戦の魔女 ーシュラハト・ヘクセー
04.目撃者は毒の暗殺者(ドゥ・メルダー)

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「おい、ハインッ。なんだ、さっきの物音は!? 敵か!」
「あ、ジル」
「なんだこれ、ひどい惨状な。敵はどこだ!? 加勢するぞって、お前ケガしてるじゃないか」
「あぁ、ただのかすり傷だ」
「いや、早く消毒しないと、へい、救急箱いっちょー」
「お前、まだ酔っているだろ……」
 恰好を見れば、一目瞭然。
 鎧は前後ろ反対で、剣の代わりに枕を振り回している親友にハイレンは半ば呆れる。
「で、で? 敵はどこだ? あ、その後ろにいる奴か?」
「いや、あいつはただの女神だって。いいから、もう寝ろよ、というより逃げろ」
 ジルの方向からでは、イーラは背を向けている状態なので、イーラだと彼は気付いていない。
「逃げろって、何に? つーか今、なんていった?」
「いや、もういいから、とにかく逃げろ。なんかやばい」
 空気が怪しくなり始めている気配を悟ったハイレンは酔っぱらった友を部屋から追い出そうとする。
「おい、何が、ヤバいのか教えろって」
「酔っぱらいは外に行けってことさ」
「答えになってねーよ。それに俺は酔っぱらってねー」
「その恰好じゃ、説得力無いっての」
「あるだろっ。これが普段着だ!」
「そんなん、普段着だったら俺は、友情やめる!」
「え、ひでぇ。マジな目でいうな〜。冗談だよ〜ぅ」
 しがみついて、謝る酔っぱらい。
「いや、……っ。そんな押し問答している暇じゃないっての!」
 ジルを床に叩き付け、精一杯体勢を低くする。
 間一髪、立っていた頭部分から天井が景気よく吹き飛んでいった。
「…………う、上に、部屋がなくてよかった……」
 月に照らされ空気の通りがよくなった部屋を見て、そう呟くしかない。
「ジル、ジルッ、起きろ!」
「いたたたたっ。なんだ? 何が起こったんだ?」
「とりあえず、そっちへ退いてろ」
「ひでっ」
 酔いが醒めた友を端へ蹴りとばし、ハイレンは地面を蹴る。
 刹那、その場に亀裂が走った。
「おい、おい、これはやべーぞ」
 鳥肌が立つ。
 今までとは比べ物にならないくらいの殺気がヒシヒシと伝わってくる。
 なぜ、こんな状況になったのか、ハイレンだって知りたいくらいだった。
「いきなり、どうしたんだ……」
 視線の先の女神は虚ろな瞳で、立っている。
 ゆらりと揺れた瞬間、消えた。
「とっ、や、ばっ」
 イーラはかつてないほどの速さで、攻撃を繰り出す。
 咄嗟に自分の剣を掴み、応戦する。
(これは、やばいっ。マジで見えない。けど、何だ?)
 殺気が違う方向に向いているような……。
 そう疑問に思った瞬間、思いつくより先に身体が動く。
「ジル!」
「ぐぇっ」
 呆然としているジルの鎧を掴んで、自分の所へ引き寄せたハイレン。
 ジルのいた場所にイーラの剣が突き刺さっている。
「あの、ハイン。考えたくはなかったが、俺、もしかして女神に狙われている?」
 ようやく、状況を理解したジル。
「もしかしてじゃなくて、そう、だよ」
 隣の壁をぶち壊し、イーラの攻撃を避ける。
「俺の部屋が〜。これ、俺が弁償するの? 俺が弁償するの?」
「いいから、黙ってろ。舌噛むぞ……!」
 一瞬のやりとりで完璧にイーラの姿が見失ってしまった。
(いるのはわかるが、速すぎて見えない……っ)
 かろうじて見えていた速さではなくなったようだ。
(落ち着け。今までこんなことなんて、たくさんあっただろう……)
 ハイレンは自分より強い奴と戦ったときを思い出す。
 手も足も出ない状況の時でさえ、相手を打ち負かしてきた。
 気持ちが昂るのがわかる。
 一歩、また、一歩と死が近づいてくるのだ。
(もっと、もっとだ)
 精神を研ぎすます。
 生き延びるための本能を呼び覚ました。
 ――そこだ
 微かに光ったもの視界にとらえる。
 重心を移動せずに腕を後ろへ振り払う。その反動で軸足を回転させる。
「あ……」
 本来なら、軸足ではない方を前にだし、そのまま重心を倒して、敵を斬るのだが、ハイレンは気付いたのだった。
 今、戦っているのはイーラだということを。
 そして、視界の先に、自分の剣先に、イーラの頬が当たっていた。
「……」
「…………」
「……す、すまん」
 赤の雫が剣に伝うのをみて、すぐに剣を引く。

 イーラは振り上げていた剣を下に降ろす。
 込み上げてきたものが、頬に伝う紅と交わる。

 その瞬間部屋は煙幕に包まれた。

 

間

 

 一分も経たないうちに霧がはれるとイーラの姿は何処にも見当たらなかった。
「た、助かったのか?」
「…………」
「ハイン?」
「ああ」
「ああ、じゃないですよ。あなた、さっきから見てましたけど、なんなんですか?」
 上の空のハイレンを突然、背後から叩き倒すのは、シーザーだった。
「ハイン、あなた、わかっているんですか? 女性に手を上げたのですよ。俺の目の前で。どうしてくれましょうか? まだ、アホ面しているつもりですか?」
「……すまん」
「すまんですんだら、法律なんていりませんよ!!!」
「お、落ち着け、ザク。ほ、ほら、俺もハインも何がなんだか、わかってないんだから……」
 ジルはザクの姿に困惑しつつ、とりあえずハイレンを庇う。
「ジルにも言ってるんです! 貴方達は馬鹿ですか!」
「はい?」
「貴方達は乙女心というものを全くわかっていない。せっかくいい雰囲気になったのに、人が来たらそっちのけにして、放置なんて普通はしません。万人平等であったら、好きな人もできませんよ! 酔っぱらいでも戦闘狂でも別に構わないんです。俺が言いたいことは好意を持っている女性には紳士になるべきなんですよ!!」
 シーザーは言いたいことを一気にまくしたてる。
「えっと、なんか、すみませんでした」
「だから、謝っても時間は戻りま……」
「あんな顔させるつもりはなかったんだ」
「……」
「あんな顔……」
 いつもの不機嫌な顔や怒った顔じゃなく、ただ、無表情に泣いている。
 感情を押し殺したように泣いている姿を、見たかったわけじゃないのに……。髪を撫でた手を見つめ、ハイレンは自分が後悔していることに気付いた。
「ええ、馬鹿です。大馬鹿です。……けれどジルを守ったことに関しては、あなたは立派でした」
 もし、あの場の勢いでイーラがジルを殺してしまったら、ハイレンはイーラを完全に拒絶するだろう。そしてイーラはその罪悪感に一生苦しむこととなる。
「あぁ、俺もあの時はさすがにやばいと思った。ありがとうよ」
「……」
「あなた、ショックを受けるくらい、『死の鳥(モルテ・フォーゲル)』を好きになったのですか?」
 あまりにも無言なハイレンの傷を荒々しく手当しながら、シーザーは尋ねる。
「いや、そういうのじゃなくて……」
「じゃあ、どういうわけですか?」
「……わからん」
 事実、ハイレンは混乱していた。
 初めて女性に、しかも顔に傷を付けてしまったのだ。
 女性は触れてはならない、神聖なものだと考えているあのハイレンが。
 彼自身、ショックを隠せないようだった。
「気持ちはよくわかりました。とりあえず、寝て下さい。今日の任務に差し支えます。俺がここを修復しておきますから」
「え、ザク、そんなこともできるのかよっ」
「物を直すことくらい、魔式では中の下ですよ。生物の命を治すことの方が難しいんです」
 物と違って細胞は生きていますから、深い傷は俺には治せませんよ。
 そういいながらも手慣れた様子で、シーザーは部屋を修繕し始める。
「すまん。何から何まで」
「気付いていたんですか」
 これだけの騒ぎが起こったのに、シーザーとザク以外、気付かなかったのは、シーザーが空壁(ビュロウ)で自分たちの範囲以外の人達を守り、なおかつ、音を聞こえないようにしていたのだった。
「あー確かに、言われてみれば、ザクの空壁(ビュロウ)の気配がする」
「ジル、あなたは気付くのが遅すぎます。さぁ、二人とも寝て下さい」
「ザク、一ついいか?」
「なんです? 改まって」
「その、ナイトキャップとパジャマ姿では先程の説得力は半減だぞ」
「あ、ばっ」
 フラワーな寝間着姿のシーザーにようやく突っ込むハイレン。
 ジルは、内心焦る。あえて突っ込まなかったのだ。
「ハイン、今何時だと思っているのですか?」
「今? 四時だ」
「そう、俺は、今日は休日です! ハメを外して、ゆっくりするはずだったのです! それを貴方ときたら、暴れる、傷つける、泣かす! 私を夜叉にさせたいのですか!!!」
 今度はシーザーが半狂乱になる番だった。
 ちなみに彼はなんに対しても綺麗好きである。
 そして、女性を愛でることをこの上なく趣味にしている。
 そんな彼は、あまりの親友の情けない態度に、今日という今日は雷が落ちたのだった。
 朝日が昇るまで、二人に説教するシーザーに、ハイレン達は二度とシーザーを怒らせまいと固く誓うのだった。

 

 
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