初っ端から銀行強盗事件

第一章 〜IN 学校〜  二節


「かっこいいなぁ。コウくん。何時(いつ)見ても素敵だ」
 ほれぼれと、獅童の背中を見送って感嘆の息を漏らす漠を、微妙に引いて見ている潤一郎。
「お前、端から見ると気持ち悪いぞ」
 彼にとっては、まともな意見。確かに、漠の獅童を見る目は他とは明らかに違うというか、おかしいというか、なんというか……。
「失礼だな! コウくんに憧れていちゃいけないっていうのか! あの容姿端麗で成績優秀、背丈も僕の理想そのもの! 並んで歩きたくなるじゃないか」
 身長百五十八センチ、頭も並の漠にとっては、まさに獅童は憧れの存在らしい。 
 何かおかしい気がするが。
「憧れはわかるが、なんで並んで歩きたくなるんだ? つーかいつも並んで歩いてるだろ?」
「わかってないね。私服で並べば、カップルに見えるじゃんか」
「いや、だからお前彼女いるじゃん……」
「りっちゃんはりっちゃん。コウくんはコウくんなの!」
「はぁ」
 自信満々にいう漠に、ますます理解が出来なくなってきた潤一郎。
 まぁ人それぞれ、違った趣味をもっているんだろうな……と勝手に納得するのだった。
(スイも気にしてないようだったし……)

 漠の獅童に対しての懐き方が半端無いから、一度彼に聞いてみた潤一郎に返した言葉はこうだった。
『ひどく甘える猫だと思えば、なんてことない』
 実にさらりとした返答だった。
 ひどい例えなのかいい答えなのか、判断がつかない。人に見られていないこと自体、おかしいことに気付かないのが問題なのだが。
 それに潤一郎も潤一郎で、獅童に懐いているひとりだった。
『じゃあ、俺は!?』
『宇宙人』
『………………え、地球外?』
 あの時の獅童は潤一郎を人じゃないような目つきで見ていた。その時のことを思い出し、潤一郎はなんだか空しくなる。
(俺はなんでそう、見られるんだろう?)
 自身がもうすでに、この昼放課に食べた食べ物の数を見れば、誰だってそう思うだろう。
 あんぱん五個、イチゴミルクパン二つ、チョコロール七つ、そして四つ目のメロンパンを食べている潤一郎。
 胃袋がでかい以上の問題だった。それをいつも隣で見ていたら、彼を地球外生物だと思いたくもなるだろう。

「そうそう、明日、潤はコウくんの家までついてきちゃダメだからね」
「はっ? いきなり何の話だよ。ついていくに決まってるじゃんか。俺だってスイの家久しぶりなんだから。って聞いてんのかよ、誰に連絡してるんだ?」
 六つ目のメロンパンを食べながら潤一郎は、急いでメールを打つ漠に気付く。
「ん〜、りっちゃん。明日のデートを変更してもらうの」
「あぁ、そうなの……って、お前予定入ってるじゃん! しかも大事なデート、いいのかよ!」
 彼女なんて今まで、できたことがない、いや、できるわけない潤一郎だが、デートというものはとても大切なイベントだと思っている。
 それを、彼女より親友との遊びをとる漠が信じられなかった。というか、彼女よりスイの方が大事と言っているようなもんだ。
 それを見透かしたように漠は、小さい花柄弁当をつつきながら、いう。
「りっちゃんもコウくんも、僕にとって大切な人だよ。だけどりっちゃんはいつでも遊べるし、好きな時に会えるもん。コウくんは色々とバイトとかで忙しいから、遊べないんだよ。なら今回はどちらを優先するかなんて決まってる。それに、りっちゃんと僕の絆はこのくらいで壊れないしね?」
「そんなものなのか?」
「うん。りっちゃんは僕のことよ〜くわかってくれるもん。僕もりっちゃんのことよく理解してるからね」
 違うのろけに入った漠に、八個目のメロンパンを頬張りながら、うんざりする潤一郎だった。
「あ〜、早く明日にならないかなぁ、コウくんとデートだし、苑ちゃんにも会えるし、あ、今日りっちゃんにお洋服コーディネートしてもらおう!」
 浮き足立っている漠。潤一郎も今日の補習は考えないように、明日のことを考える。
「そうだな。明日はたくさん甘いもん食べれるからな。そして、スイの家でゲームやってそのまま夕食も食べていこうぜ」
「いいね〜、それ、潤は邪魔なんだけれど」
「いいじゃねぇか、別に大勢いた方が楽しいぞ〜」
「いや、邪魔」
 のほほ〜んと、明日のことで胸一杯に膨らます二人。
 仲悪いのか、いいのかよくわからない……。

 

***    ***

 

「ちょっと、そこのバカ二人! 獅童皓彗はどこいったのよ?!」
「うぇ、志緒じゃねえか。いきなりなんだよ。スイは今いないぞ」
「うっさいわねバカ。みりゃわかるわよ。私は行き先を訊いたのよ」
「いてててて、ひでっ。なんだよ、みんなして」
「さぁ、知らないよ。なにかコウくんに用があるなら、後で伝えておくよ〜」
 きつい目尻、後ろを短く切り揃えた少女、潤一郎の幼なじみの香坂 志緒(こうさか しお)は、思いっきり潤一郎の耳を引っ張りながら告げる。
「じゃあ、担任が呼んでいたって、代わりに伝えといて」
「うん。わかった」
 さらりと答える二人に少し勘が触ったのか、志緒はいつも疑問に思っていたことを、口に出す。
「それにしても、あんた達どうして、あんな無愛想な奴とつるんでいるのか、不思議でたまらないわ。さっきも一人で出て行ったじゃない」
 普段、獅童は潤一郎と漠以外の人間とほとんどしゃべることはなかった。意図的に避けているというのが正解だった。
 それに、二人に対しても常に無表情でいる。
 他の人が話しかけても、二、三会話し、すぐに離れるのだった。
 志緒は志緒で、獅童から何か変な感じがするので苦手だった。
 乙女の勘と嫉妬は甚だすばらしいものだ。
「いつも、無表情で笑った顔も怒った顔も見たことないし、何考えてるかわからないわよ、獅童は」
「そう? 僕は笑った顔も見たことあるけれど?」
 さらりという、漠に二人は目を見開いて彼を見る。
「なに! 俺は怒った顔は見たことあるが、笑った顔は見たことないぞ! いつ見たんだ!!」
「ひ・み・つ。ちゃんと写真にも撮って部屋に飾ってあるんだから」
「いいな〜。俺も見たかったぜ。いや、笑わせればいいのか……」
 何か企みだした潤一郎に、呆れてものがいえない志緒だった。
 その彼女に、今度は漠が反撃をする。
「ていうか、僕たちのこと難癖付けるのはいいけれど、今いない、コウくんの悪口はどうかと思うよ。そんなにコウくんのこと気に入らないなら、志緒ちゃんが直接、本人にいえばいいんじゃないかな? それともう一つ、志緒ちゃんは僕たちの友情にどうこういえる立場じゃないよ」
「おお、そうだ、そうだ。あ、でもお前の性格なら、もうスイに言ってたりしてな」
 半分冗談で言った潤一郎に、志緒のスクリューパンチが飛ぶ。
 図星のようだ。
「言ったわよ、本人に! 悪い! そしたらあいつなんていったと思う!! 『嫌なら話しかけなければいいだろ』って。何よ! あの態度っ」
「うわ〜。背中に阿修羅が見えるよ」
「そ、そうだな……」
「でも、さすがコウくん。不器用なとこも素敵だな〜」
「おう」
「ちょっと、なに納得してんのよ、あんたら!」
 手刀が飛ぶ。
 まともにくらう潤一郎。
 素早く躱した漠。
「痛いって! なんでそう、すぐ暴力ふるうんだよ。男にもてねーぞ」
「あんたがいうな!」
「がは!」
 鋭い蹴りを腹にくらい吹っ飛ぶ潤一郎。元気いいね〜とそれを漠はお茶を飲みながら眺めていた。
 いつものことながら、潤一郎は志緒によけいなことをいう。
 そろそろ教室が崩壊するんじゃないかな、と時々おもう漠だった。
 豪快に蹴っ飛ばした志緒の元に、一人の少女が駆け寄る。少し頬が紅い。
「し、志緒ちゃん。暴力はよくないよ……」
「あ、裕希。お帰り。いいのよ、あんな奴、殴っても。それより、教室に獅童はいなかったわよ」
 髪を三つ編みにし、おっとりした目尻の香坂 裕希(こうさか ゆき)は、獅童の名を聞いたとたんに頬を赤らめ、持っていた本に顔をうずめる。
「え、ちょっと、いきなりどうしたの、裕希! まさか、あいつが何かいったんじゃないでしょうね?!」
 親友の様子にはらはらしだす志緒。しかし、漠は、裕希を見て、にやりと笑う。さすが、乙女心を志緒より持っている。
「いや、何か言われたというより、いいことあったんじゃないの? 嬉しそうだし」
「! そ、そんなんじゃ……。ただ、獅童くんに、担任の先生が捜していたって伝えただけ……」
 ますます顔がリンゴのように赤くなっていく裕希。わかりやすいなぁと、漠は微笑ましげに見る。
 志緒は、親友があの鉄仮面に何をされたのか、気になって気が気でない。
「な、なにがあったの? 何されたの! そんな顔になるほど、あいつとなんかあったの!!!」
「な、何でもない〜〜」
「待って! 裕希!」
 脱兎のごとく、教室を出る彼女を、急いで追いかける志緒。
 よれよれと復活した潤一郎がその様子を見て、なんかあったのか? と微笑ましく眺めていた漠に聞く。
「ん、裕希ちゃんは純粋だから大方、コウくんを間近にみて、びっくりしたんじゃないのかな? 青春だね〜。僕はいつもコウくんを間近で見てるから、いいんだけどね」
「はぁ。とりあえず、志緒がいなくなったから、いいや。なんか疲れたら腹が減っちまったよ」
 鬼が去ったのに安堵して、潤一郎は、十個目のメロンパンを口に頬張った。
「避ければいいじゃん。一応、部活に入ってそれなりに運動神経いいんだから」
 漠と獅童は部活に入っていないが、潤一郎は剣道部に所属していた。一応有段者である彼だったが、ケンカなどはめっぽうに弱かった。というか、腰抜けだった。
「無理、無理。志緒の方が強いし、怖い」
 ガタイ体して何とも弱気な発想だ。
「本当、身長だけの男だよね…………」
 漠は呆れた眼差しで、潤一郎を見る。
「あ〜、その目、この前スイもしてたな。そういや、なんでスイ、担任に呼ばれたんだ?」
「だいたい想像つくよ」
「え、なんだよ! お前ばかりずりー。教えろよ!」
「教えない」
 昼放課が終わるまで、彼らの論争は終わらなかった。

 

 

 
第一章 〜IN 学校〜 三節に続く
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