親友は超人だった |2p


 ふと、愛おしそうに我が子の遊んでいる姿を見守っていた千歳が、顔を上げる。同時に、玄関のドアが派手に開く音がした。
「下僕が帰ってきたな」
「は?」
 今、変なワードを聞いた気がした浅葱。もう一度効こうとした瞬間、今度は目の前のドアが開いた。
「すまない、撫子ちゃん、遅くなって! 今すぐ夕飯のようい…………」
 入ってきたのは浅葱達よりも年上に見える男性が一人。彼は浅葱と千歳を交互に見て、目をパチパチさせた。
 髪が肩までの千歳や浅葱達とは違い、髪が腰くらいある黒の髪。
 後ろからだと、女性に間違われそうだが、正面から見ると切れ長の聡明な人に見える。
 そんな彼に、思いっきりチョップをかます、千歳。
「お、おい、年上に何やってんだよ!」
「いいんだ。下僕だからな」
「いや、それおかしいって」
 浅葱の止めにも構わず、さらに千歳は軽い蹴りを男性にかます。怒っているようにも見える千歳に、一体この男性は何ものなのか、浅葱は増々混乱する。
 しかし、とうの男性は怒りもせず脇腹をさすりながら、苦笑する。
「おかえり、千歳くん」
「それが、最初にいう言葉か?」
「すいませんでした」
「お、おい、俺にわけを説明しろ! なんか、変だぞ! 普通逆だろ! この人誰!?」
「あぁ、浅葱くん。こんばんは。慣れているから気にしないで」
「あ、どうも、こんばんは。じゃ、なくて!」
「紅矢(こうじ)。まずはお茶を持ってこい。撫子には、ジュースとおやつだ」
「わかった。あ、ちょっと、待ってくれるかい? 浅葱くん」
「え、いや、ちょ、ちょっと……」
「いや、お前も出ていくんだ」
「は? うわっ」
 千歳は右往左往している浅葱と紅矢と呼ばれた男性を廊下へと蹴り、追い出す。
「俺は、撫子と遊びたいからな」
 そう言って、家主は扉を閉めた。ご丁寧に鍵までかけて。
「おい、意味わかんないぞ! こら! 千歳!!」
 初対面同士をほかっていくとは、何事だ!
 浅葱はドアを叩いて苦情を言いたいが、撫子ちゃんを考慮してか、叫ぶだけにする。
「あぁ、なるほど」
「何、一人納得してるんですか!」
「まぁまぁ、とりあえず、リビングでお茶をしようか」
 わけが分からないまま、なされるままに浅葱は紅矢に押されその場を後にした。

 

間

 

 リビング。先ほどのおもちゃ部屋と違い、適度に整頓され、カラフルなドット柄の座布団に、スプレッドのテーブルクロスや野の花が花瓶に生けられていた。
 そのテーブルクロスの上に、紅矢は紅茶の入ったティーカップと手作りだろうか星形のクッキーを置いた。
「さて、まずは俺の自己紹介からした方がいいかな」
 コクコクと、浅葱は頷く。
「俺は藤堂 紅矢(とうどう こうじ)。紫苑(しおん)の兄だ」
「あ、俺は瀬名 浅葱といいます」
「知っているよ。千歳から聞いているから。しっかり者の浅葱君って」
「な、あ、あいつがそんなこと、い、言ったんですか?!」
「え、うん」
 浅葱は耳を疑った。
 千歳の方が何十倍もしっかりしてるのに、なんか、その本人に言われると、照れ臭いような、悔しいような。
 よくわかんなくなった浅葱は、熱くなった頬を手で冷ましながらも、話題をそらすことにした。
「こ、紅矢さんは、紫苑さんの兄って言ってましたけど、そ、その人は、千歳にとってどんな人なんですか」
「あ、あれ? 千歳君それも言わなかったのかい? 紫苑は彼の妻だ。だから撫子の母親になるかな」
「……(ますますわけわからん)……」
 そんな人の兄が、なぜ千歳に下僕と言われ、殴られ、こき使われているのか……。
「そうか〜。全部説明を俺に押しつけたみたいだな、彼」
「?」
「浅葱君は今までの千歳君の状況をまだ、本人に詳しくは聞いていないんだよね?」
「えぇ、まぁ。あいつ、自分のことを話すの苦手……というより、面倒くさい傾向があるみたいだから……」
「うんうん。それでも言いたいことははっきりいうから、最初あったときとか、全くわからなかったんだよね」
「そうなんですよ! 生意気なのに正論返してきた時、もうなんだこいつっ、な感じでしたよ」
 二人は千歳の話題……というよりほぼ愚痴に意気投合。
「それで、先ほどのやりとりは……」
「あぁ、千歳君に蹴られたこと? あれは俺に非があるからね。あまり気にしないで」
「もしかして、撫子ちゃんを置いて、出かけたからですか?」
 最初、家に着いた時何かを探す素振りを千歳が一瞬したことがあったのを浅葱は思い出す。
「はは、そうなんだ。醤油を切らしたから、すぐ戻ってくるつもりで出かけたんだけど、色々あって遅くなってしまったんだ。目を離してはいけないのに、千歳が怒るのは当たり前なんだ」
「あいつ、真面目に子育てしてるんですか?」
 結婚といい、子育てといい中々頭の中で、千歳のその姿がイメージできない浅葱。柄の悪い仲間と問題を起こしている姿は容易に想像できるのに……。
 現実に撫子と少し戯れた所しか見てないが、それでも鳥肌が立つくらい奇妙な光景だ。
 あの、千歳が、無表情じゃなかったことに。
 その疑問が浅葱の顔に表れていたのか、紅矢はそれを見て苦笑する。
「君が、想像できないのは無理もない。俺も最初全く、彼のことを理解できなかったからね。たかが十四、五の子供が、妹を下さいって言ったときは、耳も目も疑ったよ」
 その時のことを思い出し、紅矢は棚に飾ってある写真立てを眺める。つられて、浅葱もそこに視線をうつす。
 そこには赤ちゃんを挟んだ幸せそうな二人の姿があった――。

 

 

第一章 2pに続く
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