戦の魔女 ーシュラハト・ヘクセー
03.戦三女神(トレ・ウ・ディーア)の乙女な密談

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 ――時は遡ること、追走劇が始まって八日目の月が真上に昇る頃

 血溜まりになっている円の中心に呆然と座っている女性がいた。
 その背後に声をかける白亜のマント。
「イーラ」
「レイナお姉様……?」
「こんな所にいたの? 集合場所に来ないから心配したのよ」
 緑のマントが、振り向いた黒のマントを嬉しそうに包み込む。
「ルーお姉様! ようやく見つけたっ。ん、あれ? お姉様、泣いているの?」
「ふぇ、カルネ〜、レイナおねーさま〜〜」
「?」
「??」
「は、はじめて……初めてだったのに…………うわぁぁぁぁぁぁぁぁんっ」
 二人を視界で確認した瞬間、号泣し始めたイーラ。
 いつもと違う妹の様子に、レフィーナは瞬時に理解する。
「落ち着きなさい、イーラ。初めての恋に動揺と後悔しているのはわかったけど、どういった経緯かは、私にはわからないの。詳しく話してくれる?」
「え!? ルーお姉さまが恋の病! カルネ秘伝の媚薬を使うときっ」
「カルネ、ちょっと、口を噤んでいてね」
「うー、にゃーい」
 舌をだし、またやっちゃった、と笑う三女に微笑みかけながらも、レフィーナは泣いている妹の頭を落ち着くまで優しく撫でた。
「……は、初めて、こんな気持ちになったの」
 胸がたかぶって、震えて……。
「あの人のこと考えるだけで、体全体が熱くなるの」
 最初は変な病気かと思ったけど、ふと、レイナお姉様が昔おっしゃっていたことを思い出して……。
「それが恋だとわかったのね」
「はい……」
「えー! えー! いつから!? いつから、そいつの事好きになったの!?」
「二ヶ月前、あなたが花を髪につけて帰ってきた日にその人に出会って、そして彼を好きだと自覚したのが、私達と別行動になった次の日辺りかしら」
 妹の些細な行動を一ミリたりとも見逃さないレフィーナはすぐに見当がついた。
 ズバリ当てられたイーラは返事の代わりに頬を真っ赤にした。
「すごいっ。ルーお姉様がかつてないほどトマト顔に!」
 物珍しげにイーラの頬を摘んで遊び始めようとしたカルネをレフィーナは首根っこ掴んで脇へどかす。
「イーラのことだから、その彼を好きだとわかった瞬間、告白したのね」
 無言で俯く妹の姿を見て、レフィーナは思案する。
 イーラは思い立ったら後先考えずに行動してしまう傾向がある。三人でいるときは、そんなことは起きないのだが、一人にさせるとどうも冷静さを欠いてしまうのだった。
(この状態を見ると断られてしまったのね)
 レフィーナは妹のことを不憫に思いつつも、同時に興味が湧いていた。
 自分たちを知らないわけではないのにイーラの求婚を断った男性を。
「え、で、どうなってしまったの!? もしかして、お姉様はフラレてしまったの?」
 空気を読めない末の妹。
 イーラを取り巻く空気がいっそう重くなる。
「わお! かつてないほど真っ暗なお姉様。許せないっ。カルネがそいつを処分してくるわ!」
「カルネ。貴方はおしゃべり雀のようになるのかしら?」
「はいっ! すみませんでした!!」
 口を両手で塞いでガードするカルネ。
『おしゃべり雀は、舌を抜かれて声が出せなくなってしまうのよ』
 小さい頃からにこやかに妹達に読み聞かせをしていたレフィーナによる教訓。
 彼女の「にこやか」というのはあくまで表面上。
 笑顔の先に待っているのがどんな状況なのか、妹達は知らないが、絶対に超えてはいけない壁だということは、幼いながらも本能でわかったのだった。
 カルネが黙ったのを見届け、レフィーナは沈んでいる妹に向き直る。
「イーラ……」
「わ、わたしねっ」
「え?」
「断られたの」
「そう……」
 後先考えずに行動したとしても、気持ちを伝えるのは相当な決意と勇気がいることだ。そんな妹をふった男は、戦女神達を敵に回したのも同然なのだが……。
(この様子からすると、その男性はまだ生きているわね)
 レフィーナはそれと今のこの状況が若干符合しないと思った。
「女が戦いにでるな、とか、女らしくないとか、髪がボサボサだって………な、撫でてくれた」
「……」
「こ、この私を侮辱したのっ。だから殺してやろうと、追いかけて、追いかけて、そ、そしたら、あ、あの人が構ってくれて…………よくわかんなくなっちゃうの〜〜」
「なるほど。だからこの惨事」
 ようやく合点がいったレフィーナ。
 この惨事とは見渡す限りの荒れ地のことだった。
 つまり、愛しい人を殺したいほど憎いが、殺したくないほど愛おしいという心境が、イーラの中で入り乱れる。
 その心のもやもやを、簡単に表現するとストレスであり、それが容量を超えると『死の鳥』と化してしまうのだった。
 その被害は収まるまで目についた人や物を手当たりしだいに破壊し尽くす。
 ターゲットがいない場所で。
 そして、殺そうと追いかけている反面、追いかけることでその人とずっと一緒にいることが嬉しらしい。
 妹が照れながら髪を触る姿に、レフィーナは心配になった。

「イーラはその人をとても愛おしく想っているのね」
「お、お姉様っ」
 さらに真っ赤になるイーラだが、すぐに困惑した表情になる。
「す、好き、なの。でも、すっごく殺したくなるの」
 イーラはハイレンを想えば想うほど、体の内側から、熱い衝動が込み上げてくるのだ。
 そう、彼を切り刻みたい衝動が。

 イーラは戦いしか知らなかった。
 戦うことが、何よりも身体が、心が喜ぶのだ。
 彼女の魔式(マナ)の才は、剣術、魔式の両方たけているレフィーナよりも遥かに上だった。
 抑えきれないほどの魔力は、成長するに連れてある程度コントロールは出来るようになっているが、それは「戦い」を大前提とする。
 イーラ自身、戦う時の肉の切れ味や髑髏が転がる風景が好きで、他のことは今まで歯牙にもかけてこなかった。
 戦いの申し子といってもいいくらいだった。
 しかし、ハイレンを好きになるという戦場以外の世界に気付く。
(その世界の眩しさに、心が困惑しているといったところかしら)
 新たな視野に心が理解できず、今までの均衡が崩れている、とレフィーナは考える。
 それが、この惨事の結果なのだ。
 三日三晩追いかけっこしている時、イーラは得意の魔式での攻撃はほとんどしない。大半が愛用の剣クルタナで襲っていた。
 襲撃は戦場(いくさば)のように興奮するが、魔式を使わないように無意識にセーブしているイーラの憎いのか嬉しいのかよくわからないもやもやが、徐々に膨れ上がりちょうど四日目に爆発するのだった。
 一日かけて暴走しては、次の日から三日ハイレンを追いかけ、違うとこで愛を叫ぶかのように暴走する。
 普通の人間が普通に暴れるならまだしも、イーラは街一つ簡単に破壊できるほどの攻撃力だ。
(困ったわね。追いかけっこが終わらない限り、どこかの地形が変わりそうね)
 戦いの日常が恋する日常へと変わり、恋が愛憎という名の執着に変化している。
 そのことに本人は気付かない。

「彼をぐっちゃぐちゃに引き裂いて、あの人の髑髏を見てみたくなるの。でも、そうしたら……」
 もう、会えない。
 それが、ハイレンの前では暴走しない理由でもあった。
 死んでしまったものは、どんな高等な魔式であっても生き返らない。
 姉妹以外で初めて、失いたくないものができたのだ。

「お姉様。私、どうしたらいいのかしら……?」
 様々な感情を一度に知ってしまったイーラ。
 そんな彼女をそっとレフィーナは優しく抱きしめる。
「イーラにとって大切な人を見つけたのは、私にとってそれは寂しいことでもあるけれど、嬉しいことでもあるわ」
「おねえさま……」
「だから、ね。その今の気持ちを大切にしながら、一緒に考えていきましょう」
 どうしていくのが一番いいのか、その答えを教えるのは簡単だった。
 しかし、あえてレフィーナは言わない。
 イーラ自身がどんなに時間がかかっても、見つけなければいけないのだ。
 寂しい、苦しい親心で、妹への愛情をそっと隠した。
 答えを言わない代わりに、そっと疑問を投げかける。
「仮によ。もし、仮にイーラはその人と両想いになったら、イーラはどうしたいのかしら?」
「え……」
「その人の何かに惹かれたのでしょう? 何に惹かれて、彼を好きになったのかしら」
 出会ったのは二ヶ月前の偵察の時。
 どんな出会い方をしたのだろうか。
「…………たの」
「え」
「あ、あの人は私を見つけてくれたの。そして桃色だって言ったのよ」
 それはたった数分の出来事だった。それなのに、鮮明に記憶に残り、彼の言葉を一つ一つ思い出す度に暖かい気持ちになるのだった。

 

 
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