――クラストレイ
産業でにぎわうこの街は、なんといっても、町並みが一目で分かる程、他の街と違っていた。
煉瓦で建てられた家々の間に、転々と灰色の建物が町全体の雰囲気を重々しいものにしていた。その建物は、屋上の一点の角が突出しており、そこから三点に向かい急な傾斜の屋根となっていた。
この不釣り合いな組み合わせに火絆は首を傾げる。
「ねぇ、ラグ。あれなぁに?」
「この町特有の産物だ。主に工場で使う電力を自家発電するものらしい」
「でんりょく……。あのテッペンから何か集めるのか?」
一番突出している、頂点の細長い避雷針のようなものを眺め、ふと、火絆は何か違和感を感じる。
そして、聞きなれた声が聞こえた。
「……あれは、飾りだ。町のゴミをあの建物に集めて、電力に変換している」
――表向きには。
クラストレイは黒い噂が絶えない町でも有名であった。
しかし、他の町より発展していることにより、人口も多い。それ故、建物と建物の間隔が狭く、道路や歩道は常に混雑していた。
住宅街の周りを囲うようにして工場が建ち並んでいるため、煙が町を包み、視界も悪い。
――あまり、長居しない方がいいな。
周辺を伺いながら、ラグは後ろにいる火絆に、離れないよう促す。
「火絆、すぐに町を抜けてガルミアの所へ行く。寄り道はしない……火絆?」
さっきから、返事がない。振り向くと、そこにいたはずの火絆がいない。
ラグは、すぐに気配を探るが、キャッチできない。
――何かに、呼ばれたか?
大いなる自然の力を借り、世界の調和を謳うアリスタ。唯一自然の声を聴けると言っていい。だから自然も彼らに頼るときがある。
その時に生じる交信(テレパス)は同じ仲間以外、誰も干渉できない。
火絆はその声に誰よりも強く耳を傾けすぎるため、いつでもどこでも、その声の所へ行こうとする。
そのため周りが見えなくなるのが多々あり、注意しないと、とんでもないことをしでかすのだ。
ラグは、一瞬の考えごとに気を取られた自分に舌打ちをしながら、火絆の足取りを捜すのだった。
ラグが捜索しているとは知らず、火絆は、声のする方へと足を向ける。
その声は、幼い鳴き声のようにも聞こえた。
「どこに、いるの? 君は」
……ココ、ココ。
――この辺にいるはずなんだけどな。
人混みをかき分け、火絆は声の主を捜すが排気ガスが町を覆い視界が見にくい。
ふと、目に付いた裏地へと入る。
――ここはあんま人いないんだ。変なの。
細道だが、煉瓦で舗装された裏道。高い壁の間にあるためか、大通りよりさらに薄暗かった。
火絆は簡素な道に違和感を覚えるが、声の主の方が気になるのですぐに、その疑問は、頭の隅へと行ってしまった。
「おーい、僕の声が聞こえたら返事して」
……ココ。ハヤク、ココ。
はっきり、聞こえる。火絆はその位置へと急ぐ、そしてあの大きな建物、傾斜の屋根の天辺に声の主はいた。
ふさふさの大きな白い尻尾が特徴的な、小さな狐。
「狐古裡(ココリノ)。君、降りれなくなったの?」
震えた様子でうなずくのが見える狐古裡。
しかし、彼らは普段、木の上で生活している。高い場所は何ら問題ないはずだが……火絆はそれを不思議に思わずに、ちょっと待っててと告げ、助走をつけ軽業師のように両側の壁を軽々と蹴り登っていく。
「よっと、大丈夫?」
火絆は震えている狐古裡を抱き上げる。よほど心細かったのか狐古裡はぎゅうっと火絆にしがみつく。
「もう大丈夫だよ。それにしてもどうしてここに?」
キューと弱々しく鳴く狐古裡。それにふむふむと耳を傾ける。
「そっか、仲間とはぐれちゃったのか。それで一番高い所から捜そうとしたんだね」
この狐古裡はまだ子供のようだ。大人の彼らは群では行動しない。
町へ移動のため入ったら、いつの間にか仲間とはぐれてしまったのだ。寂しそうに狐古裡は鳴く。
「じゃあ降りたら、一緒にみんなを捜そう」
優しくふかふかの頭をなでながら、狐古裡にほほえむ。
パタパタと嬉しそうにしっぽをふる狐古裡だが、すぐにしょぼんとした。澄んだ碧い瞳が涙で潤む。
その様子に火絆は訳を尋ねる。
「降りれない? 降りようとするとおかしくなる?」
その意味が火絆には全くわからない。U字急斜面だからバランスがとりにくいのか。
ふと、地上を覗く。少しだけ斜めに見える地面。
――なんともないよな。……あれ?
急に体が浮いた気がした。すぐに視界の動きで気づく。自分が落下しているのだと。
「な、なんで。あ、危ないっ」
体勢を立て直せず、地面にぶつかる瞬間、曲がり角から出てきた人とぶつかりそうになる。
――避けれない……!
ドサッ
とっさのことで歌も謳えなかった火絆。しかし、思ったほど衝撃がなかった。
それもそのはず、一人の少年が火絆と抱えている狐古裡を受け止めていたのだった。
ポカンと少年を仰ぐ火絆。サングラスを掛けているので顔は見えないが、黒に見える漆碧石(インディコライト)の髪を見つめ、綺麗だな……と感想を漏らす。
「……」
「あ、ありがとう……」
丁重に降ろされた火絆。少年を見上げ、どこかで見たことがあるような感覚なのだが、目元が見えないので記憶と結びつかない。
キュー
「あ、あれ、君、狐古狸っ」
見つめていた少年の襟元から二匹の狐古狸がひょこひょこっと顔を出した。
火絆の腕にいる狐古狸は仲間を見て、バタバタと尻尾を振る。よほど寂しかったのだろう火絆の手から放れて、少年の反対の肩へと飛び乗り、お互いの鼻をすり寄せ喜びをあっていた。
「会えてよかったね!」
少年の肩が大所帯なのだが、火絆の目には狐古狸の喜びしか映っていないようだ。
しかし、狐古狸たちは、火絆にまたパタパタ何かを訴える。
「え? まだ他にもはぐれた子がいるの?」
話によると、どうやら後二匹、はぐれた者がいるらしい。
キュー キュー と三匹は訴えるように話す。
「よし。じゃあ捜しに行こう! 君も探すの手伝ってくれてるんだよね。一緒に行こう!」
少年の返事を聞く前に、火絆は彼の手を元気よく引いて、残りの狐古狸の声を捜すため駆け出す。
それ故、なぜ自分が突然落ちてしまったのかという疑念はすっかり忘れてしまっていた。