「すまん。これは一体何をするものだ?」
高瀬 迅雷(たかせ じんらい)二十九歳は、こんにゃくを片手に、茂みをかき分けている係員に尋ねた。
彼はにこやかに、あ、それでここ通る人を脅かして下さい。と告げる。
「これで、オドかす? 危険じゃないのか?」
「何がです? さぁ、さぁ、準備できました。ここの位置で待機していて下さい」
まだよくわかってない迅雷だが、係員に促され、茂みの中へ座る。
――いったい、俺は何しにここへ来たんだ?
彼の疑問は、数十分前にさかのぼる。
「おい、迅雷。あっちにかわいこちゃんたくさんいるぞ! 誘おうぜ」
「今は仕事中だ」
「え〜、石頭〜〜」
「ほら、仕事だ」
逃げようとする上木 竜二(かみき りゅうじ)二十五歳の遊び心を見事に粉砕させた迅雷は、彼の浴衣の襟をひっぱり、人が集まっている場所へ駆け寄る。
なにやら、カタギの問題ではなく、祭のいざこざのようだ。
「どうするんだ! なんで、こんな時に限って、急病人が多くなるんだ!」
「すいません〜。皆、恋の病でっさ〜」
「そんな理由あるかっ」
「どうかしたのか?」
「あ、高瀬さん。すいません、騒いでしまって」
何かの責任者は高瀬の顔を見て赤い顔を青い顔に瞬時に切り替え、態度は平謝りへ。
「いや、そんなことはいい。何か人手が足りないのか?」
「はい……。お客様が楽しみにしている夏の重大イベントに人手が足りないのです」
ならば、こちらから人手を回そうと告げようとしたとき、やる気のなかった女好きが急に元気になった。
「それ、って、まさかっ、……のことですか?」
「は、はい。そうです」
「おぉ!! ならなら……」
上木は嬉しそうに責任者と肩組んで意気揚々と何かを話している。
こいつに任せて俺は他に行こうと、思ったが、すぐさま、さぼり魔が戻ってきた。
「ジン〜。俺たちも手伝うぞ!」
「は?」
「人手が結構いるんだが、これはな、主催者にとっても重大な事件なんだ」
「すまない、意味が分からない」
――そんな重大なイベントがあったか?
プログラムを頭の中で見るが、どれも、自分に縁のないもので、内容がわからなかった。
「あぁ、これにお前がでなかったら、名に傷がつくほどのものだ」
「それほどのことだったのか?」
怪しいのだが、上木の後ろの責任者もその他の従業員も、申し訳なさそうにも、神妙に頷いている。
――引っかかるが、確かめる術がない。……しょうがないな。
「わかった」
「さすが、迅雷様だ! これで、ナンパ……いやいや、難事件にならずにすんだ。さぁ、こっちだ!」
「あまり、ひっぱるな」
うまく乗せられたとも知らずに、高瀬は上木に引っ張られながら会場に向かったのだった。
そして、今に至る。
今とは、なぜか普通に来てきた浴衣から、白装束に着替えさせられ、マッチと何か訳の分からない、小さな釣り竿を持たされ、茂みにいる。
上木はというと、しきりに俺の姿を写真に収め、スキップしてどこかに行ってしまったのだった。
「これを、どうすればいいんだ……」
『これで、脅して下さい』
道行く、堅気に、マッチと釣り竿でオドスのか……?
釣り竿の糸には、針金ではなく丸めた紙が取り付けられていた。
――ますます、わからない……。そんなことをして、本当に良いのだろうか?
『これは重大なことです! 成功させなきゃ、名に傷がつきますぜっ』
普段、面倒くさいことをさぼるあいつが、こうも熱心に、積極的に、率先的に行動するほどの行事だ。
俺も精一杯、主催者として責務を務めるた方がいいのかもな……。いや、もしや、これはただ、あいつがやりたかっただけのものではないのか?
腑に落ちないことだらけだ……。
そうこうして、悩んでいるうちに、カタギらしい人物が、来た。
どうやら、女二人のようだ。
悲鳴をあげながら、こっちへ駆け寄ってくる。
どうやら、他の皆もオドカしているようだ。
――いま、か……
ばっと茂みから出て、釣り竿の柄の部分に火を点ける。
熱くなるが、まぁ、慣れているから大丈夫だ。
「おい、そこの女ども。ここを通りたくば、命(タマ)よこせ」
祭りの時は一応、隠していた殺気をこめて、カタギをオドス。
これでいいのだと、判断してしまったが、これは一体全体、本当に何のイベントなのか、見当もつかなかった。
「「ひぃっ」」
女達は、悲鳴をあげずに、固まったまま座り込んだ。
「おい、……通るか、通らないか、はっきりしろっ」
燃えている竿を、震えている女達に突きつけ、圧力をかける。
彼女達はただ、ただ、震え上がり、涙を流して首を振るだけだった。
――何か違う気がする……。
と、言うより、これはどこまで脅せば良いんだ……?
いつも後始末はあいつらがやってくれていたから、この場をおさめるのに慣れていない……。
とりあえず、声をかけてみようとした時に女達の背後の草むらが勢いよく動いた。
構えた瞬間、今度は後方の女が、奇声を発して突進してきた。
かろうじて避ける。
この俺に、向かってくるとは、女にしては肝が強いな。
感心していた所に、草むらの正体が現れた。
「ちょ、迅雷っ。何やってんだ。まさか、威してないだろうなっ」
「? オドカスんだろ?」
「ば、……お前、肝試しを知らないのか?」
「肝試し? ……聞いたことないな」
「〜〜〜うぇぇ、これ、どうすんだよ。ハメたのは俺だけど、何も言ってこないから、てっきりしょうがない感じで、参加してくれたのかと思ったのに……。これ、俺の所為になんのかな……、あ〜〜」
バケツとストローぐらいの長さの紙を持って頭を抱えながら、上木は唸る。
「……これは、やばかったのか?」
「あぁ…………ん? ジン、渡された竿は?」
「ちゃんとここに……」
――しまった。
手のひらには少しの火傷だけ。
「ここは任せた」
「おい、迅雷!?」
上木が手にしているバケツをひったくり、急いで走っていった女の後を追う。
彼女はすぐに見つかった。
小さな悲鳴をあげ、服に引っかかった竿を必死にとろうともがいていた。
急いでバケツの水をかけるが、少ないようだ。
俺は舌打ちしながら、勢いよく燃えている糸を、引きちぎり女を抱き上げ、駆け出す。
上木が後から追いかけているようだが、これは俺の失態だ。
俺が責任を取らなければ。
すぐそこにある、池へと飛び込んだ。
「若っ」
「高瀬の旦那」
「おい、上木、何があった!」
「あわわわわ…………」
集まってきた皆に上木は、どう説明したらいいのか皆目見当もつかない。
まさか、自分達の頭が肝試しを知らず、本気でカタギをオドシ、人魂の使い方もわからず、竿を燃やして一般人に怪我をさせたなんて……
――口が裂けても言える分けないっ!
とりあえず、まだ浮かんでこない若の安否確認をすることに。
「おい、迅雷、大丈夫か?!」
まさか、それを苦に一緒に焼身自殺でもはかったんじゃないよな……。
変なことがよぎり、ますます焦る。
「問題ない」
「若っ」
「ご無事で……」
浮上した、高瀬は、駆け寄る部下に目を配らせ、差し出された自分の上着を、女にかける。
「悪かったな。こんなことになるなんて思わなかった。ケガは?」
「…………」
女はよほど怖かったのか、俺を見て惚けているので、勝手に彼女の体を確認する。
どうやら、着物のお陰か、手に少し火傷があるだけだった。
「とりあえず、医務室へ」
それは、自分達がやりますっ、との部下の申し付けを制し、俺は女を持ち上げ、救護室に運ぶことにした。
――これは俺の招いた結果だから、自分でやらなくては。
そんな考えの迅雷に対して、この場にいる上木以外の人物は、尊敬の眼差しを彼におくっていた。
「あ〜、また若の人気が上がるな〜」
女も口説いちゃったし……。小さく後ろで上木があきれ顔で、ため息をついたのだった。