Death Murder

序幕 〜道 二つ〜  |1p


 高層ビルが建ち並ぶ都会(まち)。十二時を告げる時報がどこからか聴こえてくるが、それでも人々はせわしなく稼働する。
 時間などおかまいなしと言うように。
 星の輝きも薄らぐネオンサインが点滅して夜でも明るい街中でも、路地へ入れば一変する。
 人々が捨てた闇と腐臭が満ちていた。
 ビルとビル。密集している地帯は特に闇は増す。
 そのビル群の、とあるビルの屋上に一人。彼はネイビーブルーのマントを深く被り、景色を一望していた。
「ま〜た、泣いて笑っているのかよ」
 その背中に声をかける者がいた。しかし彼は、音もなく現れた来訪者に振り向く様子はない。
 来訪者もそんな彼に気にすることなく近づき覗き込む。
「はは、あたった」
 チャコールグレイのマントを羽織った来訪者がにんまりと笑う先には、街の光に照らされた葵の髪、そして朱色(バーミリオン)の瞳から流れる透明な雫がキラキラと輝きながら透き通った肌から、赤く艶めく唇へと当る少年の姿。それはどう見ても、泣いて笑っていた。
「なんのようだい? マティ」
「いや、近くまで寄ったからお前の変顔を見ようかと思って」
「……君は悪趣味だ」
「それは其のまま、自分に跳ね返ってるぜ、エル」
「……そうかな……?」
 首を少し傾けたエルことエルベリトに肩をすくめるマティことマティム。
彼はこの感情を一つにまとめられない親友に何を言ってもめんどいことだと知っている。
 ゆえに、心配などしないし、理由も聞かない。
「見ていて飽きないってお前にピッタリな言葉だよ」
「僕は君にどう言葉を投げようか迷うよ。なんだい? その鎌は」
 涙を拭きながら、もう片方の手でマティムが持っているというより担いでいる業物を指す。よくここまで誰にも見つからずにこれたものだ。普通だったら警察に連れて行かれるであろう。
 しかし、当の本人は尋ねられて嬉しかったのだ、嬉々としてしゃべり始めた。
「ん、あぁ! これ、まだお前に紹介していなかっただろ! ほしくってな。金物屋で安く売ってもらったんだ」
「いや、そもそも、どうして買うのかわからない」
 いやー、値切るの大変だったぜ、と熱く語りだす親友に対し、銃刀法違反で捕まりたいのか? と少し距離を置くエルベリト。
 こちらまでなにか被害が飛びそうなのが怖い。
 エルベリトは手に持っているものをもう片方の手で守る。
 その姿を見たマティムは群青色の瞳を細めて笑う。
「そいつらが、噂してたのさ。“俺たち”は鎌を持って自分たちの命を奪うって」
 そいつら――、マティム手のひらにある角のとれた黒い石。
「……それで君は鎌を持つと……?」
「そゆこと」
 いたずらっぽい笑みをこぼす悪友にエルベリトは悲しくつぶやく。
「それでは噂が真になるだけだ」
「いいじゃないかっ。俺は構わない。別に、俺たち一族が人間に“死神”と呼ばれ、命を奪う悪魔だと罵倒されてもね。そっちの方が断然面白いじゃないか」
 屋上の縁をゆらゆらと歩きながら、笑うマティム。彼のフードから見える鉛色(シルバーグレイ)の肌。それは人間にはない肌だ。マティムを含め大半がその肌を持つ。
 故に自分たち一族は、人ではないと思っているのが多い。
 それでもエルベリトは思う。
「……僕らは人と同じ存在(いきもの)だよ」
 それを背中越しで聞いたマティムは、ただ肩をすくめた。

 

 

序幕 2pに続く
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