何時もと同じ朝だ。
目が覚めて真っ先にそう思った。
ただ、横目で見る蛍光板は何時も通りの時間ではなかった。
反対を見るとカーテンから薄陽が漏れている。
そう、いつもより早く目が覚めたのだ。
ただそれだけ。
それだけだ。
普段はこんな早く目が醒めることもないしベッドから起きるなんてもったいないことはしない。何度でも二度寝をする。だけど、この日はなんとなく起きてしまった。なんとなく、何時ものように行動する。ーーいつもより早い朝に。
もぞもぞと布団を脱出して、トイレに行き、洗面台で手を洗う。何時ものようにパパッと歯を磨き、顔をゴシゴシ洗うのだ。
そうだ、汗をかいたから、軽くシャワーを浴びよう。
なんたって今日は時間がある。
何時もより長く汗を流してリビングへ。壁の文字盤はまだ僕を急かしていない。
今日は、久しぶりに朝食を作ろうか。タオルでゴシゴシ水滴を拭いながら、目玉焼きが浮かび上がる。久しく食べていない。
ハムはないがソーセージを焼こう。スクランブルエッグもいいな。いや目玉焼きも捨てがたい。両方作ればいいか。
あぁ、味噌汁もいいな。よし、この際だから、食べたい物を全部作ってしまおう。
大丈夫、僕にはまだ時間がある。
いつもより早い朝の何時もより少しやる気な僕は、キッチンへと向かう。
ケトルに水を入れ、電源を入れる。
古びてしまった鍋に水を入れて煮沸消毒をする。左のフライパンも同じようにしてお湯を捨て、油を引く。鍋の方が沸騰したら、水を入れ替えて、再度沸騰させる。
冷蔵庫から、卵と削り鰹とウインナー、味噌、大根、ほうれん草を取り出す。
卵は割ってフライパンに、削り鰹は沸騰した鍋に、それぞれ弱火にしつつ、ケトルのお湯を包丁とまな板にかけ熱湯消毒して、大根とほうれん草を適当に切る。
目玉焼きをひっくり返し、半分になった大根の皮を包丁で綺麗にまあるく取り除く。いつもながら身が多めに皮の方へ逃げていった。
フライパンを覗き、出来上がった目玉焼きを熱湯消毒済みの皿に移す。
油を足して、醤油と砂糖を大雑把にフライパンに投入し卵もその上に割り素早くかき混ぜる。
ちょっと置いといて、ほうれん草と大根をざく切りにして、水でよく洗い、沸騰した鍋に投入。
しばらく放置して、フライパンに戻る。
いい塩梅になったスクランブルエッグを皿に盛り付け、そのフライパンにソーセージを入れる。
胡椒を振り撒いたら、しばらく放置。
冷凍庫から炊き貯めたご飯を取り出しレンジに入れ、解凍させる。
その間に煮込んだ鍋に赤味噌と白味噌をだいたい7:3で入れてまた放置する。
リビングへ行き窓際の机に散らばったプラスチックの残骸を片付ける。
ゴミの日は明日だ。ついでにまとめておこう。
ほんの少し見栄えがよくなったリビングに満足していると、鍋がコトコト響いて慌てて戻る。
ガスを消し器に味噌汁を入れる。うん。具材は少ないが、
味噌汁は味噌汁だ。
フライパンの方を見ると皮から気泡が弾けいい焦げ具合だったので、こちらも目玉焼きとスクランブルエッグの隣に添える。
ご飯の解凍が終わる音が鳴った。
そのままさらに温めて、味噌汁に入れる。
久しぶりの味噌汁ご飯だ。
この和風と洋風が混ざり合った、食卓が好きだ。ここ最近忙しくてバターロール一つ加えていた朝が何故か懐かしくなる。
文字盤は未だに僕を焦らせなかった。
テレビをつける事なく黙々と久しぶりの豪勢な朝食を頬張った。
美味しい。
親の料理や一流の料理人にはめっぽうかなわないだろう、そんな一人暮らしの適当料理だが、何故だろう凄く美味しい。
自分の好みの濃さの味噌汁ご飯。甘めが好きなスクランブルエッグ。目玉焼きにはソースにマヨネーズをふんだんにトッピング。ソーセージにはケチャップ。好きなものばかり食べられるのは自分で作った時だけだからだろうか。
あっという間に完食してしまい、冷蔵庫から氷と焙じ茶を取り出しコップに注ぐ。
ゴクゴク飲み干し、ひと息ついた。
汗ばんだ季節には冷えたお茶に限る。とても気持ちが良かった。
ふと、窓の外がいつもより明るくなった。
いつもより早い朝。
いつもより充実した朝。
いつもより豪華な朝食。
いつもより静謐な朝。
いつも見る余裕がなかった窓の外。
知らない景色の向こうから現れた太陽。
鮮烈に眩しく僕を照らす。
遠くの建物から一瞬で白い光がこちらまで走り、真っ白に晒された。
ーーいつもの朝は二度と来なかった。
了
2018/06/03(サイト加筆修正時:2020/06/13) 彩真 創
ーー天狼の涙雲は朧となるーー
に先に掲載、後にこちらに移行。