世界だったのか?」
「笑ったらかわいいんだろうな」
「はい?! 木賊君。君、俺の話聞いてた? 取り憑かれているって話」
「あぁ、あの子に近づいたら、周囲の人間が次々と何かに襲われるんだろ? 聴いていた」
 でも、おばけは取り憑いたって何にもできないと思う。
 アキみたいに脆くて儚い。
 それに一体何の理由があって、そんなことしなきゃいけないのか、俺にはわからない。
 なにか、悪友が叫んでいる気がするが、夏はアキは来ない。
 彼女の後ろ姿でも見て紛らわそう。

 早く秋分の日が過ぎないかいな……。
 のんきにそんなことを考えていた。

 

間

 

 しかし、本当に後ろ姿だけは似ているな。
 その日の帰り道。
 話しかけるつもりはないから、後ろからつけていく。
 アキを追いかけているみたいだ。

 そういえばアキみたいな後ろ姿の彼女はなんて名前なんだ?
 まぁ、いいか。
「そこのツインテールの人」
「…………」
「幽霊に取り憑かれてるってほんと?」
「取り憑かれてない!!!」
 すごい剣幕で怒鳴られたのは久しぶりすぎて、思わず後ずさる。
「えっと、ごめん」
 鬼のような形相は、小学校の時、テストで悲惨な点数とって母さんが、凄んで怒ってきて以来だ。
 素直に謝ると、アキに(後ろ姿が)似た彼女はまじまじと俺を見て、なんか会いたくなかったって顔をする。
「誰かと思えば、あの有名な電波少年じゃない。お仲間でも捜しにきたの? いっとくけれど私、そんなんじゃないから」
 オタクの次は電波少年か。よくもまあ、噂は変に広がるのはうまいよな。
「自己紹介しなくていいのは助かるな。あんたが電波発している風には、俺だってみえない」
「……じゃあ、面白半分じゃなかったら、何しに付いて来たのよ」
「後ろ姿が(アキに似て)かわいかったから」
 数秒後、赤い顔をした彼女から張り手をくらった。
「この変態っ。女タラシ!!!」
「え、ちがっ……」
 変人じゃなくて、変態って……それだけは、否定したい。
 しかし、彼女は猛スピードで走っていった。運動が苦手な俺は、追いつけなかった。
「はやっ。ん?」
 視線を感じて振り向いた時、耳に何かかすめた。
 派手な音を立てて降ってきたのは植木鉢。
 どうやら、上のマンションに飾ってあったものが、風で飛ばされたようだ。
 危ないから、片付ける。
 そんなこんなで、完璧に彼女を見失った。

 これが、浅緋との出会いだった。

 

間

 

「だ、か、ら、なんで付いてくるのよっ」
「昨日の言葉を取り消してもらいたい」
「は?」
「だから、昨日の『変態』という言葉を取り消して欲しいんだ」
「………………」
 ついでに、女タラシも。かわいいって言うとアキは喜ぶけれど、アキ以外は怒ることなんて知らなかった。
 アキ以外に言ったことがないからな。
 俺は、恋愛感情もアキと一緒でずれてるんだろうな。
「つまり、変人、オタク、電波少年、気違い、いたい子はよくて、変態はダメっていうの?」
「ああ」
「わけわからない……。それ、どうしたの」
 眉間に手を当て何かを考え始めた彼女は、ふと、俺の腕の包帯に気づいて指差した。
「あぁ、これは昨日植木鉢が降ってきた時に、かすっただけだけど……」
 その後、植木鉢の持ち主が俺にひたすら謝って、一緒に片付けたんだけど、それをいう前にその子は数歩、俺から離れた。
「もう、二度と私に近寄らないでっ。……変態!」
「それは断固として断るっ」
 走り出す前に、彼女の腕を捕まえる。一度ならず二度までも、アキに似てる女性に変態呼ばわりはさすがにこたえる。
「はなしてっ」
 膝蹴りが俺の腹に飛んできたが、男の意地で踏ん張る。
「……少し落ち着け、これはただの偶然だし、原因もはっきりしてる。お前の所為じゃない」
「っ、……ほ、ほんとに」
「だから、少しまて……」
 ダメだ。痛い。
「ちょ、だいじょうぶ!」
 
 後できいたら、彼女は昔、護身用に空手をやっていたそうだ。どおりで、意識が飛びそうになるほどだったんだ。

 意識が半ば飛びかけの俺を近くの公園まで軽々と引きずった彼女は、近くの自動販売機で、買った飲み物を渡してくれた。
「あ、ありが……とう」
「……思い切って蹴ってごめん」
「いや、ちょっとマシになったから、大丈夫……」
 腹の辺りはバットで殴られた痛みが続いているが。
 バツが悪そうに彼女は隣に座ってる。一言もしゃべらない。
 落ち込んだ顔しかみてないな。
 アキみたいに笑えばいいのに。
「なぁ、自分でも幽霊に取り憑かれてるって思ってるのか?」
「……そうじゃなきゃ、遠回りして人通りのないところ通って帰らないわよ……」
 確かに。
 昨日も今日もあんなに騒いでるのに、人があまりよってこない。
「最初は、陸上部の先輩だったの」
 私の周りで、変なことが起こり始めたのは。
 ぽつりと語りだす。
 彼女曰く、自分以外の人間が、電車に挟まれ脱臼したり、どこからかペンキをかけられたり、ロッカーの中に閉じ込められたり、果ては、一番の親友が事故にあって入院しているらしい。
「お見舞いにいけないの。もし、次、何かあったら怖くて」
 その内、変な噂が流れて誰も寄り付かなくなってしまった。
 彼女は泣きながら、唐突に訪ねてきた。
「ねぇ、木賊君は、見えるの? 幽霊。私、何か憑いてるの」
 アキとは違う黒の瞳が、俺を捕らえる。
 確かに、人じゃないもの、アキは見える。だけど……。
「俺は、幽霊やおばけが悪さをするのは信じられないな」
 ましてや、人を恨むなんてできるのか。そりゃ怨霊とかいるだろうけれど、突然、何かに祟られるなんて、あるのだろうか。
 祟れることができるのだろうか。
 アキがそうだ。
 俺は昔、ひどいことをした。
 怒るどころか、ただ泣いていた。
 恨むどころか笑って飛びついてきた。
「動物や人の幽霊が生きてる人を祟ることなんてできない、と思う。いつだって、人を傷つけるのは生きている人間だ」
 そう、生きている人間だ。
 変な噂を流して、それがあたるようなあたらないような出来事でも、人は噂を信じてしまう。
「じゃあ、私に起こっている出来事は、人が起こしてるってこと?」
「少なくとも俺は、幽霊を信じないから。まぁいたら、じっちゃんや七色に会えるから嬉しいんだけど」
「幽霊、怖くないの」
「知り合いだったら嬉しいに決まってるだろ」
「本当に、あなた、変人ね」
 あ、笑った。
「やっぱり、笑ったらかわいいじゃん」
 つい、口に出てしまった。
 数秒後お決まりの張り手が飛んだ。

 

間

 

「そうか。アキも浅緋には何も憑いてないって思うんだな」
 こくりとうなずくアキの頭を撫でる。
 久しぶりのアキの感触。浅緋の感触はちょっと固いって感じで、慣れないからほっとする。
 秋分の日が過ぎたらアキはひょっこり現れてくれたので、浅緋のことを話した。
 アキも彼女が好きになったのか『アサヒ』の名前をたくさん書いている。同じツインテールに共感を抱いたようだ。
 今は休部しているが普段は陸上部に所属している浅緋は根っから明るい、正直にいえば、性格が強い。
 犯人が人間だとわかったら、次は犯人探しをすると言い出した。
 なぜか普通に俺は巻き込まれた。
 まぁお化けの所為にしようとする犯人は許せないし、少し強がってる浅緋にも心配になったからなんだが……。
 けれど、あれから二週間が過ぎたが、手がかりも見つからないし、俺の周りでは何も起こってない。だから、アキに先程訪ねたんだけど、やはり、幽霊の類いではないようだ。
「これから何も起きないわけはない、か」
 学校の周りで起こっているのなら、犯人は学校の誰かだろう。
 しかし、噂が充満している所為で誰もが不審人物に見えてしまう。
 人間不信ではないんだけど、よくわからなくなるな……。
「ん?」
 あれこれと頭を悩ませていたら、赤い髪を揺らしながらアキが飛びついてきた。
「はは、くすぐったい」
 ふわふわの髪から匂う甘い香り。
 落ち着くな……。
 思わず抱きしめてしまう。
 アキも頬をすり寄せた。
 多分、これは浅緋にはできないだろうな。
「考えてもしょうがないから、今日は寝るとするか。明日また浅緋と三人で聞き込みをしよう」
 いつもどおりの就寝。
 少し違ったのは、アキがくっつきすぎて動きづらかったことだった。

 だから、明日も変わらない日常がやってくるんだろうと思っていた。

 

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