「毎度あり〜」
人気のない路地裏で妖しげな商売をする一人の男。名はドープ。ここ裏街道を生業として商いをする一人であった。
きっちりしたネズミ色のジャケットに、黒色の鎌の絵柄のシャツにこれまた黒色の派手な金糸を編み込んだ手袋。そして、不釣り合いなほど大きい紫のスカーフ。そこには『美しい死に顔を』と毒々しい朱色で書かれていた。
濃い青のハンチングをかぶっている下の顔は、そこそこ……まぁへらへらとした態度を改めればいい感じの男になるだろう。
改めれば、の、話だが。
どこからどう見ても服装だけで、周囲から浮く存在だが、ドープのいる裏街道は人の最終地点といわれているほどの、治安が悪い場所。
彼のようないや彼以上に危ない奴がうろうろしている、そんな場所であるが故に彼の言動に突っ込むものはいない。。
「ふふ。早く見られないかな〜。あの人の死に顔。とっても美しそうだもんね」
にまにまと普通の人が横できいていたら、耳を疑う言葉を発しながら、笑うドープ。
手に持っている大量の札束を、腰に巻き付けてあるいくつかのポケットバックに入れて、スキップしながら路地裏に消えようとした。
「おい、お前! <薬師(くすし)>だろ!!」
「ん?」
後ろを振り向いたドープだが、人影が見当たらない。というか、意図的に下の方を見ないようにしている、の方が正しい。
「おい、どこみてんだよ! こっちだ」
「聞き違いかな? ま、疲れてるのかもね。最近忙しかったから〜」
帰って休むかと首をまわしながら、再び歩き出す。
「〜〜いい加減にしろよ! お前! わざとだろう」
ドープの身長は百六十八センチ。その三十センチ下でバタバタと怒っている少年がうんざりした顔で逃げようとするドープの服を引っ張る。
「当たり前じゃん。僕、餓鬼、嫌いだもん。はな垂れた餓鬼は帰った、帰った」
その少年に見向きもしないで、ひらひらと手で追い払う仕草をするが、少年は負けじと袖を掴んでは、離さない。
「ちょっと、いい加減にしてくれるかな。僕の服伸びちゃうじゃないか」
「はん! こんな変な服いくらでものばしてやる! 俺は客なんだぞ」
「君みたいな餓鬼は客じゃないよ。餓鬼は餓鬼らしく、隣の表街道で鞠付きでもしていればいいんだよ」
「餓鬼、餓鬼言うな! まりってなんだよ! わけ分かんないこと言うな! 絶対離すもんか<薬師>!」
頑、として引こうとしない少年にドープはやっと、少年の方へ振り向く。
冷ややかな目で。
「何度も言うけれど、君みたいな青臭い餓鬼は、僕の客には入らない。こんな場所で、大騒ぎする餓鬼は特に嫌いなんだよ。周り、見てご覧?」
少年は周りを見る。まだ昼なのに薄暗い通りに、ぽつぽつと、光る妖しげなライトの下で、奇妙な顔をしたもの達がこちらを窺っていた。
「……っ、てっ、あ!」
彼がそっちへ気をとられている一瞬の隙に、ドープは少年の手から逃れ、走った。
競歩で。
「ふざけんなよ! こんなのすぐ追いつくだろう…………、が!」
「ぐふっ」
もっともなことに、五メートルもせずにドープは子供に追いつかれた。
おもいっきりジャケットを掴まれ、息が一瞬止まったようだ。
「ごほっ。何するかな? 息、止まりかけたよ」
「うっせー! 早歩きで逃げるあんたが悪い!?」
「だって、僕、頭脳派なんだよ。運動なんてからっきしだよ」
疲れた〜と、ただ早歩きしただけで、息を切らしているドープに、今度こそ少年は捕まえたと言わんばかりの勢いで迫る。
「俺の話を聞け!」
「聞こえな〜い」
耳を塞ぐドープ。どうやら聞く耳を持たないようだ。
それを見て、怒りが増長した少年。
「だったら、俺の話を聞くまで、お前を離すものか!!」
短くさっぱりした栗毛の髪、きつい眉毛の男の子は、まだ体力が回復していないドープを引きずり、裏街道を急いで出たのだった。