汚れた町並みの所為で、雲以外に付きまとう霧。月がぼんやりとしか照らさない町外れ。
いくつか月に照らされ反射する倉庫の一角の退廃した倉庫。
よもや、この建物の出来事を月明かりだけが、全てを目撃しているとは誰も思わなかった……。
「さぁて、お楽しみの拷問タァイム」
隻眼の男が指を鳴らすとスポットライトが二人の影を照らす。
目隠しされ椅子に縛り付けられた、ドープときみひろ。
「どうだい? 今の気分は?」
目隠しを外された二人。
ドープは平然としてゆっくりと周りを確認する。ライトの所為で中の様子がわからないが、どうやら鉄の錆びた匂いからして何らかの工場のようだった。
そして凄くめんどくさそうに隣を見る。子供は震えていた。
強面の男たちに囲まれているので、無理もないことだが……。
「そうだな、もう少し紐を緩めては欲しいね。痛くてたまらないよ」
「はは、それは出来ねぇ相談だな。あんたが何を隠してるか素直に吐いちゃえば簡単だけどなぁ」
きょとんとする、ドープ。
「なんのこと?」
「ははっ。そんな嘘は通用しねぇぜ、<薬師>さんよぉ。俺はこれでもジグモの左腕グレイ様だぜぇ、どんだけ嘘を見抜いてきたと思っているんだよぉ」
「へぇ! 君、あの子の左腕なんだ。すごいね」
つまんなさそうにしていた、ドープは急に爛々とグレイをまじまじ見だした。
「そんなにまじまじ見なくてもなぁ、それより……隠し事は何なのか、吐く気はないのかいぃ」
「吐く気ないっていうか、吐くものがないよ」
さらりと嘘か本音かわからない笑顔で言う。そんなドープを今度はグレイがまじまじと観察し、薄気味悪く笑う。
「へっへっへ。そうかい、そうかい。じゃあしょうがねぇなぁ、……おい」
数人の男が「へい」とうなずき、ドープを取り囲む。そして、木の椅子に簡易に取り付けてある丸い金具に、縄を取り付ける。
「吐いちまえば、楽なれるのによぉ」
ガコンッ
鈍い音がし、ドープは椅子ごと宙に浮く。
「お、おい! <薬師>!」
きみひろは宙づりになってどこかに運ばれるドープに目を見張る。
ドープはそれでも平然として、周りを見ている。
出口は困ったことに見当たらない。
どうやらここは、なにかの高炉のようだ。
壁全てが二重構造になっておりそう簡単に壊せるものでなかった。
「さぁて、準備が整うまでの間、ぼくちゃんにもはなしを訊こうかなぁ?」
「ひっ」
グレイはゆっくりときみひろの肩に腕を乗せ、耳元でささやくように言う。
「ボウズはあいつ以外、誰か雇ったのかい?」
ぶんぶんと首を振るきみひろ。その顔は既に蒼白だ。
「君のおばあさんの所にやった奴らから連絡は来たが、いっこうに帰ってこないんだ……、お前さん、心当たり無いのかいぃ?」
「し、知らないよ! ば、ばっちゃんに何したんだよ!! ばっちゃんに何かしたら許さないぞ!」
涙目になりながら、きみひろは虚勢を張る。
そんな彼の姿に、にんまりと笑うグレイ。
「心配すんなぁ。お前もすぐ、後を追うんだからなぁ」
「…………!」
その意味を知って、きみひろは愕然とし、ドープを睨みつける。
「ちくしょう、お前らなんか大っ嫌いだ! <薬師>の野郎も嫌いだ! なんでばっちゃんを助けないんだよ! 前は助けてなんで、どうして今回は助けないんだ!! 馬鹿、馬鹿、馬鹿!」
ガタガタと椅子を揺らせ、きみひろは騒ぐ。
どうしようもない怒りが、ドープへと向けられているが彼は全く気にしてない。相も変わらずどうでもいい表情。
「はは! いいねぇ。唯一の頼みの綱が、こんな男だったなんて! 安心しろよ、ボウズ。先にあいつから逝くんだからよう」
グレイは指を鳴らす。すると五メートル先にスポットライトが照らされ、地響きが鳴りだす。
地面が割れ、中から蒸気が音を立てて現れた。
ドープはその真上に。
「ここはよう! 元セメント工場でなぁ。あつ〜〜い、出来立てのセメントが手に入るんだぜ、ここに入るときの叫び声はどんな奴もぴーぴー言うんだ。いい声でなぁ」
「その割には、僕の場合、早くないかな? まだ拷問とやらもしてないし……」
ぐつぐつと音をたてている炉を一瞥し、グレイに質問するドープ。
彼は不気味に笑い始める。
「へへへ。そりゃぁあんた。この辺りでは有名だからよう。<薬師>は敵に回すと恐ろしいってなぁ。だから早めにあんたはセメント詰めにするんだよう。なに、こっちにかわいく鳴いてくれそうないい生け贄がいるからな」
きみひろの肩を叩く。
これから何が待ち受けているのか、想像できない恐怖にかられ、彼は声もでなかった。
逆にそれ以上にピンチな、ドープは熱い蒸気に触れているのに汗一つかがずに、なおも口を開く。
「ねぇ、君たちはあそこ一体の土地がほしいんじゃなくて、その下のでっかい地下空洞が欲しいんだよね?」
いきなり突拍子もないことをしゃべりだしたドープ。
しかし、きみひろを除いた男たちの顔は険しくなる。
グレイが鋭い視線で聞く。
「どうして、それを知ってるんだ?」
「これでも、長生きはしている方なんでね。自分の生活している土地の状況ぐらい知っているよ。その地下空洞が、お隣の裏街道の地下に繋がりそうなこともね……」
一瞬のざわめき。
完全にこの場の全員がドープに注目する。
ドープはその反応を見て、嘲け笑う。
「はっ、そんなつまんないこと考えてたんだ。もっと別のこと考えていてくれれば、よかったのに…………。実に、……えっとグレイ君だっけ?」
ドープは今誰よりも、一番高い所にいる。
最大の侮辱を言うのには絶好な場所。
その場所でドープは憐れみを含む目で告げた。
「君、残念な頭だね」
「!?!」
ぶるぶると震えるグレイ。部下たちは言っている意味がよく分からないので、狼狽える。
命知らずというより、もはや自棄になっているのか、さらにドープはグレイを挑発する。
「こ、の、俺様を侮辱しやがったな!」
「本当のことだもん。君、どうしてあそこ一帯がずっと民家だったのか、全く疑問に持たなかったでしょう?」
「うるせぇ! 不愉快だ! 落とせ、すぐにだ!!」
「へ、へい」
数人の部下が隣の動作室にいる部下に、目で合図する。機械がドープの最後の時を無慈悲に告げる。
ウィーーン
ギィィン!
「っ! く、薬師!」
きみひろは、落下していくドープの顔を見た時、ゾッとした。
今までよりも、奥深い海の底のように暗い、暗い瞳。
それは、死に行くものの表情ではなかった……。
(ど、どうして、そんな顔できるんだよ!?)
ドボォォォォォン!
一瞬だった。一瞬でドープは赤々としたセメントの藻屑になったのだった。