〜第三章〜 二節


「う〜ん、いないなー」
 二人と三匹で残りの狐古狸を探し始めて数十分が過ぎていた。火絆の探知能力で一匹は路地裏でスヤスヤお昼寝をしていたのを発見したのだが、最後の一匹がなかなか見つからない。
「おかしいなぁ。いつもなら、もうちょっと聞き取れるのに」
 不安な声は聞こえてくるのだが、ひどく小さい。まるで何かに遮られているかのように。
 こちらからの呼びかけも、うまくいかなかった。
 町は広い。路地裏といえと、町の三分の一を占めていた。
 呼ばれているのはわかるのに、方向が定まらない。
 さっきから、なにか壁を感じている火絆はもどかしい気持ちと疑念に首を傾げる。
『……』
「あっちのほう? そうだね。行ってみよう」
 少年の無言の提案に火絆は、狐古狸と一緒に裏路地の中心部へと進む。
「そういえば、まだ、自己紹介してなかった。僕、火絆。君は?」
『…………』
「杠(スク)って言うんだ。河の主さんと同じ名前だねっ」
 大きな鱗がふさふさの縦髪とマッチして気持ちいいんだよー。
 知っている名前に出会ったのに共感を覚えたのか、火絆はクルクルと、狐古狸とはしゃぐ。

 ちなみに河の主スクは以前火絆がいた、森の近くに棲む『守人(レイリス)』だ。大蛇に近しい姿をしており、雨を降らせるとき虹色に皮膚が輝く。
 守人とは、大いなる森を守護する自然の一部。目に見える者は限られており、知らない人も多い。守人は気位が高く、人間に対して気性が激しい者もいる。洸歌者(アリスタ)であっても、馴染んでくれないものもいた。
 杠は僅かに、身じろぎする。
 何かを確かめようとするが、前を歩いていた火絆が急に立ち止まったので、瞬時に静止した。

「あ……」
 ――微かに、感じる。消えないで……。
 火絆は耳に手を当てて、集中する。狐古狸が急いで火絆から離れるのも、杠が火絆をとらえているのも、気づかない。
 火絆の瞼の闇から一筋の明かりが見える。砂粒の光彩が暗闇を薄暗く反射する。
 ――もっと、もっと。強く、願うんだ。
 瞼をきつく、瞑りきったとき、強い光が道を照らした。
「こっち!」
 駆け出す。

 狐古狸たちも、急いで火絆を追いかけるが、一人、杠だけは火絆の背中を見つめ、立ち尽くしていた。

 

 

 くねくね曲がる道を、どんどん走る。誰かが何かを訪ねた気がするが、今の火絆には聞こえない。
「いた!」
 立ち止まった先の塔。最初の狐古狸を見つけた場所に似ているが、遙かに高い。
 どうやら、ここは街の中心部のようだった。
 そのてっぺんの先に、狐古狸はいた。
 小さくて様子は分からないが、どうやら恐怖心で大分衰弱しているようだ。ぴくりとも動く様子がない。
「おーい、もう少し待ってて! 今行くから!!」
 隣の建物と、距離を目測し、勢いをつけるため、離れる。
 火絆が助走を始めようとしたところ、ようやく追いついた狐古狸たちが、突然、突進してきた。
 そのまま、火絆たちは体勢を崩し、地面にスライディングする。
「いった〜。狐古狸、どうしたの?」
 鼻をすりむきながらも、狐古狸に問うと、彼らは首を横に振るばかり。
「危ないって……、大丈夫だよ。登るだけなんだから」
 それでも、行かせまいと彼らは、火絆にしがみつく。
 ――?? どうして、ココ達はこんなに怯えているんだろう?
 
 風が吹いた。
 火絆が見上げると、そこには黒い影が軽快に壁づたいを経て、登っていく。
「杠!」
 火絆以上に、俊敏に塔の上へと到達した彼は、そのまま素早く、地面へと身を投げる。
 音もない、きれいな着地は、まるで黒き鳥のようだった。
 ぽかんと、している火絆たちの前に、彼は一回り小さい、狐古狸を差し出す。
 大分衰弱している。
「大変! えっと、ちょっと、離れてて……」
 火絆は、仲間たちが心配そうに見守っている中、梳から受け取った、狐古狸をそっと受け取り、ビブラートな音色で、囁いた。  

――空へと流れる 憂いの涙 冷寂(れいじゃく)極まる悲嘆の雫 吾が手の中に 治めたまおう――

 濃淡の光が火絆の周囲を包む。
 それが、穏やかに消えたとき、最後の狐古狸はパタパタと尾を振って、仲間の元へと飛び跳ねる。
 彼らは、鼻をすりあい、喜びを表す。
「これで全員だね。もう、はぐれちゃだめだよ」
 その様子を見て、火絆は自然と笑みがこぼれたのだった。

 

 

 それから、火絆達は、仲良しな五匹の狐古狸を森の方向へと見送くることに。
「またねー! もうはぐれちゃだめだよ〜」
 感謝と歓喜を表現するかのように尻尾を盛大に振りながら、狐古狸たちは、じゃれあいながら去っていく。
「さて、僕らも行くかっ……ん、て、あれ? ラグ?」
 今更ながらに、気づく、火絆。狐古狸探しに夢中になっていたので、ラグといつはぐれたのか、記憶になかった
 辺りを急いで見回すが、最初からいない人物を捜しても意味がない。
 火絆は、目をぱちくりさせながら、いつはぐれてしまったのかと、首をひねった。
『……』
「え、君が僕と出会ったときは、僕以外いなかった? そうすると、あっ、そっか」
 火絆は以前、ラグに注意されたことを思い出す。

 ――火絆、洸歌者(アリスタ)にしか聞こえない声の時は、気をつけろ。お前は知らずに周囲と隔たりを創る。それは私も関知できない領域だ。その聞こえない声が、友好的でない場合、危険だからな。安易にはぐれたりしないように……。

「あー、またやっちゃたのか〜。でも、今回は全然大丈夫だったから、問題ないな!」
 毎回、それで片づけている火絆。それでいいのかと誰も突っ込むものは、いない。
 ラグを捜しに行く前に、火絆は隣にいる杠にお礼を言う。
「ありがとう! 杠が手伝ってくれたおかげで、みんなを見つけられたよ! 本当にありがとう!!」
 見えない目元に、微笑む火絆。
「? どうした?」
「……キミハ……」
「ん?」
『……』

 ――あれ? 杠の声ってこんなに低かった?

「火絆」
 一つの疑念を思い出そうとしたとき、背後からトーンの低い聴きなれた声が聞こえた。
 振り返ると、ラグがいた。
「ラグ!」
「火絆。今まで何をしていた」
「あ……」
 表面上、あまり怒ってなさそうなラグだが、いつのも無表情に皺が寄っていた。
 さすがに気まずくなった火絆は、今までのいきさつを急いで話す。
「えっと、塔から降りれなくなって、落ちちゃって、助けてくれて、捜して、見つかって、別れて……」
「火絆、主語がない。落ち着いて話せ」

「あ、ごめん。え? あの時って、どの時?」
「何の話だ?」
「え、杠が……って、いない!」
 先程まで隣にいた梳、今はその痕跡すらなかった。
 何時いなくなったのか全く気がつかなかった火絆は、狐に包まれた顔をしながら辺りを見渡す。

 ――何時いなくなったんだろ?

 ラグと話しているとき、杠の存在を隣に感じていた。
 しかし、ラグの言葉に火絆は困惑することになる。
「私が見つけたとき、お前しかいなかったが、他に誰かいたのか?」
「え!? うんっ。いたよ。確かに杠が……」
「そいつは途中から今の今まで、一緒にいたのか?」
「? うん」
 質問の意図が分からないのか、火絆は首を傾げる。
 しかし、ラグにはその質問で十分だった。
 火絆を見つけたとき、遠目でしか確認できなかったが、こちらに気づいて、すぐに去った人物が火絆の語っている者だろう。火絆が大いなる自然に呼ばれている時にまで、介入できた少年は、私の気配にまで気がつくほどだった。

 ――急いだ方がいいな……

「火絆。詳しいことはガルミアの家に向かいながらにする。行くぞ」
「う、うん」

 ――また、会えるかな……

 心残りがある火絆を促し、二人は目的地へと歩を進めたのだった。

 

 
第四章へ続く……
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