「なんだ、一緒に死にたいのか」
不快な声と同時に聞こえてくる、あのプラスの音が。
――不発
「あばよ」
「潤、どけ」
男がトリガーに手をかけた瞬間、皓彗は前にいる潤を横へとはらう。
「は? うをぅ!」
ガゥゥンッ
銃声が轟くが、先ほどとは違う。何も起きない。
獅童はそのまま男の方へ突進する。
「! な、なんで……。ぐぁっ」
皓彗はすぐさま驚いている男の銃を持っている腕を掴み、足払いかけ床へと叩き付ける。
そして、叩き付ける威力で、怪我をしていない方の肘を男のみぞおちへと突き立てた。
短いうめき声を上げて、男は動かなくなった。
その一瞬の出来事に全員ぽかんとしていた。
しかし、すぐに我にかえったリーダーが銃口を、得体の知れない男へと向ける。
「このっ」
――当たらない
銃声がまたもや、室内に響くが、弾は獅童の頬をそれていく。
「な、なぜ!?」
自分の腕前によほど自信を持っていたのか、その事にひどく動揺し始める。
獅童はすぐに、リーダーの動きを止めたいのだが、鋭い痛みと出血の所為で、思うように体を動かせない。相手と獅童の距離は約五メートル。
さっきの初動で負傷した腕の鈍痛が体中を駆け巡り初めているのだ。
それを表に出さない獅童だが、どことなくふらつく。
彼はぼやける視線の先に、"猫"が動き出したのを見て、自分は犯人の気を惹き付けることにした。
*** ***
「こ、こいつっ」
二発目も、獅童より大幅に上部へとそれた。
乱発しようとした時に、ガギャッ、と、金属が割れる音と軽い振動がした。
撃鉄をおこそうと親指を動かすが、撃鉄(それ)の感触がなく不思議に思い、視線を下に向けると小さな人影があった。
「な、な!?」
「ねぇ、知っていた? テッポウって、これがなければタダのガラクタだ、って」
にっこりと微笑む漠。
しかし目は笑っていない。
手には撃鉄のかけらを持っていた。
彼女は確か自分の仲間が人質にしていたはずだと、リーダーは先ほどまで仲間がいた方へと視線を向けると、そこには腕と足が変わった方向にねじれて気絶している人物がいただけだった。
その人物こそが自分の仲間だと気付いたとき、漠の鋭い掌底をあごにくらっていた。
「ぐはっ」
「よくもコウくんを傷物にしてくれた、ね!」
怒りをあらわにする漠。
人が邪魔で状況がわからずじまいだった彼は、皓彗が一人目の男を倒した時にようやく彼が怪我を負ったのだとわかった、と同時に怒りと怒りと怒りと憎しみが込み上げてきて、現在のように至る。
小柄な彼にどうしてそんな力があるのか、甚だ不思議ではあるが。
「せっかくの二人っきりのデートを台無しにしてくれるは、バカにコウくんをとられるは、大好きなケーキも食べ損ねるし、コウくんのきれいな肌に傷はつけるし、全部、ぜ〜んぶ、お前らの所為だ!!」
明らかに強盗団の所為ではない憤怒も彼らに全て押しつける。
ようは、八つ当たり。
獰猛な猫に成り果てた漠の所行は以下略で。
その後、その場にいたものが事情聴取で、異世界からきた猫又が犯人達に罰を下したと証言したのだった。
*** ***
もう、大丈夫か、そう判断した瞬間、獅童は座り込んでいた。
「スイ! 大丈夫か!?」
皓彗に投げ回された時、頭を打ってしばらく気絶していた潤一郎。
強盗団の悲鳴で目を覚まし、すぐさま座り込んでいる友に駆け寄る。
「まだ、平気だ……」
無表情ながらも、その顔色は悪い。
潤一郎がわたわたと自分の衣服を切り裂き、獅童の左腕に巻き付ける。
漠も急いで駆け寄ろうとして、獅童は口を開く。
「もう一人いるぞ」
俺に構うな。
かすれた声でつぶやくが、潤も漠も首を振った。
「「いやだ! 構うに決まってる!!!」」
きっぱりと、言い放ち二人は皓彗から離れない。そして、応急処置はこうだとか、弾は貫通しているのか、まずは止血からだとか、彼の横で騒ぎ始める。
二人の真剣な様子に、この傷は自業自得だと思うと獅童は胸が痛かった。
そんなことより、と一生懸命、横で止血をしてくれている漠に耳元で小さく頼み事をする。
「この室内に犯人の仲間がいるかもしれない。皆が放心から立ち直る前に、動きを止めといてくれないか?」
「え、でも」
「頼む、漠」
漠ならどんな手を使っても、室内の人間に妖しい行動をとらせないだろう、そう判断した獅童。
動けない自分に変わってこの騒動を止めてほしい、そう告げる。
じっと見つめていると、漠は迷いのあった目を不敵に変えて頷く。
そして、獅童の考えている以上の行動にでる。
カウンターの上に乗り、にっこりと微笑みながら演説した。
「みんな、この中に妖しい奴がいるかもしれないから、変な動きしないで下さい。というか、そこから一ミリたりとも動くな。もし動いたら……」
手近にあったペンを拾い上げ、壁に投げつける。
器用にささる、ペン。
「あの壁と同じように、穴をあけるから」
もはや脅迫以上の何ものでもなかった。
論議しようとした者は、壁にささったものを見て、押し黙る。加えて先ほどの彼の恐ろしさを一部始終強制的に拝見してしまっているので異論を唱えるものはいなかった。
強盗の次は脅迫。この場に遭遇したものは、御殊勝様としかいえない。
やり過ぎだが、これで仲間が返ってくるまでと手を貸すまでは時間が稼げた。
しかも漠のいる位置は、その場の人間を一点で監視しやすい場所にいた。
さすがというべきか、怒らすと何をやらかすかわからない人物だ。
相手を徹底的にねじ伏せるこの行動に畏怖の念を感じさせるほどだった。
獅童はこの漠の後始末を先送りにし、未だに自分の手に布を撒いている潤を見る。自分の腕がバームクーヘンになっているほど。
「おい、もういい」
さすがに、やり過ぎだ。
「いいわけないだろっ。血、たくさんとたくさん、だぞ」
獅童の左袖はすでに赤紫に変色している。急所はそれているようだが、至近距離で銃に撃たれたのだ、そうすぐに血が止まるわけがなかった。
獅童は貧血で重くなった頭を叱咤しながら口を開く。
「…………そんなに必死なら、俺の言葉もちゃんと聞いてくれるな?」
「いつも、聞いてる!」
「声を落とせ。お前はすぐ忘れるからな、今日一日持てばいい方か」
「なんかひどいぞ、それ。一日ぐらい俺の記憶力は持つ!」
獅童の小さいつぶやきに、自信満々に語る潤一郎。まぁ、やればできると信じることにする。今限りなく信用できる人物は、漠を含め潤一郎しかいないのだ。
「わかった」
真剣に頷く潤の目を見ながら、獅童は今まで考えた推理と今後の対応を語り始めた。