錆びれたテントの一室。ムイはフードをかぶって床に座っていた。
何かを待っているかのように。
何を待っているのか、ムイは分かってない。
ただ、この時になると誰かが訪ねてきたような気がしていた。
しかしいつまでたっても、その声は聞こえない。
暗いテントの中で唯一のたき火の音。
ムイはじっと見つめる。
似たような暗闇で、たくさん何かを見てきた気がする。
自分はそのとき何を思ったのか、何を感じたのか、彼女は記憶を探ろうとするが、頭の芯がひどく鈍い音を奏でる。
――なんだ? なにが、足りない……?
ムイは赤々と燃える炎を睨む。
自分の髪と瞳と同じ色の赤を…………
以前、血と同じだとつぶやいたムイに、誰かが怒鳴った。
それは誰だったのか……?
いつも右手を握ってくれたのは、誰だったのか?
暗い茂みの中で見つけてくれたのは、
誰だった…………?
ふと、ムイは疑問に思う。
ここはどこか、と。
自分は何しにここにいるのか、どうしてここにいるのか、わからなかった。
わからなくなっていた。
――変だ。
――苦しい。
胸を押さえ、うずくまるムイ。
どうしてだか、傷を負ってないのに胸がズキズキ痛んだ。
頭も何か警鐘を鳴らすように、痛い。
ムイは渦巻いている感情が理解できず、立ち上がりテントを飛び出す。
誰かがムイを呼び止めるが、彼女には聞こえていない、耳鳴りがひどくして苦しくて闇雲に走る。
何がしたかったのか。
私は誰だったのか。
頭の中でよぎるのは誰なのか。
――会いたい、あの人に
「あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……………!」
――無理だ
ムイは叫んでいた。
たくさんの何かが頭の中に溢れ、渦巻く。
そうだ、彼はいない。
倒れた、あの戦場で。
頬に伝う涙にムイはわからずに、ひたすら走る。
何もかもがわからない。
何かを叫びながら、ひたすら走る。
彼に何か言いたかった。
その言いたい何かも、わからない。
どうして……?
本当はわたし、わたしは………………………………………………………………………
「ムイっ!」
全力で走っていたムイは急に後ろから腕を掴まれ、引き寄せられる。
引き寄せたのは、救護室から抜け出してきたユウだった。
「あぁぁぁぁぁううぅぅぅぅっ」
しかし、錯乱する彼女は必死で抵抗する。
ユウは傷口が開くのも構わず、抱きしめる。
「ムイ、俺だ、わかるか?」
震え、泣いている彼女に、優しく語りかけるユウ。
「…………あぁぁぁぁ」
「っ、ごめん、ごめんな、ムイ」
髪を撫でながら、強く抱きしめる。
ユウは、ムイの感情が戻ることを願っていたが、それを少し後悔した。
感情は生きていく中で少しずつ経験し学んでいくもの。
悲しいこと、嬉しいこと、楽しいこと、苦しいこと。
しかし、ムイはその感情を学ぶ時を奪われて、行き場のない想いは心の奥へ奥へと閉じ込められていった。
わかっていたけれど、ひどく安心している自分がいる。
今のムイは、ひどく危うい状態なのに。
わからない思いに、ただ赤ん坊のように、泣き叫ぶしかない。
「うぁぁぁ、いやだ! ころしたくない! ごほっ……、すてないでっ、やだやだやだぁ…………!」
「ムイ大丈夫だ、落ち着いて、深呼吸するんだ」
「やだっ、知らない! っ、にいちゃ、どうして、あいにきてくれないのぉ…………」
ユウの胸に手を打ち付けながら、ムイは今までの感情を一気に叫び続ける。
子供のように……。
「大丈夫だ。兄ちゃんはここにいる。ずっといる」
「どうして、ないのっ、ひっくっ、………………たたか、い、たく、ないよぉ……」
「あぁ、もう戦わなくていい。俺が、お前を守るから」
子供をあやすように、ムイの背中を叩きながら、抱き上げユウはさらに人気のない所へと行く。
もう、誰にも彼女を渡したくない。
彼女を縛り付けたくない。
排煙の空。昔見えた星も月も今は見えない。
一日中、薄暗いまま。
とても軽い彼女を抱きしめ、ユウは荒れ果てた大地の岩壁に座る。
体力的にも限界に近かった。
ムイはひとしきり叫んで、疲れたのかぐったりしている。
「ムイ?」
優しく頬に残る涙を拭いながら、ユウはムイを呼ぶ。
ひどく小さい呼吸音、いつもより冷たい体温。
ずっと、彼女は食事をとっていない。
彼女もまた限界に近かったのだった…………。
ユウはゆっくりと頬に口づけをする。
「ん……」
うっすらと紅の瞳を開けるムイ。
微かにほっとするユウ。
「ユ、ウ?」
「あぁ、俺だよ。ごめんな、ムイ。ずっと一人にして」
「…………わ、た、しも、ごめんな、さい……。あなたを、とおざけ、てた……」
記憶が戻ることが、感情を持つことが怖かった。ぽつりとムイは言った。押さえきれない何かが溢れることが、ユウの存在が自分の中で大きくなっていくのが理由もわからず、怖かった。
だんだんと周りが明るくなる。朝日が昇る時だけ灰色が橙色に変わる。
暖かい日差しが、二人をきらきらと照らし出す。
「……ごめん、な、さい……」
「いいんだ。俺も似たようなことをしてしまった。もう謝らなくていいんだ」
ようやく、二人っきりになれたんだ……。
そういい、今度はムイの冷たくも愛おしい唇へ触れた。
「好きだ、ムイ」
「す、き……?」
「君のことが誰よりも、何よりも大切ってことだ……。愛してる」
ムイの瞳を真っすぐ見て、ユウは穏やかにいう。
彼女はそんな彼の瞳をじっと見つめて、微かに笑う。
「やっと、みれた。そらの、あお」
彼を引き寄せムイは、その瞳へ唇をあてる。
輝く朝日に照らされた彼の青い瞳に……。
――二人の遠い、遠い昔の願いが、叶った瞬間だった。
「すき……、ずっと、ずっと………………」
「あぁ、ずっと一緒だ…………」
――できるなら、いつまでも一緒に幸せに暮らしたかった。
ユウは両親と暮らしていた今はもうない故郷で、ムイと一緒に暮らすことを想像した。
無理だと知っていても、望んでいた。
いつまでも続く、争いに終焉はくるのだろうか?
果てしなく広がる空に、ユウはもう一度願いをする。
いつかこの戦争が終わり、人々が大切なものを二度と失わないようにと………………。
太陽が昇りきり、再び排煙の空が世界を覆う。
誰も知らない岩壁の下で、二人は安らかに眠っている。
いつまでも、いつまでも離れることはなかった――。
☆追記☆
ここまで読んで下さった皆様、本当にありがとうございます!!
今回は、暗くて悲しいお話でした。
結構、淡々と進めた方がいいかな? と思い、薄く広く均等に、戦争と悲愛を書いたのですが……やはり暗いし、長くなってしまいました(汗
短編なので、ムイとユウ以外の人物は省きました。遠慮なく。
書いていたら中編になってしまうので……。
それに戦争のお話は、見方によって全く違う感じになってしまうので、そこが何とも難しい所です。
歯車が効かない戦争ほど怖いものはないと彩真は思います。
全てを奪ってしまう戦いに勝ち負けって必要なのか……?
疑問に思っても何も出来ない、しないのなら、彩真は偽善者です。。。
あとがきまで暗くなるので、その話は流して、、、本編の話に戻します〜
ムイという名前は、ユウが付けたものです。『無為自然』からとってきたと思います。ユウは『無』の反対から単純に作者が付けました(笑
これが現代だと、ユウははっきりいってロリコンになる範囲ですね(爆
彩真は風景描写が苦手なので、今回はかなりわかりにくいかもしれません。
そこは皆様の想像にお任せします(平謝り
心理描写の方が得意?というか好きなので、ムイの感情の移り変わり、ユウの苦悩に力を注いでしまいました(苦笑
感情を抑えることは、生き物にとって、とても辛いことだと思います。
こまめに吐き出すか、なにかで昇華しないと心が壊れてしまう、ムイの心情は大げさですが、そう言った意味も含めて書いてしまいました…………
あまり力を入れると、読みづらくなるのでセーブが難しいです……
恋のシーン(告白シーン)をはじめて書いてみたけれど、、、やっぱり少々恋愛系は苦手だなっと感じました。
うん。これ以上は無理。
だんだんいろんな分野を書いていくと何が苦手で、何が書きづらいのかわかってくるので、楽しいです^^
今後もいろんなジャンルに挑戦していきたいと思います。
最後まで見て下さった皆様、本当にありがとうございました!!!!
疑問などございましたら何なりとご質問下さい♪
感想も大歓迎です!