静かになった部屋の中で、動く右手でケーキを口に運ぶ。ほのかな甘みが今日の騒がしさを薄めてくれる。
「後で、苑に電話しないとな……」
きっと心配しているだろう。
怪我をしてしまった。苑はとても悲しんでいるだろう。
自分以上に自分を大事にしてくれる苑。
まだ幼いはずの彼女は一体、俺の知らないことをどれだけ知っているのだろうか……?
疑念を持つが本人に直接訊けない、いや訊きたくなかった。
どうしてかわからない。
獅童は真実を知るのが怖いのだと、本能的に感じていた。そして苑も訊かれるのが怖いのだと、なんとなく彼は感じとっていた。
いつまでたっても、前に進めないことに獅童は気付いていなかった。
気持ちを切り替えて、皓彗は時計を見る。午前二時。すぐに苑に電話をして無事を報告するのには気が引ける時間帯だ。
バイトの方にもしばらく行けないことを伝えなければと考えていた時に、忘れていた二人組が部屋に入ってきた。
「コウくん! 大丈夫?!」
「スイ、目が覚めたのか!?」
ここはキリトの知り合いが経営している病院でこの階は、獅童しか使っていないのだが、それでも夜中に大声を出すのはどうかと思うのだった。
「コウくんの綺麗な体に傷つけた奴らは、ちゃんと全員檻にブチ込んだよ。ケーキおいしい? 苑ちゃんにも伝えといたよ。痛くない? あぁ、熱も少しあるみたいだよ。横にならないと」
「おい、これも喰え。うまいぞ。ソウって人が果物もくれたぞ。どれか食べたいものあるか? ちゃんと、キリトのにーちゃんに伝えたぞ。リンゴでも食べるか?」
話したいことを同時に告げる二人に、皓彗は一言。
――静かにしてくれ
*** ***
「もしもし? 電話をくれたみたいだね」
諍が運転する車内。今回の顛末をキリトは電話の相手に軽く伝える。
「あぁ、問題なく片付いたよ。まぁ少々面倒な刑事に目をつけられたかもしれないが。こちらで対処できるくらいの些細な事だよ。ん? 怪我のことかい? 君の気遣いはいつも感心に値するよ。全治三週間だが命の別状はない。彼の異能は知っているだろう」
運は良くも悪くも結局は彼を守るのだ。だが心までは守ってはくれない。電話の主もそのことを心配しているようだ。
「彼には素敵な学友がついている。君がなにも気に病むことはない。帳」
そうかと幾ばくか安堵した声が返ってきた。
「だから彼らをもう暫く私に預からせてほしい。ケイ殿にもそう釘を指しといてくれないかい?」
わかった。そう短く答え電子音だけが聞こえた。
「ふむ。彼も大変そうだ」
魔性と魔焉の最たる長の許可も得た。これで当分は大丈夫だろう。
「よろしかったので?」
今まで気配を押し殺していた諍が主に尋ねる。彼の懸念を払拭するかのようにステッキを軽く振るう。
「問題ないだろう。彼は、いや彼らには、もう少しこちら側にいていいと私は思うのだよ。まだ子供だという理由ではない。色々なものを手放すにはまだ惜しいからだ」
異能を持つということだけ。後は普通の人間だ。中にはもう人間であることを忘れてしまった者もいるだろうが、彼らはそうではない。
「ああ、しまった。修学旅行のプリントについて話すのを忘れていた」
皓彗が前日担任に相談された件。彼は自分からキリト達に甘えることはない。だからこちらからその壁を壊しに行くのだ。せっかく会えたのにこんな重要なことを忘れていたとは……。私も親としてはまだまだだな、そう苦笑してキリトを乗せた車は闇に溶けていった。