戦の魔女 ーシュラハト・ヘクセー
02.疾翼の騎士(エル・ヴェーチェル)の安息日(シェバト)

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 長女のレフィーナは美しく長い黒髪をなびかせ、白亜のマントを揺らし、ひとたび魔式を唱えれば、山五つが消し飛び、槍と斧があわさったハルベルトを愛用しており、それに突かれ切り裂かれ、吹き飛ばす力は女性とは思えないほどだ。
「さらにレフィーナは誘惑の魔女という別名も持つんだ。数多の男を虜にしたみたいだぞ。それにどこかの南の国の王に仕えていた時は、預言の力もあるという噂されていた。まぁ、真意は定かではないけどな」
「へぇ〜」
「そう、俺も冗談だと思っていましたが、実際目のあたりにして、予言の力はわかりませんでしたが、その実力は本物だと悟りましたよ」
「よく生きていたな」
「探査の時に、たまたま望遠レンズに映ったもので……」
 敵を斬る瞬間も、その戦場を駆ける時でさえも、美しいっと言わずにいられない美麗な姿だったと、うっとりしながらシーザーは話す。
 普段の冷静、温厚のシーザーからは考えられない言動にさすがのハイレンも目を見張る。
「ザクがそれほどまでにレフィーナとやらを讃えるなんて、よっぽどなんだな。そう聴くとその長女の方が気になってくる」
「いや、次女も負けず劣らずの噂があるんだよ……」
 そうジルは声をもうワントーンひそめてはオドロオドロしく語り始めた。

「次女はな……『死の鳥(モルテ・フォーゲル)』と言われているのは知っているだろ。イーラ・ルベルは出会ったもの全てに死を呼ぶんだ。黒いマントで闇の中ひっそり近づき、赤黒い髪をなびかせ、命を刈り取っていくんだとさ。イーラの魔式は全てを壊し、全てを癒すことができるらしい。そして、何より彼女は戦の申し子と言われるほど、血を見るのが好きなんだと。ある意味、ハインと似てるとこはあるよな」
「ひでぇな、一緒にするなよ」
「そうですか? 俺は当たっていると思いますよ」
「ザクまでそんなこと言うのかよ。女と似ているなんて言われて嬉しい男なんていないって」
「いえいえ、あなたの後始末と同じですよ」
「そうそう。なんせ、疾翼の騎士(エル・ヴェーチェル)はその名の通り、駆け抜けていくだけだからな」
「そこまで言うのかっ」
『疾翼の騎士(エル・ヴェーチェル)』はハイレンにつけられた通り名だった。彼は戦場になると好戦的になりすぎて、戦うというより暴れるに近かった。
 大概ならず者の傭兵は、金は欲しいが命がけになると逃げ出す。前金だけもらって、逃げることも多かった。
 そこそこの収入でそこそこの生活をするのが彼らの考えなのだ。
 しかし、一部の者は戦場こそ生き甲斐としている。
 そういう奴らは国に仕えるのが一般的だが、誓約が煩わしいと感じる傭兵もいる。
 それが、ハイレンだった。
 強い奴に出会うと敵味方、勝つか負けるかなんておかまいなしに、ぶつかっていく。その暴れっぷりの被害の後始末はいつも古い付き合いであるシーザーの役目なのだ。
「あれは本当に、大変だったぜ」
 ジルは一度その場面に遭遇して、後始末を任されたことがあるが対処しきれず、シーザーに助けを求めるほどだった。
「そ、そんなにか……」
 暴れるときは興奮しているので、ハイレン本人は実感がわかないのだが、後に雇われた者にやりすぎと叱られることは多々あった。
 それでも、ハイレンを雇いたい者はたくさん現れる。
 その『強さ』を欲しがる国や人はどこでもいるのだ。
 他の国を支配したい、国を奪いたい、そう考える小国家が入り交じるこの地方でそう珍しいことではない。
 その境遇を考えると戦三女神達も同じ立場であろう。
 人の数だけ欲がある。それは戦争の数にも比例する。
 結局得するのは、その場限りの人生を楽しんでいる奴らかもしれない。
 ハイレンのような傭兵のように。
「あなたは女神達と違って、顔も知られています。重々気をつけて下さいね」
「なんだよ。急に改まって」
「いえ、なんとなく、ですよ」
「ははっ、ザクはお前を心配してんだよ。強いからっていつまでも強いわけじゃないってことさ」
「あー、まぁ、そうだよな。肝に銘じておくさ」
「わかっているのか、わかっていないのか……」
 シーザーは深くため息をつく。
 傭兵の長所は後腐れ無い雇用関係だ。昨日まで敵だった所に、次の日味方になっても、何にも、誰にも咎められない。
 しかし、それは普通の傭兵だったらの話である。
 ハイレンのように普通以上に強い傭兵は、危険分子として敵視される短所にもなるのだ。さらに彼は戦女神の一人イーラに求婚を申し込まれたのだ。
 彼女を手に入れられれば、一生分の名誉と栄光が手に入るとされているのだ。
 ハイレンを倒し、名声を得ようとする輩も増えると、シーザーは考えていた。
 ジルはまだしも古い付き合いであるハイレンの身を案じるシーザーの友情想いは、酔っている二人には届かなかったようだった。
「あまり深く考えるなよ。人間死ぬときは、ぽっくり逝くんだからさ」
「そうそうっ。俺たちゃあ、戦で命を散らすのを夢見るならずもの共の集まりだぜ、そんなこと今更だって」
「……そうですね。確かにそうですが、心配するのは人として、持っていたい感情でもあるのですよ」
 親友としてならなおさら。
「ははっ。ザクのそういうとこ、俺は好きだな」
「付き合いの浅い俺には冷たいけどな、ははっ」
「ジルはふざけながらもきちんとしていますから」
「褒め言葉か? 褒め言葉か! 嬉しいぜっ」
 ビールもう三本追加!
 景気よくビールを頼むジル。
 そんな光景に飲み過ぎは明日に響きますよと、嗜めるシーザー達を眺めながら、ハイレンは、思考を雲に浮かべる。

(顔って言えば、結局長女が美人ってこと以外、わかんなかったな)
 そう考えて、ふと、毎回の襲撃時のイーラを思い出す。
(あいつ女だけど、相当強いんだよな〜。殺意が本物だから手加減が難しくて、反応するのを抑えるの結構大変だったな。どうしたものか)
 女性に手を挙げるのは御法度だが、凄まじい攻撃にはそれなりの対処をしなければいけない。
 向こうも多少の手加減は見受けられるが、それでもまともに攻撃を喰らえば被害は凄まじいのだ。
 ハイレンにとってそれは血の湧くことだった。
 しかし、女性対象外のイーラも一応は女性だ。
 それが理性を保つ唯一の糸である。
 一応怪我しない程度に手加減しつつ、周囲に被害が及ばないように配慮しなければならなかったのだ。
 問題なのは、それがいつまで持つのか、だ。
 まぁ、その時は、その時で考えればいいか。
 細かいことに気を配るのは苦手なので、ハイレンは先に延ばすことにした。
(それにしても襲ってくるときは、ずっとフード被りっぱなしだったな。好きだって叫ぶ前もフード被ってたし。肌白いんだから、堂々としていればいいのになぁ)
 ある程度、きちんとすれば可愛く見えるのに、もったいねよな〜。
 懐に手を突っ込め、明日襲撃してくるであろう、暴れ女神にどうやってこれを渡そうか考えながら、ハイレンは酒に酔っていったのだった――。

 

 

 
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