2/2p
『デ、コノオトコニハ、シャベッテイイノカ?』
モルテ継承のこととかを躊躇なく他者に話した王女をからかうように問う。
ああ、別にいい。必要なくなるからな。
傍らの部下を優しく支えながらはっきりと返す王女に毒気を抜かれた気分だ。
『フ〜ン』
そしてふと、思い出したように尋ねてきた。
『ホントウニヨカッタノカ』
……ああ。これで良いのだ。
『ソウカ』
何をだ? と問い返さない。
――嘘というものは悲しいのだな。
モルテは心の中で零した。
この幼い少女の胸の内は、少女だけにしかわからないのだ。
モルテはフロアとの契約の時を思い出す。
「お嬢さん、俺が見えているな」
「お前が死神のモルテか」
「ご名答」
七歳のフロアは臆する様子もなくモルテに話しかける。
「お父様との契約を破棄して、私と契約をしろ」
「それは無理」
「なぜだ」
「お前の父親とは死ぬまで、命令に従う契約をした。その命の中に『何があっても俺は父親が死ぬまで契約を破棄することができない』とある。だから無理だ」
暫く少女は考える。
その様子を楽しそうに、モルテは見ている。
「……ならば、契約は破棄しなくてもよい。その上で私と契約をしろ」
「ほう」
「とうさまの命には、二重契約をしてはいけないというものはないのだろう?」
「その通り、で、なんの命令をしたいんだ? お嬢さんは」
契約するということは、モルテに今すぐ命令をしたいから。
「私で最後にしてほしい」
「……最後?」
「そうだ、私でこのエスプリル王国の守護精をやめろ。私が死んだらお前は自由だ」
「二千年守ってきた平穏を壊すのか?」
「違う。私達人はもう精霊を頼るのをやめたほうがいいのだ。お前たち精霊は奴隷のように扱う存在ではない、と、私達は知るべきなんだ」
精霊たちは、人々を遠くから見守る存在。
それ故高貴で、崇高な存在。
それを人間が勝手に首輪を付けて自由に従えてはいけないのだ、とフロアは語る。
「なぜ、俺がこの王家に捕われているのか、知っていて、解放するというのか?」
「ああ。お前は死の死神。そして、全ての精霊の中で絶対の存在。お前が一度動けばそこは死が広がっていくのだろう。死を欲して」
「ご名答」
「ならば、死んだお前の側にずっといれば、『死』が常に側にいるのだ、死を欲することはできないだろう」
「……つまり、お前は死んだ後も俺と離れないと? 転生もせずに、永遠に俺の側にいると?」
「そうだ」
死んだものは、モルテ(死)に気付かず通り過ぎ、転生への輪廻の輪へ戻る。
モルテは誰にも気付かれない存在だ。
「寂しかったのだろう? 死という存在が死に気付いた瞬間に消えるのだから」
「……」
「お前はそれでいいのか? お前が大きくなったら、恋をするだろう」
「確実に恋をする。だが、子孫を残す気はない。私の代でこの王国も終わる。一から始めるのだ。人間だけで生きていく世界を」
「お前は残酷なことをするのだな」
「その前に、捕われている精霊たちを解放しなくてはならない。私とお前の力があれば、それが可能だと私は判断した」
「……お前は、いいのか?」
「何をだ?」
「それで本当にいいのか」
自分を犠牲にしてでも精霊と人間達が別々に過ごしていた始まりに戻す、そのことに精霊達は喜びこそすれ人間達は嘆くだろう。精霊達と一緒に過ごさなければ次第に精霊の姿を認識できなくなる。始まりに戻れば、人間達が精霊の存在を忘れるのはそう遠くないだろう。
だが、それはこの一人の少女がこれから人生の総てをかけて行うことだ。
そこまでして精霊達を解放することに価値があると宣言する少女が不思議だった。
「ああ、私の全てをかける価値はある」
それに、と付け加える。
「お前を通して精霊達がいない世界を見るのもそう悪いものでもないのだろう?」
そう言い放つ少女にモルテは瞠目した。
同時に納得した。
人間と精霊一緒に暮らそうと手を差し伸べた一人の人間と似ていると。
あれが始まり。
そしてこの少女が終わりということなのか。
「そうか」
もう終わりが来たのか。
死のモルテは終わりが悲しいのではなく寂しいことを知っている。
胸に寂しさが滲んできたのを隠すように笑う。
「では、契約をしようか」
精霊と人間の決別の誓いを……。
少女はその時ようやく幼い笑顔を向けた。
その笑顔にもまた、寂しさを感じた理由さえ、モルテは分からずにいたのだった。
了