戦の魔女 ーシュラハト・ヘクセー
06.冷酷な女王(アミーラ・クルーデレ)のオラクル

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 イーラが宿を襲撃した日の夜。
 ハイレンはイルテの外れにある森の中で、一人ため息をついていた。
「あぁ、暇だ」
 依頼とはいえ山賊はそうは現れない。
 三日前内紛が収束したが、それに比例して死体を漁る、山賊共が後を絶たないから、それを退けることを依頼された。
「あんまり、いないようなんだけどな〜」
 腫れた頬をさすりながら、月を眺める。

 

 結局俺は、あいつのことどう思ってるんだろうなぁ。
 初めは女子力のない女だから、相手にしなかった。そうすると、大抵の女の欠片もない奴は他の男の方へ去っていく。
 そんなもんだと思っていたけど、あいつはすごい直球だもんな。
 好きだと言いながら、殺すと襲ってきて、嫌いと言いながら悲しそうな顔をする。
 まるで子供だ。
 そんな駄々をこねた子供のような奴を、好きになるのかって言うと、……ならねーな?
 ならねーよ。
 しかも守ってやるって言われるし、女子供に守られたら、俺の立場は全くなくなるだろーがっ。
 だけど、怪我させちまったし〜。
 あ〜〜、もうどうすればいいんだよ!
 普通のそこら辺にいる女子だったら、こんなに悩まないのに。
 触れてはいけない、存在だからだ。
 あいつは触れるし、なんていうかシーザー達としゃべっているような感じになるから、つい区別がつきにくくなるんだよ〜。
『あなたは、あの方を女性と見ていないのがいけないのですっ』
 そういってシーザーにぶん殴られた頬が痛い。
 ごもっともだ。
 自分の女性像とあまりにもイーラはかけ離れている。
 俺より強いし、お淑やかじゃない。
 目の前にいる美女とかだったら、俺はそう悩まないのになぁ……。

 ハイレンはそこで、思考を止めた。
「こんばんは」
 欠けた月がその黒髪の女性を後光の様に照らす。
 足までつく髪はまるで絹のように揺れ、その黒い髪から覗く紅い唇が、にっこりとハイレンに向かって微笑んだ。
「こ、こんばんは」

 ハイレンは昨日のシーザーの言葉を思い出す。
『長女のレフィーナはもう全てが美しいって思ってしまうのですよ』
 半信半疑だったが、どうやってこの月明かりの下、自分の知らぬ間に目の前に現れたのかという疑問を海に放り投げるくらいどうでも良くなる美しさだ、とハイレンは納得する。
 黒髪、黒服。
 黒と思い浮かべるのならこの人を指すと断言してもいいほど、黒を纏うこの人は綺麗だった。
 自分を見つめている美女の小さな唇がゆっくり開く。

「貴方が、イーラの想い人かしら? はじめまして」
 声も美しい。
 ハイレンにいわせれば文句のつけどころのない、跪きたくなる女性だった。
「初めまして、お嬢さん」
「……」
「俺に何か?」
「なるほどね。貴方は女性に対しての硬い心の壁……。それがそんな風に言動に表れるのね」
「女性を守るのが男ですから」
「その信念をもう少し、イーラに配ってあげられないのかしら」
「あれは女性とは言いませんよ。強いしお淑やかじゃないし……。貴方のような美しい方を女性というのです!」
「ふうん」
「えぇ、確かにあいつは少し髪艶とかよくなってますが、性格はまるで変わっていない。それに服もダメだ。あげた髪飾りにあう様な女に…………」
 ハインは気付く、自分の背中に人が乗っていて首元に刃物が押し当てられていることを。
 視線だけ向けると、そこには黄鉄鋼(パイライト)の髪をした子供が薄笑いを浮かべ、瞳は静かな殺意に燃えていた。
「カルネ、やめなさい」
「こいつ、ルーお姉様のことを、馬鹿にしたよ。やっぱりカルネが殺したい」
「気持ちはわからないでもないけど、会いにきただけだから、貴方はそんなことしなくてもいいの」
「え〜、こんな奴カルネが、ずたずたのギッタギッタにした方が早いよ」
「すげぇな、お前。本当に気配無いんだ」
 気配に敏感なハイレンはただ、驚きしかなかった。口を開けば騒がしいカルネだが、ひとたび口を閉じれば、そこに存在するのかもあやふやなのだ。
「カルネはお前じゃないもん。カルネだもんっ」
「あ、そうなの。んじゃ、カルネ、餓鬼はもう寝る時間だぞ」
「餓鬼!? カルネ、子供なの!? ちょっと嬉しい!」
「カルネ、少し口を閉じなさい」
「あいっ」
 ようやくカルネはハイレンの背中から降り、レフィーナの元へと駆け寄る。
「妹が迷惑をかけてごめんなさいね」
「いや、全然、問題ないです。むしろびっくりしただけなんで」
「そう、それはよかった。……じゃあカルネ、帰りましょうか」
「え!?」
「え」
 レフィーナの帰る宣言に二人は耳を疑う。
「そんな、これだけなの! レイナお姉様っ」
「ええ」
 確かに会いにいくだけだと、行く時に言われたが、カルネは色々と納得できなかった。
「こ〜んな、ズボラな男に、優しくて単純で素直なルーお姉様は泣かされたのよ! それをただ、お姉様は会いにきたっていうのっ」
「そうよ」
「〜〜〜っ」
 まだ、納得いかないカルネだが、レフィーナの優しそうな笑顔に、押し黙る。
「あ、あの」
「あら、何か?」
 立ち去ろうとする二人の女神達に、ハイレンは声をかける。
「一つ、質問してもいいですか?」
「ええ」
「あいつはどうして赤色が嫌いなんですか?」
「……気付いていたの」
「まぁ」
 普段からフード被っているのは、他人に姿を見られたくないからだと、ジルは語っていたが、ハイレンはふと、イーラ自身も自分の姿を見たくないのではないかと思った。
「髪の話をする度に苦い顔をするので、そうなんじゃないかと……」
「そうよ。イーラは今の自分の髪の色が大嫌いなの。……元々は私と同じ黒い髪だっただけにね」
「え?」
「あの子の髪は先にかけて赤いけれど、それ以外は黒いでしょう?」
 確かに、イーラの頭部は黒で、先にかけては不思議な色合いの黒から赤のグラデーションになっていた。
(しかし、白色になるのはわかるが、なぜ、赤くなるんだ?)
 ハイレンの疑問を見通すかのように、レフィーナは凍るような言葉を紡いだ。
「たくさんの血を浴びたからよ」
「!?」
 ハイレンは目の前にいる女神を凝視する。
 彼女は微笑んでいた。
 しかしその美しいと思える笑顔は、笑ってないと戦慄した。
 彼女に殺意はないのに、距離をとりたくなる圧迫感に、ハイレンの頬に汗が伝う。
 彼のその様子に、レフィーナは、くすりと笑みをこぼす。
「そうね、昔話をしましょうか」

 そういって、レフィーナは遠い、遠い昔の話を語り始めた。

 

 
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