〜第一章〜

 

 気がついたときには何もない暗闇が広がっていた。
 火絆(コキ)は周りを見渡すが、人の気配が感じられない。
(ここ、どこだろう?)
 確か自分はラグと一緒に汽車に乗っていたはずだ。なぜいきなりこんな場所にいるのか……
 考えても答えは出ないため、火絆はとりあえず、探索をしてみることにした。
 鉄の錆び付いた匂い、狭い通路。どうやら火絆は地下にいるようだ。
 視界がだんだん闇に慣れてくると、壁の両側は、一定の間隔で鉄格子が並んでいた。
 火絆は近くの鉄格子をのぞく。
「ここ……何?」
 息をのむ火絆。鉄格子の向こうには無数の何かが転がっていた。急いで壊そうと試みるが、その鉄格子はびくともしない。

 ――怖い。

 火絆は震えながら、他の鉄格子も壊そうとするが、どれも同じで火絆の力では、その檻に傷一つつけることなど叶わなかった。
 不安になり、たまらず、火絆は叫ぶ。
「誰かっ、……ラグ!」
 すると、三つ先の檻から、ほの暗い灯りが灯り始めた。
「……? ラグ?」
 火絆はそっと、その檻をのぞく。
 そこには小さな窓があり、そこから漏れる月明かりに一人の少年が火絆を背に座っていた。
 少年の顔はわからない。ただ、彼が生きていることははく白い吐息でわかった。なぜかほっとする火絆。
「そこでなにしているの?」
 火絆は質問するが少年は聞こえていないようだ。
 なんとなく、火絆は鉄格子を押してみる、するとゆっくり火絆の手が格子をすり抜ける。さっきは壊そうとしてもびくともしなかったものが、突然すり抜けることができる。驚く火絆だが考えてもわからないので、思い切って少年の部屋へと入る。
 小さな鉄格子がはまっている。窓をじっと見つめている少年の方へと、火絆は近づいてみるが少年は全く気付かない。
 火絆は少年の顔をのぞく。
 彼は火絆より若かった。
 黒いと思った髪は濃い漆碧石(インディコライト)で、瞳は月明かりに照らされた白鉛石(セルサイト)。着ている衣服はボロボロで、彼自身も傷だらけだった。
 なのに、彼は痛がる素振りも見せず、ひたすら窓を食い入るように見ている。
 ――彼はいったい何を見ているのか?
 気になった火絆は自然と彼の視線の先を追う。
 たった一つの窓の先にこの閉ざされた空間(せかい)と全くかけ離れた澄み切った夜空とただ、ただ眩しい月が輝いていた。
 とめどなく窓から灯りというなの「暖かさ」を感じ火絆はラグと見る夜空を思い出す。
(あぁ、この子はラグと似たような表情をしているな……)
 何も映さない虚ろな瞳に何かを抱いている。そんな彼に火絆は、彼の傷口にそっとふれ、謳う。

――微かに灯る 憂いの涙 止めども無しに 溢れる雫 吾が手の中に 治めたまおう――

 二人は光に包まれる、収まった時には彼の傷も破れた衣服も元通りになっていた。
 すると、突然少年は驚いて火絆の方を見た。彼の瞳は困惑と警戒心に満ちていた。
「あ、ご、ごめん。怪我していたから……驚いたよね?」
 火絆は慌てて弁解するが、少年は何も言わない。
 ただ、火絆の瞳をジッと見ていた。
「……?」
(もしかして、僕の姿、見えていないのかな? あれ、でも何で??)
 ますますここがどこなのかわからなくなり、戸惑う火絆に、少年が動く。
 どうやら本当に少年は火絆のことが見えていないようだ。手で空気を掴むように自分には見えていない何かを捜して始めた。

(うわぁ、近い……)
 少年は立ち上がり、火絆の目前までやってくる。じっと彼は火絆の目をそらさない。
「あ、あれ? 君、僕のこと見えてる……?」
 問いても、答えは返ってこない。火絆よりやや小さい彼。
見えているのか、見えていないのか。
 ただ、真っすぐ見つめる彼の眼差しは、火絆を捕らえているのは確かだ。
(きれいな眼だな)
 火絆はそう思い、彼の瞳を見返す。

 二人はその状態で数分すぎた。
 突然、彼は腕をのばし、火絆の頬に触れようとした。
 しかし、火絆はぎょっとする、彼の手は自分をすり抜けたことに。そして、急に耳鳴りが聞こえ始め、空間が歪む。
「な、何が起こったの?」
 耳を押さえ、必死に目を開けるも、だんだんと暗闇があたりを包み込む。

 

「あ、あの子が……」
 闇の中へと、少年は沈んでいく。必死で火絆は手を伸ばすが届かない。
「ま、待って、行かないで!」
 叫ぶもむなしく、彼は闇の奥へと沈んでいった。
「〜〜〜〜っ」
 また、すべてが黒で塗り潰される寸前。
「…………き」
 愕然とする火絆の耳に、誰かの声が聞こえた。

 

 
第二章へ続く……
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