〜第四章〜


 クラストレイは中心部に行くほど複雑になり、裏道も増え、かなり入り組んでいた。
 杠は、先程最後の狐古狸(ココリノ)がいた塔内部にいた。
 いくつものシステムチェックをくぐり抜け、地下へと続く螺旋階段を降りる。長い廊下に均等に並んだ内の無機質な扉を一つ開ける。
 真っ暗な部屋の奥へと進み、立ち止まると、上に取り付けられたスピーカーから声が聞こえた。
「帰ったか。どうだ、狐古狸は見つかったか?」
 首を横に振る。
「そうか……。奴らも馬鹿ではないからな、迂闊には近寄ってこないか……他の奴らも見つからなかったか?」
 首を縦に振った。そうか、とため息が聞こえる。
 火絆と出会ったとき、杠は研究の材料となる狐古狸を捜すよう命ぜられていた。しかし、成り行きに流されたため、逃がしてしまい他の研究になりそうな獣を捜していたが、見つからなかったのだった。
「まぁ、いいだろう。材料などいくらでもあるのだから。それよりも、お前の持ってきたデータは興味深いな」
「……」
「あの時すぐ近くで反応があった時は驚いたが、お前の目の前にいたとは、引かれ合ったのかな?」
 薄笑い音声が室内に響く。杠は黙ったまま正面に映った映像を見た。紛れもなく先程まで一緒にいた火絆だった。杠のサングラスにはカメラが取り付けてあり、音声はないが映像は全てここに送られていたのだった。
「まさかこれほどの力を持った人物がいるとはな。非常に興味深い。あぁ。すぐに他の奴らに、向かえに行かせたよ。ふふ、楽しみだな……。お前も準備しておけ。ARー7」
 無言でうなずき、部屋を出る。
 向かったのは、自室ではなく、さらに地下。不思議と杠はそこへ行きたくなった。

『君、杠って言うんだ。河の主さんと同じ名前だねっ』

 ――杠……。それが、俺の名前……。
 今は閉鎖されたこの地下室の奥へと歩を進める。

 ――あの子はどうして、わかったのか。

 覚えていない過去。唯一、覚えているのはあの月明かりの不思議な出来事だった。
 立ち止まり、昔と同じように見上げる。その先の鉄格子から見えるのは、今は濁った空だった。

 ――もう一度会えば、わかるのだろうか?

 耳に残っているあの声。懐かしいと思った。と、同時に彼はなぜか落胆しているのを感じた。

『アッテハ、イケナイ……』
『捕まえロ、あの少年ヲ捕まえロ……』

 別の声が重なり合う。
『捕まえロ……ツカマエロ…………』

 準備をしなくては。引き返し、そう思う杠。
 染み付いた負は、少しの疑念では抗うことが不可能なことを杠は無自覚だった――。

 

 

「ドクトル・ヴァイス。まだ、見ていらっしゃるのですか?」
「あぁ」
 先程、ARー7が持ってきたデータに釘付けとなっているドクトルに若い女が声をかける。
「この……少、年は一体?」
「この塔まで近づけた子供さ」
「彼が……」
 この塔周辺は、普通の人間が近づけないような細工をしている。近づこうとするとまともに動くことすら敵わなくなり、捕獲に便利なのだ。
「洸歌者(アリスタ)でしょうか?」
「十中八九そうだろう。ようやく、見つけた」
 念願の研究ができる。ドクトルは心のうちで歓喜していた。
 数が減少したのか、息をひそめたのか、もう随分と奴らは現れなかった。
 このチャンスは逃せない。
「では、準備します」
 助手であるリンセはドクトルとは長い付き合いである。何をするのか見当はついた。
「頼む。あぁ、リンセ」
「なんでしょうか?」
 部屋から出て行こうとした彼女を呼び止める。
「先程、この少年を見たとき、首をひねっていたな。なぜだ?」
「あぁ、わたしの気のせいでした。ですから、お気になさらず」
「……そうか」
「では」

 

 

 思わず笑みをこぼしそうになる。
 あの老いぼれ(ドクトル)はあの少女にしか、意識はいっていない。
 好都合だ。
 あの一瞬映った影。
 全て私のもの。

 さて、何から手配しようか。

 

 
第五章へ続く……
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