黎明を待つ夜

前編


 ――とある魔女集会にて……

 数年に一度、果ては数十年に一度開かれるという魔女だけが集まる集会。特になにかの会議とかが行われるわけではない。ただ年がら年中暇な魔女たちが、暇つぶしに行われるというお茶会のようなものだ。
 年月が経ち姿形が変わっていても魔女たちは気にしない。むしろ和気あいあいと「その魔法はどうやったの?」と興味津々に研究成果に花を咲かせるのだった。
「この頃、森の外が騒がしいのよね」
「あなたのとこも? 私のところもよ」
「あら? 貴方達は知らないのね。いま、人間達が、飢えを理由に争い始めているのよ」
「騒がしいだけならまだいい方よ。あいつら、それで森に入って食料を探しに荒らすんだもの。見せしめに森の入り口に二、三人火あぶりにして逆さずりにしてあげたわ」
「私もよ。た〜くさんの蛇の穴に一人ずつ突き落としてあげたわ」
「人間同士の争いに私たちを巻き込まないで欲しいわよね。生きている時間も知恵も能力の差もわからないなんて、おろかよね。人間は」
「触らぬ神に祟りなしってわざわざ、言い伝えを残してあげているのにね。人間なんて私たちにはどうでもいいことよね」
「永久に生きられる私たちの楽しみなんて、せいぜいこうやって集まってお茶を楽しむだけだもの」
「そうそう。それでたまに新魔法の研究して、人間を実験台に遊ぶのよね」
「人間なんてほっておくとどんどん増えるから、私たちがちょぉっと攫っていったって、たいしたことではないしね」
「そうそう、徒党を組まれると少し厄介ってだけで、特になんてことないものね」
「飢えて土地を奪い合うって愚かしい限りね。腹の足しにならないことに、いつまでたっても気づかないのよ。可笑しくて笑っちゃうわ」
「そうよね。そんな暇があるなら、種を見つけて、畑を耕す方がやりがいがあるわよね」
「ほんと、バカよね。にんげんは」
「あ〜退屈。何か人間の話も飽きてきちゃった。他になんかないの?」
「そうねぇ…。あ、そういえばあの子、ここ最近、集まりに不参加じゃない?」
「どの子?」
「あの面倒臭がり屋な怠惰の魔女よ!」
「あぁ、そういえばここ何百年見てないわね」
「生きてるのかしら?」
「生きているわよ。魔女なんだもの。でも息するのも面倒っていってたから、仮死状態かも」
「ふふっ魔女が、仮死状態ってなんだか笑えるわ!」
「そろそろ集会に出ないと、魔女の称号剥奪されるんじゃないかしら?」
「剥奪されるの? そしたらどうなるの?」
「特にどうってことはならないけれど、人間が攻めてきた時、一人で対処しなきゃいけないだけよ」
「そんな簡単な罰だけだったかしら」
「さ〜、覚えてないわ。なんせ、そういうことがあったのもだいぶ前の話だったから。今度記憶の魔女が来たら聞いてみましょ」
「確か、あの子何度も剥奪されてるから、有名よね」
「へ〜何度も。よほどめんどくさがり屋なのね」
「魔女でも孤独と退屈には耐えられないってのに、強靭なほうなのね。」
「ふふっ。でもいいんじゃない。そんな魔女がいたって。ひょっこり現れて、面白いもの見せてくれるかもよ。」
「あぁ、前みたいに粉を入れるだけで、料理が出てくる魔法ね。」
「調理するのも面倒になった末の妙技ね」
「料理も暇つぶしの一環なのにね」
「でもその魔法、とても美味しかったのよね」
「へぇ。それは楽しみだわ。あ、そうそう、青の木苺作ってみてパイにしてみたの。食べる?」
「なにそれ。味は木苺と違うの?」
 話題が次々と変わっていき、魔女の集会は夜が明けるまで続いたのだった……。

 

 

間

 

 

――とある深い深い森

 

(重い…)
 書物片手に寝てしまったようだ。もそもそと本の隙間から久しぶりに外の景色を覗くと、埃かぶった本棚が目に映る。どうやら相当な時間を読書と睡眠に費やしたようだった。
 腹の虫が聞こえる。
(そういえば、素材切らしていた)
 口以外動かすのが面倒くさくなって編み出した簡単調理の粉が切れていることを思い出す。
(めんどくさいがしょうがない)
 動くことは億劫だが、もっと動けなくなるのは困る。
(確か、足りなかったのはキキスとソルルと…)
 ゆっくり体を起こすが乗っかっていた本が崩れ、雪崩が起きるが御構い無しだ。どうせ後で使い魔が小言を撒き散らし片付けてくれるだろう。
 ようやくチリがおさまる。見慣れた使い魔がいないことに気づく。愛想つかされて帰省したのかとすぐ理解し出かける準備を始める。これも日常なのだ。この怠惰の魔女にとっては。
 数年は動いていなかったらしい。腕はなんとか動くが足の筋肉が収縮し過ぎて立ち上がれない。しかたがないので地面を這って扉まで向かう。
(そこらへんで採取できるもので調合できてよかった)
 過去の自分の面倒くさい思考に感謝する。
 杖で一振りすると軋んだ音を立てて木製のドアが開く。
 魔女ならではの立ち上がらずとも扉を開閉できる利便性に感謝しつつ外へ出る。そして、ふと気づく。
「空飛べばいいじゃん」
 空腹時の思考回路は赤子レベルなのだと発見するが、今は置いておくことに。
 集中して身体を浮かせてみるが、やはり集中力も赤子レベルのようだ。辛うじて地面より少し浮いただけだった。
(足を動かすよりはマシか)
 ポジティプな魔女は如何に楽して材料を調達できるかが重要らしい。
 おぼつかない浮遊力で森の中へ入って行くのだった。
 後に魔女は気づく。
 家の中の鏡から目的地に移動できる魔法があることに……

 

***   ***

 

(結構時間がかかってしまった……)
 数時間かけて最後の材料を見つけ、フードの中に入れる。籠を忘れたのだ。
 最終的に調合できればそれでよい。
(後は帰るだけ…あ、粉も作るんだった…めんど…。早く帰ろう)
 高いところにあった太陽が既に沈みはじめている。
 魔女の住処である山々は、自然なままにしている。それ故に野生の獣に出会うと今の魔女では、半端な魔法しか使えないので面倒くさいことになる。
 ふよふよ地面スレスレを浮きながら早目に帰路につこうとしたとき、森の周囲に施した結界が破られていることに気づいた。
「破られているというより穴があいたか」
 得意の感知能力で二〇キロ以上離れた第一の結界の様子を見る。
 魔女の森は広大だ。しかし人間の地図では小さく書かれている。森へ入っても簡単に魔女の住処まで来られないように幾重にもまやかしの術と結界がはられているのだ。
 なので一番最初の結界が破られてもそうそう慌てることはないのだが、そこから漏れてきた血の気配に魔女は興味をひく。
(珍しい、戦争か…? それにしては、一人だけ。小さい…)
 怠惰の魔女の住処である森の周囲は山々に囲まれており、人間がそうそうに近寄ることはなかった。しかしまれにその山々の更に向こうで戦争が起こると村ごと森の中に逃げてくることがあった。捌くのが面倒くさい魔女は、移動魔法のトラップを仕掛けて遠く離れた場所に飛ばしていた。ここ数年引きこもっていた所為で、外の状況など全く把握していない故に、その魔法は仕掛けていないのだ。
 獣除けに明かりを灯し、子供の元へ向かう。
 太陽が完全に沈んでしまった。獣達も血の匂いを嗅ぎつけるだろう。
 獣が先か自分が先か、どちらでもいいのだが、五、六歳の子供が這いつくばって移動している理由が知りたかったのだ。
「足は動いているのに、立たない理由。疲れたのか目が見えないから…か?」
 眼が見えないなら好都合。以前開発した目薬を試してみよう。
 そんなことを考えながら、子供を見つける。
 ボロを纏ったという表現が似合う少年だ。
 髪が脱色しかけているのは、余程のことがあったからだろう。
 ゆっくりとうずくまっている少年の前へ降り立つ。
 まずは観察することに。ここまで引きずってきたのだろう、足の皮膚が地面に擦れて剥がれている。手足の爪も何枚かない。髪は手入れなどされておらずボサボサだ。痩せ細っているせいで、本当はもっと年が二、三上かもしれない。
 首には首輪がついており、耳には赤いバツがついた商品タグが見えた。
(なるほど。人間は人間を売り買いするのだったな)
 魔女には魔女を売り買いすることがないので、理解ができないが、そういうことができるのが人間なのだと考えている。
「だ…れ……」
 気配に気づいた少年が顔を上げる。
 髪が流れて空洞が除く。
「そうか。目玉を売られたのか」
 魔法を使わずに綺麗にくり抜かれた深淵に、少々関心してまじまじと観察する。自分はこんな風にくり抜けるかいや面倒くさいと考える。
「綺麗に取ってもらえたな。ちゃんと処理されている」
「……」
「臓器の売買は一番いい部位が売れるらしい。お前の場合は眼だったようだな。それ以外は使い物にならなかった」
 淡々と分析するたび、少年は細かく震えた。
(生まれつき心臓は強くないほうだな。加えて栄養失調に衰弱がひどい)
「瞳の色はどんなだった」
 泥にまみれた彼の顔を掴み真っ黒な瞳を覗く。水面に映った彼の瞳は群青色に笑っていた。
「確かに。綺麗な瞳だ」
 それでもくり抜いて売る理由はわからないが彼の瞳が価値あるものだったと理解した。
(さて、どうしようか)
 廃棄されたってことはこの少年の命は長くないのだ。拾っても使い物になるのか。短い命は面倒くさがりの魔女にとって刹那の瞬きである。
「おれはしぬの…?」
「そうだな」
 もってあと二日か。
「…いて」
「?」
「おれがしぬまでそばにいて」
「断る」
 空腹で思考もままらないのに、数日といえどいつ死ぬかもわからない子供に時間をかけたくはない。
 ほかっておいても害のないものにわざわざこちらから手をかけるのも面倒くさい。
 そもそも全くの赤の他人に死ぬまで側にいてとはどいうことか魔女は全く理解できない。
「なぜお前の死を見届けねばならない?」
「…わかんない」
 でも、
「くらいのにあたたかいきがする。おねえさんがそばにきたら、さいしょはびっくりしたけどほっとした」
「わからんな」
「…うん」
 人間特有の感情は知識としては持っている。ある程度納得はしているが理解が追いつかないのだ。子供の感性と表現は特に曖昧だ。
(死の恐怖というより安堵? 人間は死ぬのが怖い生き物。まして目が見えない子供、なぜほっとする? 見えないものは怖いのではないのか?)
 腑に落ちないことはトコトン思考を巡らす魔女だが、少年の頭が地面に落ちたのに気づく。
 覗き込むとすでに意識がない。
 このまま放置しようかと思ったが、ふとあることを思いつく。
(この子供に私を運ばせればいいのでは?)
 空腹により身体を浮かすことすら、集中できなくなっていた魔女はもうとにかく動くのが億劫になっている。
(そうだ、そうしよう)
 ちょうど試したい禁術もあったんだ。怠惰の魔女は魔法の改良に関しては勤勉だ。今後の楽さと引き換えに禁術を使うのなど、取るに足らない選択だった。
「おい、起きなさい。いいものをあげよう」
 頬を叩いて、意識を浮上させる。
 残り少ない魔力と自然の魔力を借りて呪文を唱える。魔女を中心に地面がある文字と記号を刻んでいく。
 好奇心。
 人間が魔女になれるのかそんな好奇心。
 三本の指を左目に食い込ませ抉り取る。ほらやはり綺麗にえぐれない。
 完成した魔法陣が濃淡の光を発し放り投げた左目と少年を包み込む。
「さて、どうなるかな?」
 魔女は不死だ。だが全てを知っているわけではない。魔女の狂気によって人間の人生が変わる瞬間だった――。

 

 

間

 

 

 左目が熱い。とても熱い。喉も身体もジリジリと焼けつくようだ。
「げほっ。なに…?」
 ぼんやり見える木々と星空が懐かしい気がする。どうゆうことだ?
「起きたか」
「え」
 速くなる鼓動を息を吐くことで逃しながら、横を見ると少女がうつ伏せに倒れて俺をみていた。夜に近い夕焼け色の髪と瞳。自分より少し年下だろうか?
 年下?
 なにか違和感を覚える。
「さっさと、家に戻ってご飯を食べたい。私を持ち上げろ」
「え」
「いいから。早くしないと。お前の身体は溶けるぞ」
「!」
 よくわからないが、急いで俺より一回り大きい彼女を抱き上げる。意外にも軽かった。そう思っていたら、いきなり体の内側が燃え弾けた。
「ひっ」
 驚いてまばたきした瞬間見慣れない部屋にいた。
「最初から瞬間移動魔法を使えばよかったな。さぁ、わたしをそこのソファに降ろせ」
 湿気でカビだらけな物体がソファらしい。躊躇したが命令なのでそっと彼女を降ろす。
(あれ? なんで命令されている?)
「いいか、今から私が指示することをやれ。まずそこの引き出しに入っているチョーカーを六つとれ」
「ど、どこ?」
「わたしの視線の先だ。私はもう動きたいくない」
 視線の先の引き出しを見ると箱が入っていてごちゃごちゃと黒いチョーカーが出てきた。
「あ、ありました」
 持ち上げた瞬間、再び腹の奥が、心臓が灼けるように熱くなる。声にならない叫びが空を切る。必死に息を吸おうとするが喉まで熱くて逆に吐いてしまう。霞んだ景色にチョーカーが伸び自分を取り囲んでいるのがわかった。
「ユンゲル、キーナ、トラ」
 バチッと音が弾けた途端、痛みが消えた。
 首と手足に違和感を感じ息を整えながら視線を向けると、チョーカーが巻き付かれていた。
「な、な……」
「これでもう大丈夫だ。多分。というわけで、次だ」
「つ、つぎって…」
「私のフードの中に入っている薬草を手順ごとに鍋に入れろ、鍋はそこらへんからもってこい」
「え、え?」
「いいから早くしろ。私が気絶するだろ」
 そんなこと言われても、全く状況が飲み込めない。とりあえず埃かぶった鍋を見つける。いや流石に、こんな状態のを使ったらお腹を壊すだろう。
 水道とかはないのだろうか? あたりを見渡すと、蛇口らしきものを見つけてひねってみる。
「ひっ」
 泥水だ。何十年使われていなかったのだろうか。
「あー、水道まで直しきれない。井戸水……」
「場所は?」
 振り返ると、女の子はぐったりしていた。
「え、だ、大丈夫」
「い…いから……」
「けど、水がないと作れない」
 そのままこの草を食べさせようかと、考えた瞬間、窓から突風がやってきた。

「ゴ主人様! 生キテマシタカ!?」
「な、なんだ!?」
「ギャアアア、何です!? この有様は? 貴方様は一体全体、どれだけ自分を放置していたのですかっ?」
「クロウ…か……」
「アァァ、もう。私がいないと、貴方様は本当に何もできないのですね! 今すぐ、ワタクシメが手抜き料理もとい、魔法を……ぎゃぁっ、人間!!」
 ピーチクパーチク矢継ぎ早に喋る鳥は、ようやく俺に気づき、鳥らしからぬ俊敏さで主人と呼んだ彼女の背に隠れる。
「ご主人様! なん、なんですか、この人間は。ていうか、人間の気配じゃありませんよね。よもや禁術…ピギャ」
「うるさい……ご飯……」
 最後の力とでもいうのか、体全体をひねって、鳥をはたき、彼女はソファから崩れ落ちたまま動かなくなった。
「ご主人様ァァ!」
「えっと、鳥」
「鳥ではないわぁ、クロウ・クエルボという、立派な名がある!」
「えっとクロウ。とりあえず、井戸の場所教えてくれるか。ご飯を作りたい」
「ワタクシの役目じゃぁぁぁあっ!? 変身できぬ。まさかさっきの……」
 どうやら先程の彼女の渾身の一撃によって魔法を封じ込められたようだ。後から聞いたらクロウの小言を聞くと反射的にそうしてしまうらしい。なんという主人だ。
「くっ、致し方ない。小僧、至極不本意だが貴様が最後の生命線といえる。我がご主人にご飯を作って差し上げよ」
 どうしてこうみんな上からなんだろう。
「なんかいったか」
「いや」
 井戸の場所を教えてもらい、水を汲みに行く最中、彼女の魔女としての素晴らしさと、どうしようもない怠惰さをクロワは聞いてもいないのに、よく喋った。
「ご主人様は永遠を生きる魔女。森羅万象を網羅する者ぞ。故に人間のような霞程度の存在が滅多にお目にかかれる方ではないのだっ」
「お腹空いて倒れているけれど?」
「ぐっ、ご主人様は、少々没頭すると他のすべてがどうでも良くなってしまうのじゃ。他の魔女様から怠惰の魔女と呼ばれる程にっ。使い魔も最初は山ほどおったのに、今じゃ数えるほど、呼ばれればおそらく来るであろうが、たまに様子を見に来るのはワタクシだけになってしまった」
 あまりのご主人の没頭具合に、嘆いたクロウは「実家に帰らせていただきます」と半世紀前に出ていったらしい。
 いつか呼んでくれると思いそわそわして待っていたのだが、何時まで経っても呼ばれないので様子を見に来たのだという。
「半世紀って……」
 魔女たちの世界では普通の時間軸なのだろう。時間の感覚がおかしくなりそうだ。
 綺麗に洗った鍋に、言われた通りの手順で薬草を入れていく。
「後は、何を……」
 ふと、黒い鳥の漆黒の瞳が、俺の左目の奥を覗き込むように見ている。
「な、なに」
「……本当に左目を……、ならば、お前も唱えられるな」
 グロディ・エンディ、イエッティング
 教えられたように唱えると、鍋が一瞬光る。
 あっという間に小麦色の粉になった。
「え……」
「これを一掴み握って、皿に盛り付けろ。その時に食べたいものを浮かべるのを忘れるな」
「そんなことで」
 料理が出てくるのか?
 半信半疑で、パンを思い浮かべて皿に粉をのせる。
 すると、思い描いたバンが皿に現れた。
「ほ、本物っ」
 温かいできたてのパン。
 ふと、次々浮かんでくる料理に、大慌てで、皿に盛り付けていく。
(こんな料理見たことないのに、なぜ俺は知っているのだろう?)
「あの、ご飯がご用意できました。食べて下さい」
 ほとんど意識がない魔女に恐る恐る、シチューらしきものをスプーンで口に運んであげる。ゆっくり咀嚼し始めた。
「よし、どんどん、口の中に入れて差し上げろ」
 一〇口程、食べたところで、ようやく彼女は目を覚ました。
「水」
 従順と体が動く。
「お前も食べろ。そしてたまに私の口にいれるんだ」
「いや、自分の手で召し上がってください。後、ワタクシの魔法を解いて下さい」
「まだむり。めんどくさい」
 どっちがどっちなのか、おそらく両方なのだろう。
 あまり驚かなくなったのとこの状況に慣れ始めた気がする。
 不思議な粉でできた料理をおそるおそる食べてみる。口の中に広がる美味しさにびっくりする。左手で食べつつ、右手は彼女の口まで料理を運ぶ。
 鳥は器用だなと、呟きながら、料理をつついていた。
 奇妙な夕食となった。
「サイズはどうだ」
「サイズ?」
「体のサイズだ。私の力に耐えられるくらいに成長させたからな」
 サラリととんでもないことを言い放つ。
 確かに目は見えなくても自分の手の大きさぐらい覚えていたのになんで気づかなかったのか、一回り大きい手のひらをまじまじと見てしまった。
「ご、ご主人、そんなことまでしたのですか!? いくら繋がったとはいえ、こんな餓鬼ささっと抜け殻にして戻しましょうよ。一時的でしょう!」
「いや、せっかくだから、経過観察したい」
 使い魔の断末魔。
 なんて、自由奔放なのだろうか。
「禁術じゃないのか?」
「人間と関わると碌な事がないから、禁術にしているだけで、魔女にとって大したことはない」
「いや、あるでしょう! 人間の感情が流れ込んでくるでしょうが」
「そんなもの使い魔の心を覗くのと大して変わりない」
「覗いているんですか」
「暇だから」
 自分と眼の前にいる魔女が繋がっている……。
 そうだとすると納得がいく。知らない呪文を唱えられたり、見たことのない料理を出せたこと。何より、自分がこんなにもこの状況に冷静でいられることだ。
 おそらく魔女の性格が影響しているのだろう。
「魔女は俺の精神を乗っ取るのか」
「? なぜそんな面倒なことする必要がある。動きたくないから、代わりに動いてほしいだけだ」
 そんな単純で気まぐれな理由。
 嘘はついてないんだろうな。そもそも嘘なんてつく必要がない。嘘なんて、人間が自らの利益を欲するがために行うことだ。
 全てを持っている魔女なら、相手を強制的に従わせたり操ったりすればいい。
「食べ終わったら、適当に掃除をして欲しい。後は自由にしろ」
 そう言い残して、お腹を満たした魔女はいそいそ書物に没頭し始めたのだった。
 それに使い魔が物申して、またはたき落とされる。それを横目に幾日ぶりのご飯を腹に収めるのだった。

 

挿絵

 

後編に続く
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