――管理室
「なぜた?!」
彼は誰もいない空間で叫ぶ。こんなはずではなかったと。
モニター越しに映る青年の姿をにらみつける。
こいつはいったい何者だ?
人間なのか?
この青年が動いた瞬間、すべてが不利の状況に陥った。
なぜ不発になる?
なぜ弾道かそれる?
直接的に見ていたらあまり気付かないが、間接的に見ている彼ははっきり見てしまった。自分の仲間が撃った弾が、青年に当たる瞬間にカーブしたのを。
早く、この状況を待機している仲間たちに知らせなければ……そう考え無線を手に取った瞬間、背後に人の気配がした。
確かに鍵は閉めたはずなのに、冷たい汗が流れる。
そして、驚愕する。
ディスプレイごしに映る自分の背後に、黒い服の少女らしきものがいることに。
長い長い前髪が彼女の顔を覆い隠して見えない。
わずかな白い肌の隙間から小さな唇が、より彼女が人間ではないと語る。
振り返れない。
彼は奇怪な現象にただ茫然とするしかなかった。
少女が近づいてくるのがモニター越しでもわかる。
そして、不気味な程に足音がしない。
自分は今、夢を見ているのではないか?
そう思うが、不意に触れた拳銃の冷たい感触がこれは現実だと知らせた。
「…………」
少女が何かしゃべる。
しかし聞き取れない。髪で顔を隠した不気味な少女はもうすぐそこまで来ていた。
(このままではいけない……)
モニターの向こうでは青年の仲間だろう女性が暴れていた。
どうにかしなければ、と考えるのだが、体が動かない。
突然、 ザザーっと無線が響き、体が緊張する。例のものを手に入れた、そう機械音が告げる。
わずかに、少女が揺らいだのを画面越しに確認した瞬間、男は全身全霊で振り返り発砲した。
少女がいる場所へとめがけて。
しかし、
「い、いない……?」
男は目を疑った。モニター越しにはっきりと見えていたあの少女は、どこにもいなかった。
ゆっくりあたりを確認するが、画面越しで見たあの少女はいなかった。
では、あの尋常ではない気配は何だったのか?
考えても答えが出ず、自分は疲れているかもしれない、そう男は考え直し深呼吸する。新鮮な空気を吸い、いくばくか落ち着きを取り戻した男。
ドアに鍵がかかっているのを確認し先ほどから応答待ちの無線機を取り、別のプランに変更、と告げようとした瞬間、また背筋が凍りつく。
『ジ…………ザザッ、ワル……ザッ、イ……ナ…………ノ?』
「なっ!?」
無線機から聞こえたのは少女の声。
思わず無線機を投げ飛ばす。
派手な音をたてて無線機は地面に転がる。
「ど、どうなってるんだっ、一体……」
音を発しなくなった黒い機械を、男は凝視しながら、とりあえずここを出て、体勢を立て直そうとドアへと向かう。
「っ、冷たっ」
ドアノブに手をかけたが、ノブはドライアイスを直に触ったかのように冷たく凍てついていた。
慌てて手を引っ込める。
見た目は変わりないのに、触れられないほどに冷たいノブ。
現実には起こり得ない事象にただ、ただ、男は焦る。
ドアを勢いよく蹴破ろうとするが、ビクともしない。
それどころか部屋全体が冷蔵庫の中にいるように冷たく薄暗くなってきた。
もう思考の限界を達した男は、喚き声をあげながら黒に塗りつぶされていく壁を必死に叩く。
「誰か……っ、いないのか! 助けてくれ!!」
錯乱状態で、こぶしがあかく腫れるのもかまわず、ひたすら叫ぶ。
「…………ンハ、ワル……ト……?」
突然、耳元で聞こえた声。それは先ほどの無線機から聞こえた幼い少女の声。
思わず振り返った男が見たもの。それは長い前髪の隙間から見える少女の顔だった。
赤く染まった右目とぽっかり空いて闇色に塗りつぶされた左目を。
青白い肌についている薄い深紅の唇が動くのを、彼はスローモーションのように見つめる。
「オジチャンハ、ワルイヒト?」
そう耳に届いた瞬間、男は闇に包まれた――――。