二人からはなれた後、獅童は図書館に向かうのではなく、屋上へと向かっていた。もちろん一人になるために。
――それにしてもあの二人は、よくしゃべるな。
道行く女子の視線にうんざりしながら、彼はそう思った。
あまりしゃべるのが苦手な獅童にとって、二人は蛙の合唱のように見える。
――明日も、夕飯まで居座りそうだな。
迷惑だなと思いながらも、獅童は明日の夕食の献立を考える。
他の人達と違って、潤一郎達にまとわりつかれるのは、なぜだか嫌ではなかった。
面倒くさいとは感じているが。
あまり使われていない方の屋上へと歩を進める獅童。そして、周りに人がいないことを目線で確認し、屋上の階段を上る。
キィ―――ン
軽い耳鳴りが聞こえ始めた。
――さて、何が起きるか、まぁ、典型的なのは『足を滑らせる』か『人が落ちてくる』とか……。
何が起こってもいいように、獅童は周囲に気を配りながら、一歩一歩、階段を上ると上から、足音がした。
「あ、し、し、獅童くん。ちょ、ちょうど、よかった」
足音の主は、普段よく見る顔。
潤一郎の幼なじみの友達だった。今まで走っていたのか、息をきらしている。
確か、名前は……
「香坂。俺に、なにか?」
「えっ、あ、え、えっと……」
名前を呼ばれ、裕希は緊張したのか、階段を降りようとした足を、テンポよく踏み外す。
――後者だったな。
冷静にそんなことを考えながら、自分の上へと落ちてくる彼女を抱きとめ、重心をずらしながら、空いている片手で手すりを掴み、落ちないようにする。
見事な受け身であった。
「怪我は?」
「はわわわわわわわわわわわわわわわ…………、な、ないです!」
想い人に助けられ、しかも抱きとめられ、さらに彼のキラキラと輝く顔が間近にあるこの状態は、裕希にとって思いがけない事態だった。
周りに人がいればド注目ものだが、ここにはそういうのに、全く興味がない獅童しかいなかった。
「暴れると落ちるぞ」
そう言いながらも、しっかりと抱き上げて、体勢を直す彼に、ますます心臓が跳ね、口から奇声を出す裕希であった。
それを無表情でうんざりする皓彗。
――あいつらといい、潤の幼なじみといい、なぜこうも騒ぐのか……
以前潤一郎の幼なじみが『あんたちょっとはその飄々とした態度治しなさいよ!』と鶏のようにキンキンと怒鳴ってきた。
元からこんな感じなのに治せというのがよくわからないし、そんなに俺と話すのがいらつくのなら、声をかけなければいい。そう言い返したことがあったなとぼんやり思い出す獅童。
こっちも話すのが苦手だし億劫なので、寄ってくる他人が勝手に離れてくれた方がありがたいと感じるのだ。
潤一郎たちのように、逆に引っ付いてくるのもいるが。
(この世界には君を気味悪く思ったり嫌ったりする人もいれば、好んで近寄ってくる人もいるのだよ。生きていれば、ね。それがもしかしたら、意外な結果にも繋がるのでは?)
そう苦笑して悟してくれた後見人の顔が思い浮かぶ。
――本当、キリトさんがいっていた通りだな。
(抱っこ! 獅童くんに抱っこされてる! 私!)
何かに納得している獅童とは逆に、裕希はもう幸せのメリーゴーランドに乗り過ぎて、パニックに陥っていた。
「あ、あ、あ、あの! 先生が、よ、よ、呼んでいたよ」
ようやく、地に降ろされた彼女は、顔を染めながらも、そう告げる。もうそれ以外何もいえない。
「そうか……? 香坂はわざわざそれをいうために、俺を捜していたのか?」
先ほどの見つかったときの、ほっとした表情を思い出し、獅童はなぜ彼女がわざわざ、そんな手間のかかることをしたのかわからない。
そんなもの、好きな人だからに決まったじゃん! と漠辺りがいたら突っ込んでそうだが、小心者の裕希はこの恋愛に対して大変天然の王子様のオーラに当てられて、ハートしかみえない。さらには、
(また、香坂って呼んでくれた!!!)
幸せが絶頂をきたし裕希は、別の世界にトリップしていたのだ。
つまり立ったまま気絶していた。
「?」
固まっている彼女を不思議に思うが、階段から落ちてびっくりしているのかと思い、そっとしておこうと結論に至る。
(階段から落としてしまったのは、俺の所為だしな。早く離れた方がいい)
「じゃあ、俺いくから」
落とした本を拾い、獅童は放心している彼女残し、職員室へと向かったのだった。