2.時間の無駄! 2p


 しばらくして、きみひろが三つの湯のみをお盆にのせて持ってきた。
「ばっちゃん。ごめん、遅くなって。茶葉が切れていたから買いにいってた」
「遅いよ。君。待ちくたびれたじゃないか」
「うるさい! お前はついでなんだよ!」
 ぐつぐつと音をたてている湯のみをドープに突き出す。そして温子には少し冷めたお茶をさしだした。
「ありがとう。きみひろ」
「こんなこと、どってことないよ」
 嬉しそうに笑うきみひろ。それを冷ややかにドープは見ていた。
「それで、俺の依頼は聞いてくれるのかよ!」
「嫌、無理、阿呆らしい、馬鹿らしい、時間の無駄」
「さっきより増えてんじゃねぇか!」
「きみひろ」
 ドープに飛びかかろうとしたきみひろを温子は静かに制す。
「きみひろの気持ちは嬉しいのだけどね、それはばっちゃんが喜ばないことなんだよ。だから、今日はもうお帰り」
「そんな……! いやだよ、ばっちゃん。どうしてそんなこというの? まだ俺はばっちゃんのいろんな話が聞きたいのに……!」
 必死に訴えるきみひろ。でも温子は諭すようにきみひろの頭をなでながらいう。
「ここから、家は遠いだろう? それにもう日が傾いてきた。この辺りは危ないからね。きみひろ、今日は来てくれてありがとう。むらさきくん、途中まで孫を送ってくれないかい?」
 後半は、ドープに向かっていわれた言葉に、ドープはあくびしながら答えた。
「うーん。帰るだけならいいよ。あ、そのお茶飲まないの? 僕が貰っちゃっていい?」
 きみひろのお茶に手を伸ばすドープ。その手をきみひろは、はたく。
「お前の分のお茶は、渡しただろう! ってもう飲んだのかよ!」
 あの煮えたぎったお茶を、ものの一分もたたずにからにしたドープに驚くきみひろ。
「おいしいお茶だったからね。飲まないんなら。僕にちょうだい」
「〜〜誰がやるか!」
 そう言って、一気に飲み干すきみひろ。その様子を微かに二人に気付かれぬようドープは笑った。
「さて、あっちゃんの頼みだから、この糞餓鬼を途中まで送らないとね」
「すまないね。むらさきくん」
「いいって。いいって。久しぶりにあっちゃんに会えたからね。これくらいは、いいよ。それに……」
 ちらりと外を見たドープ。夕闇が不吉な暗闇を招待し始めていた。
「ちょ、勝手に決めるなよ。俺はまだ帰らないぞ。今夜はばっちゃん家に泊まるんだ」
「はいはい」
「こら、離せ! くそ!」
 首根っこを掴み、ずりずりと喚く子供を引っぱり部屋を出て行こうとするドープ達の背中に優しい声が送り出す。
「気をつけてね。ありがとう、きみひろ」
 しわしわな笑顔で、温子はそう言った。
「ばあちゃん! くそ、は〜な〜せよ」
 ジタバタ暴れるが、ドープはおかまいなしに引きずりながら温子の家を後にした。

 

間

 

「まぁ、このくらいかな。あー、重かった」
 温子の家を出て数メートルしたとこでドープはきみひろの服を離す。
「いって! この馬鹿やろうっ。なんでばっちゃん一人にしてきたんだよ! あいつら今日来るんだぞ!!」
 急いで引き返そうとするきみひろのズボンの裾を踏み、ドープは周囲を一瞥する。
「戻ってどうすんの? 君は何もできない。無駄死にするだけだね」
「やってみなきゃわかんないだろう! 離せよ!! お前あいつらをやっつけてくれないのかよ!!」
「何回も言うけれど、お子様の愚かさにつき合うの、僕は大嫌いでね。それにあっちゃんの心配より、君、自分の心配でもしたら?」
「え?」
 必死にジタバタもがいていたきみひろは、ずっと自分を見ていないドープに気付き、彼の視線を追う。
 すると、周囲の物陰からたくさんのいかにも妖しげな男たちが出てきた。
 きみひろは、その中に温子の家に何度も来ていた男たちの姿がいることに気がついた。
「こ、こいつら。なんで……」
「あ〜あ。君の所為だよ。君の馬鹿さ加減が、これを引き起こしたんだからね」
 ため息をつくドープ。
「おうおう、珍しいじゃねぇか。<薬師>さんよぉ。裏じゃなくて表にいるなんて。しかもそんな餓鬼のおもりかい?」
 服の上からでもわかる他の人間より一回りでかいサングラスをかけた筋肉質の男二人の後ろから、ゆっくりと歩いてきた金髪、隻眼の男は、ニヤついた笑みを浮かべながら、ドープに話しかける。
「まさか! やめてよ。こんな馬鹿で、阿呆で、知性のかけらもない餓鬼のお守りなんてこっちからごめんだよ」
「お、お前、聞いていればさっきから何だよ、そのものいい!!」
「本当のことじゃないか。君がこいつらのこと知りもしないで、裏街道であんなに騒いだから、こうなったんだよ?」
 責める目つきで、青い顔をしたきみひろにいうドープ。
「そういうこった、ボウズ。俺たちゃ、この辺一帯を仕切っている“土蜘蛛(ジグモ)”だぜぇ。近所であんなに騒げば、すぐに耳に入っちゃうんだよなぁ」
 笑い合う男たち。
 土蜘蛛とはこの表街道一帯を仕切っている血も涙もないと噂されている集団だった。ボスは冷酷無比といえる程の存在で、その所行は裏街道でも耳に入るほどだ。欲しいものはどんな手を使っても手に入れる。最近では『異真(イン)』を裏で援助しているという怖い噂もあった。隻眼の男はその幹部だろう。
「さぁて、俺たちに歯向かうボウズをちょっとばかし、お痛してあげなきゃいけネェからな」
 隻眼の男は、目で合図しドープたちを取り囲む。どうみたって、お痛のレベルじゃない。
 後ずさりしながら、きみひろはドープに怒鳴る。
「ちょ、お、おい、どうにかしろよ。お前」
 ドープはそんなきみひろに冷えきった目で見下ろす。
「お、お前、お、おれがどうなってもいいのかよ!」
「うん」
 さらりと答える。
「な!」
「なんで僕が、そんなめんどくさいことしなきゃいけないの?」
「ばっちゃんに頼まれてたじゃないか!」
「途中まで送ってってくれとは頼まれたけれど、君の安全は頼まれてないよ。それに、ここまででも『帰る途中』だから約束守ってるし」
「っ……! このへりくつ屋!」
「さすが気に入っている奴以外、冷酷無慈悲な<薬師>さんだねぇ」
 拍手しながら、隻眼の男はドープに近づく。
「それでぇ、<薬師>さんよぉ。このボウズのババァの知り合いなんだってぇ? いいのかい? このボウズ、持っていっても」
「あっちゃんとこの餓鬼を一緒にしないでくれる? どうぞ、どうぞ。持っていっても構わないよ。死んだって僕には全く関係ないしね」
「!!!!」
 愕然とするきみひろ。
「はっはっは! こいつはいい! けれど、さっきこの餓鬼がわめいていたじゃないか。俺たちをやっつける、がどうのこうのって……? それはなんだい?」
 隻眼の男はきみひろを一瞥し、ドープの耳元で探るようにいう。
 緊張した雰囲気が流れる。
「そ、そうだ。やっつけてくれよ! こんな奴ら!! 早くしないとばっちゃんが……」
「あぁ、なんだと、このガキ!」
 腰を抜かしているきみひろは、後ろに控えていた男たちに胸ぐらを掴まれる。
「ひぃっ……」
「おい、ここだと人目につくから、よせ。それで、あんたはどうすんだ?」
「だから、さっきからいってるじゃないか。僕はそんなガキどうなろうと興味がないって。だけど君は僕の言葉、信用してないみたいだね?」
「そりゃあなぁ。<薬師>さん、歯向かいそうな芽は早めに摘んだ方がいいからなぁ」
 ドープは、にたーと笑う隻眼の男性を見つめ、そして後ろにいるサングラスの二人を一瞥し、ため息をつき両手を上げる。
「どうぞ、どうぞ。信用無いなら、煮るなり焼くなりして下さい」
 あっさり降参するドープに一同、沈黙。

 突っ込んだのはきみひろだった。
「……な、なんで、何もしないんだよ、戦えよ!!」
「あのね、何度も言ってるだろう? 僕は戦闘に向いてないって。それに気に入らない餓鬼の言うことを聞くより、こっちの方が断然マシなんでね」
「!」
 自分がどんなに危機的状況に陥っても、気に入らない奴の利益になるようなことをしないのがドープであった。
「はっはっはっは。そこまで嫌われてるのか、ボウズ。かわいそうによぅ。それにしても、あんたは面白い奴だな。ボスに会わせたくなるぜ」
「それはどうも。で、どうするの? 早くすませてくれる?」
 二人の男に鷲掴みされても、全く抵抗しないドープ。
 されるがまま。
 まるで、こんな状況、慣れているかのようだ。
「へへ。ホントにいいねぇ、あんた。おい、二人を連れて行け」
 ゆるゆる連行されるドープと違い、きみひろは必死に抵抗する。
「いやだ、はなせ、はなせよ!」
「おい、うるさいから黙らせろ」
「この、むぐっ……」
 口や手、足を縄でしばられ、運ばれるきみひろ。ドープも目隠しされ自由を奪われる。
 二人はたくさんの妖しい奴らに囲まれながら、暗い暗い闇の中に連れて行かれるのであった――
 

 

 
3.馬鹿もお断り!に続く……
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