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――二ヶ月前
クルーデ地方の遙か南、砂漠のコルテナとレンドゥーリの国境付近は争いが絶えなかった。
イーラ達、三姉妹はその戦いを穏便に終わらせてほしいと、依頼されるのだった。
このまま戦い、疲弊するとまた次の戦が起こった時に、全く対処できないとある貴族は考えての配慮だった。
レフィーナの知り合いでもあるらしく、秘密裏に動くこととなる。
イーラは両国の政治を探るため、両国の間に存在する砂漠の地下迷宮を利用する。
「全く、ここはいつ来ても狭いわね」
迷路と言われるだけあり道順を知らなければ戻ってはくることは難しい場所でもある。さらに地下迷宮は砂の重みにより、石で作られた迷宮の通路はひしゃげて、大の大人は通りにくいのだ。
しかし、高等魔式、偽姿見(イリエナ)を使えるイーラは子供の姿に変え、進んでいく。
「どうやら、上は暴れている最中なのね」
まばらに降ってくる砂を軽く払い、出口を目指す。
地下迷宮はかつて、栄えた国だったものが、沈んだ状態。価値ある遺跡といってもいい。
しかし、この地下神殿を知っている者はごく僅か。
知らずに人々は踏みつけていくのだ。
「もう少ししたら、ここも使えなくなってしまうのね」
炎華(エンカ)で道を照らしながら、進む先々には、国王が知ったら国の宝にするような物がたくさん転がっている。
イーラは興味がないし、それを誰かに話すこともしなかった。
知らない間に朽ちてしまった方が、争いの種にならずに静かに終わる。
世界には知らない方がいいことがたくさんあるのだろう、その一つがこの遺跡、そしてもう一つは自分だったらいいのにと、イーラは思う。
遺跡が少し羨ましいかった。
(みんな粉々になって黒くなっちゃえばいいのに……)
延ばしっぱなしの前髪が炎華に照らされて、視界に映る度にイーラはその思いを振り払うように黙々と歩を進めたのだった。
「この様子じゃ、出口付近も戦争中かしら」
地下迷宮の出口は砂漠に一部群生している森の中にある。
出口は四角い井戸のようになっており、石の蓋がしてあるため、知らない人から見るとただの使えなくなった井戸に見えるのだった。
「さて、どうなっているのかしら……あれ?」
細い通路を奥に進み突き当たりの天井を押し上げる。
そこが出口なのだが、開かない。
精一杯押し上げるが、何かが邪魔をして動かないようだ。
「……壁の石が僅かにずれてる……もしかして、何かの衝撃で石の形が曲がってしまったのかしら……っ」
つまりこの森にまで争いの火種が飛んでいるということだ。
静かに気配を探るが、周囲に人がいる様子はない。
もう過ぎ去ったのか、それとも……。
「魔式(マナ)を使って破壊すると、敵に感知されてしまうし……かといって、この姿じゃ、扉を開ける力はない」
愛用のクルタナも地下迷宮には大きすぎて入らないので置いてきたのだった。
今回の目的はあくまで隠密。
両国にばれてはいけない。
いい策が思いつかないイーラは隠密を諦めることにした。
「しょうがない。軽く壊して、見つかったら、全員の息の根を止めればいいか」
一回戻って態勢を整えるという、選択肢に気付かない彼女は、呪文を唱え始める。
『おーい、ここに誰かいるのかー』
呑気な声が暗闇に響く。
「え?」
『あ、やっぱいるな。ちょっと待ってろよー』
よいっしょ!
そんなかけ声と共に石の扉が動き、眩しい光が暗闇に注がれる。
「ガキがこんな所で何やってんだ? 閉じ込められたのか?」
光を避けるためにフードを目深に被ったイーラをハイレンは井戸からつまみ上げる。
「生き物の気配がすると思って捜してみてよかったな。あのまま夜になったら、お前、凍死してたぞ。俺に感謝しろよ」
森の中といっても、夜は砂漠の気温のほうが勝つんだからなー。地面に降ろしながら、説教し始めるハイレン。
「……」
イーラは顔を見られないようにフードの端から、周囲を窺う。
どうやらこの辺りは軍が移動した後のようだった。
「愛想ねーな。ま、いいけど。ここ今、ちょっと危ない所だから、移動するぞー。近い町にまでいって、後はそこら辺の住人に任せるけどな」
その間ぐらいは、我慢しろよー。
ここに子供がいることにあまり深く追及しないハイレン。
彼からしてみれば、子供は戦闘の対象外なのだ。
(これは、これでやっかいね)
敵に気づかれずにすんだものの、代わりに変な傭兵に出会ってしまった。
能天気そうで、しかし隙がない。
こういう奴が一番やっかいだ。
内心どうしよかと思案していたら、突然明るくなった。
「なっ」
「あ、なんだ。泣いているかと思った。難しい顔してると、一気に老けるぞ」
そういいながら、ハイレンはフードで隠れていたイーラの赤い髪にふと、何か考える。
そして呆然としている子供の髪にすぐ側で咲いていた白い花を挿した。
「綺麗な赤と黒の髪だな。白を加えると、桃色になりそうだ」
一気に体温が上がったと同時に頭の中で衝撃が走った。
(ピ、ピンクですって!? こ、こ、こいつ何言ってるのよっ)
黒と赤と白混ぜ合わせたら、どう考えても黒が勝つでしょ!
そう内心イーラは突っ込みながらも、なぜか嬉しい気持ちを感じたのだった。
ふと、風が変わった。
「と、なんか来るな」
ハイレンはよいしょっと立ち上がり、左肩にイーラを乗せて、逆方向へ走り出す。
「ちょ、ちょ」
「我慢しろよー。急いでお前を置いて、すぐ戻らなきゃいけないんだから」
(だったら、ほかっといてよ)
数十名ほどのいくつかの軍隊がこちらに向かってきているのが、わかった。
ここで争いが始まるのなら、それに乗じて逃げればいいだけのこと。
しかし、なぜだか体が動かない。
武骨で大きな手が自分を掴んでいるからだからか。
ハイレンは軽やかに、しかし猛スピードで移動する。
(まるで飛んでいる鳥の背中に乗っているよう)
言葉も態度も失礼な男なのに、風が頬に気持ち良く当たる所為かなんだかそれが、心地よく感じた。
五分も経たないうちに、数十キロ離れた町に着く。
「よ、ここまで来れば、安全だろ。じゃ、俺は戻るからな〜」
「あ……」
「ん?」
立ち止まって振り向くハイレンにイーラは困惑した。
咄嗟に言葉が出てしまったが、言いたいことが浮かばない。
「……」
「おーい。そういう時は普通は、ありがとう、だろ? こんな前髪で他人と距離を取らずに、前向けよ。前向いて叫んでみると、意外にすっきりするんだぜ」
俯いてるイーラの前髪を丁寧に横にかき分け、そんじゃ、俺は帰るぜっ。
そう言い残し、行きよりも早い速さで去って行った。
「なんにも……知らないくせに…………」
彼が触れた髪を指でなぞる。
黒が好きなの。
お姉さまと一緒の黒が好きなのよ。
赤なんて大っ嫌い。
こんな髪大っ嫌い。
『赤と黒と白を混ぜれば桃色になるな』
黒でもなく赤でもなく、桃色と言い放ったあの男。
血の気が多く、戦いで派手に暴れるタイプ。
それなのに、子供の姿の私を最優先にさせた。
変なの。
変な人。
それが最初に思った、ハイレンに対するイーラの感情だった。