〜第二章〜

 

「き……火絆……」
 誰かが火絆を呼ぶ。
「ん……」
「火絆」
(……だぁれ……)
 火絆は覚醒しきれていない脳で必死に模索しながら、目を開ける。
「火絆、起きろ」
 そこには、いつもと変わらない無表情な黒の瞳、さらさらなロングストレートの黒髪をしたラグが火絆を覗き込んでいた。
「あ、ラグ……おは……!」
 ようと言おうとした火絆は、先ほどのことを思い出し、ラグの膝から起き上がる。
「ここ、戻ってる……」
 火絆の視界の先には窓が見えるが、風景は均一に移り変わっていた。

 そう、ここは列車の中。ありきたりな赤いソファーが間隔を開けて並んでいる。向かいの席には誰も座っていない。
 列車の中にまちまちと家族連れや老夫婦など乗っており、彼らの穏やかな談笑が心地よいハーモニーが室内を包んでいた。
「もうすぐ、目的地へ着く。降りる用意を」
「う、うん」
 火絆は、ボサボサの髪を直しながら、先ほどの出来事が夢なのか、夢ではなかったのか、よくわからないもやもやした気分だった。それを見透かしたかのようにラグが聞く。
「火絆、泣いていたが何か見たのか?」
 何も映さないラグの瞳に火絆の赤い珊瑚色の瞳を捕らえる。
 けれども火絆は安心する。
 どんな時でもラグが自分を気にかけてくれることが……。
「うん、怖い夢を見たの」
 向かいのソファーに座り直し、火絆は先ほど見た夢を語る。地下の様子、少年のことを。ラグはそれを最後まで黙って聞く。
「なんかね、僕が別の場所に行ったような感覚だったの。でも、その子は僕のこと見えているような、見えていないような感じだった」
 状況を思い出しながら火絆は語るが、曖昧なことしか話せないのがもどかしいそうに眉を下げる。
「あの子、どうなったのかなぁ」
 傷だらけだった少年のことを思い出し、火絆は不安になる。あの別の部屋にあった存在になってしまうのではないかと、不安になる。
「火絆、それは夢の話だ。現実のことではない」
 だからあまり気にかけるな、そういい、優しく火絆の頭を撫でるラグ。
 それを嬉しそうに甘える火絆。胸に引っかかりを覚えながらも、そのことはひとまず置いておくことにした。夢ではどうにもならない。
「さぁ、降りる用意を。もうすぐ、クラストレイに着く」
「うん。そこには、何があるの? また『呪』が?」
 旅の行き先は常にラグが決めている。火絆はほとんどの行き先は着くまで知らされない。
 それはラグが不確かな情報で火絆を混乱させたくない配慮だったが、今回は別らしい。
「ガルミアの所へ行く」
「本当! ミアに会えるの!?」
 パァと顔を輝かせる火絆。だがすぐに首を傾げる。
「あれ? でも前は羽無(ハイン)のいるロイズタウンの近くだったよね?」
 ロイズタウンはクラストレイより遥か南にある小さな村だった。国のはずれといってもいい場所だ。そこの空気が絶品だと火絆に語っていたのはほんの三ヶ月前の出来事。
「越したそうだ」
「……早いね」
 何ヶ月おき、果ては一月も掛からずに移り住むガルミアに、そう言えば、と火絆は思い出す。
『私は一つ所にとどまれるような性格じゃないのよ!』
 酒に酔いながらラグに愚痴愚痴と文句を言っていたのを。
「じゃあ、情報収集に行くんだね」
 ガルミアは自称占い師で雰囲気もそれっぽい格好をしているが、火絆は彼女が占っている所を見たことがない。
 彼女曰く、占わないのが占い師だ、とのこと。
 火絆はよくわからないが、その時はそれで頷いた。未だにわかっていないのだが……。
 しかし、彼女は土地を転々としているせいか、その情報網は幅広い。
 ラグでも知り得ない情報を持っているので、すごい人物だと火絆は思っている。だから、ラグも情報を確認するために会いにいくのだと火絆は一人で納得した。
 一人頷く火絆の様子をみながらラグは、先ほど火絆がみた夢が何を意図するものなのか、思案したのだった。
 

 

 
第三章 一節へ続く……
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