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あの人は、覚えていてくれた。
あの人はまた気付いてくれた。
嬉しい、嬉しいわ。
でも、あの人は私を見てくれない。
悲しいの、悲しいのよ。
あの人に近づく奴ら全て壊してしまいたい。
壊してしまえばいい。
でもね、あの人は真剣に止めるのよ。
それが、とても、とても、苦しいの、悔しいの。
羨ましいの、妬ましいの。
お願いだから、私だけを見て……。
私だけの貴方でいて……。
「お姉様、レイナお姉様、大変、たいへんっ!」
アジトに戻ったカルネはどこかにいるレフィーナを呼ぶ。
両手でイーラを持ち上げて帰ったカルネは、めずらしく慌てている。
「カルネ、どうしたの?……まぁ、イーラ」
イーラの頬の傷を見たレフィーナは僅かに眉を上げる。
「お姉様! ルーお姉様が、放心してるのっ。もう、あいつカルネが殺してきていい!?」
「それは、ダメッ」
「ひゃんっ」
帰り道、カルネがずっと話しかけていても、反応しなかったイーラがようやく、言葉を口にした。
カルネの手から降りて、今度は彼女の肩をつかんで真剣に言い放つ。
「それだけは、絶対にダメよ」
「ふ、ふわぁい」
その剣幕に、カルネはこくこく頷く。
「落ち着きなさい、二人とも」
レフィーナは間に入って、二人をいさめる。
「う、うわぁぁぁぁんっ。お姉様〜〜〜ぁ」
姉の姿を見てほっとしたのか、イーラは飛びついて泣きじゃくり始める。
「どうしよ〜、嬉しい〜〜」
「え……」
「あの時のこと覚えていてくれたぁぁぁぁぁ」
「わお、ルーお姉様が壊れた……」
「嬉しいけど、悲しいよ〜〜〜」
「イーラ、と、とりあえず、落ち着きましょう」
レフィーナは声がうわずる。
妹が怪我して帰ってきて、第一声が嬉しいときた。
さすがのレフィーナも度肝を抜かれたようだ。
(頭を打っているわけではないのよね……)
しがみついて離さない、イーラの頭部をチェックする。
髪飾り以外に異常は見当たらない。
(我が妹ながら、すごい思考力だわ)
これが正常だと判断したレフィーナは、イーラが大変ずれた思考回路を持っている結論に至る。
それを理解し、今の状況を大体把握する。
「こんなに苦しいのにぃぃぃぃ〜〜。でも、嬉しいぃぃぃぃ」
「その人を、独り占めできないのが、苦しいのかしら?」
ひっく。
泣き声が止まる。
それが肯定を表していた。
(わかってる。わかっているわ)
自分にもレフィーナやカルネがいるように、ハイレンにも大切な仲間がいることを。
(どうしたら、あの輪に入れるのかしら?)
ジルと呼ばれる男と、楽しげに会話していたハイレン。
「私も、あの人とあんな風におしゃべりしたいのに……」
ずるい。
そう思ったら、その仲間を攻撃していた。
必死で庇っていたあの人も妬ましくなって……。
「嫌われちゃったかな……」
「イーラ……」
「うぅ、お姉様、かわいそうっ。カルネも泣いちゃうっ」
二人揃って、今度は泣き出す。
しかし、一人レフィーナは妹の気持ちの変化に気付いて、提案する。
「では、仲直りをしに行ったらどうかしら?」
「え」
「ふぇ?」
「今のイーラは、その人と仲違いをしてしまったことに、後悔しているのよね? 嫌われたくないと。なら、この際、喧嘩とか置いといて、仲直りすればいいんじゃないかしら」
実際は喧嘩ではなく、殺し合いだったのだが、そこは綺麗に誤摩化すことにした。
その方が、恋愛に夢中なイーラにはいいとレフィーナは思ったのだ。
「仲直り……」
一瞬、意味が分からなかったイーラだが、素直にその言葉を受け入れたようだ。
蒼白だった頬に赤みがさした。
「そうね、仲直りするのだから、その貰った髪飾りに似合うようなお洋服とお化粧をしていってみたら、その方とも、ゆっくり会話することができるかもしれないでしょ」
「そうよ。お姉様! 折角、髪がサラサラになってきたんだし、おめかししましょうよ」
約二週間、最初は慣れなかった肌や髪の手入れも、カルネやレフィーナの助力により、少しずつイーラは一人でもケア出来るようになったのだった。
「頬の傷は浅いし、すぐ治るわ」
そっと、イーラの涙を拭い、レフィーナは優しく微笑みかける。
二人の優しさにまた、イーラは込み上げてくるものを必死でこらえた。
そっと髪飾りを指でなぞる。
百合をかたどったガラスの髪飾り。
『あんたが舞えば、キラキラ光る太陽だな』
そう嬉しそうに語ってくれたあの人に、イーラはまだお礼を言っていないことに気付く。
すごく嬉しかった。
その気持ちを素直に伝えられるなら……。
「な、か、直り……したい、です」
嫌われてしまったら、もう会ってくれなかったら……そう思うとイーラは怖かった。しかし、このまま、会わないまま、時が過ぎることの方が怖かったのだ。
剣を置いたら、あの人は、振り向いてくれるかしら?
「そうと決まれば、カルネの超特製、肌にいいお化粧を用意するわ!」
色々準備しなきゃ、元気よくカルネは自室の倉庫に飛んでいく。
「そうね、私もイーラにとびっきり似合う、お洋服でも繕おうかしら」
「あ、わ、わたし……」
私も何かしなきゃ……そう思って立ち上がったイーラの顔にレフィーナの手が覆う。
「イーラはほんの少し、休みなさい……」
そう耳元で囁かれたが、既にイーラは夢の中だった。
「えぇぇぇぇぇぇ、お姉様、一体何を……」
「あらカルネ。見ていたの」
眠ったイーラをベッドに横たわらせ、出かける準備をしているレフィーナ。
「少し用ができたから、出かけてくるわ。後はお願いね」
「え〜。お姉様はハテナ過ぎるわ! さっきだって、ルーお姉様を戦いから遠ざけようとしてたしっ」
「別に遠ざけてはいないわ。ただ、今のイーラには戦うことはマイナスなだけだからよ」
戦士であること、女であること、どちらにもなりたいイーラだが、心の整理がつかないのだ。
「追走劇が始まって約三週間。ほとんど寝てないイーラには休憩する時間が必要なのよ」
「だからって、その間に内緒であの男のとこへ行こうとしているお姉様は、ずるいわっ。カルネも行きたい!」
「駄目。そこで待っていなさい」
「行きたい! 行きたい!」
鋭い妹は、他人の気持ちには疎い。
レフィーナはややこしいことになるのは、避けたかったのだが……。
予想通り、そううまくは行かないらしい。
力ずくで行っても良かったが、それはそれで、後々に支障が来るのだ。
「会いにいくだけだから、大人しくしていることが条件よ。わかった?」
「あい!」
カルネは嬉しそうに返事をする。
レフィーナはそんな妹を横目で見ながら、微笑む。
――そろそろ廻り始める頃かしら。