1/2p
そして、時は戻り、イーラの告白から二十一日目――。
ハイレンは暗闇の中、ため息をついた。
シーザーとジルの三人で深夜まで飲み明かした後、シーザーの小言を耳で聞きながら、ベッドに入った。
そしてたった今まで爆睡していた。
たった、今まで、は。
「次の日っていうのもわかるが、頼むからせめて朝日が昇ってから襲ってきてくれないか……」
月が雲から除いて、薄らと部屋を照らす。
銀に輝く大きな刃。
それを受け止めている護身用の剣が、月明かりによって輝く。
寝込みの不意打ちを狙ったイーラだが、わずかな殺気に反応してハイレンは、ギリギリ受け止められたのだった。
「そんな優しい殺し屋なんていないわよっ」
「あんたも、大概親切な気はするがな……」
「え」
月明かりのせいで、ハイレンから見上げる形となっているが、フードを目深に被っているためイーラの顔は見えない。
「昨日みたいに追いかけてこない日があるから」
真っ暗なフードの下にじっと視線を合わせるが、突然、そのフードが慌てふためく。
「す、好きで、追いかけて来ないわけじゃないわ! わ、私だって色々忙しいのよ」
「だったら、もう追いかけてくんな……って」
刃から体重が抜けた瞬間を見計らって、ハイレンは刃を流しベッドから抜けだす。
「こ、のっ」
「おい、こんな狭い部屋で暴れんなって、隣の部屋の奴らも起きちまうぞ」
「そんなの、わたし、に、関係ない!」
「うをぉっと」
鋭さを増した斬撃に護身用の剣では受け止めきれないのだが、それでも最小限に剣先をずらす。
「〜〜あなたって、万人に優しいのね!」
「はぁ」
「馬鹿っ、バカッ」
「なんだよ、突然……」
風が空気を斬る音がする。
瞬間、背後の壁に亀裂が入る。
「ば、ばかっ、場所をわきまえろよ」
ハイレンは自分の相棒が視界の中に映る範囲内にいるが、イーラの凄まじい剣圧を、抑えるのに必死で、中々とりにいけない。
しかしこのままだと、被害が及ぶのは明らかだ。
増々怒りだした女神が、次に魔式を唱えたら一発でこの宿は吹っ飛ぶ。
「本当に、あんたはいい加減に、しろよっ」
短剣を裏手に持ち直し、イーラが振りかぶると同時に投げる。
ハイレンの右肩すぐ後ろ窓ガラスが派手に割れると同時に、剣はイーラの脇を通り、スイッチを押す。
電気が黒のイーラを目立たせる。
「あ……」
「こ、れで、捕まえ、た!」
電気で驚いたイーラから剣を払い、ねじ伏せるが、すぐに手を離す。
「たくっ。こんな真夜中に暴れて……。あぁ、もう、部屋がめちゃくちゃじゃないか……」
ぶつぶつと散乱した家具を片付けながら、何かを捜す素振りをする。
「……」
「お、あった、あった」
よかった、壊れていない。
そう安堵し、少しよれた紙袋を持ってイーラに向き直る。
先程まで暴れていた本人は、なぜか急におとなしくなっていた。
床にへたり込んで、相変わらず、フードを目深に俯いていた。
「おーい、あんた。急にどうした? 腹痛か?」
「……別に」
「何だよ、愛想ねーな。ま、いいけど」
「え、ちょっ」
向かいに座ったハイレンはイーラのフードを遠慮なくめくった。
「なんだ、泣いているかと思った」
「! なんで、私が泣くのよ……っ。泣く理由なんてない…………」
じゃない。そう噛み付こうとしたイーラはまた固まった。
ハイレンが自分の髪を触っているからだ。
「ほれ、これでいいんじゃないか?」
満足げに頷き、落ちていた鏡をイーラに向ける。
そこには、透明な花飾りを指した、赤い髪の女性がいた。
「ほら、前、白い花を指しただろ? その時、透明もあうんじゃないかな、って思ったんだ。ガラスってさ、光に反射するとキラキラ光るだろ。んで、あんたの髪とあわせれば、太陽が舞っているようだ」
そう、思ったんだけど、どうだ?
(どう、と言われても、どうなんだろう)
イーラは鏡を凝視する。
鏡に映っているのは誰なのか、わからなくなっていた。
それよりも――。
「……わ、わかっていたの?」
偽姿見(イリエナ)で子供の姿をした私と同一人物だってことを……。
「んー。最初は髪型とか全く違ってたから、忘れていたんだけど、あんた小さくなっても大きくなっても、仕草が変わってないからな」
割と早く思い出せたよ。
さらりと答えるハイレン。
その姿が、胸に詰まるイーラ。
これは現実なのだろうか?
イーラは自分の都合のいい夢を見ている気がした。
あの時の子供が自分だということを思い出してくれたこと、そして、花飾り。
そして、目の前で期待した瞳で回答を待つ彼がいる。
もう一度、イーラは鏡を見た。
そこには間違いようもなく自分が映っていた――。