――翌日
覚束ない足取りで、街中を歩くエルベリト。
あの後、一晩中泣き笑いを繰り返していたので、体力を蓄えることができなかった。
エルベリトは主食である人の魂、黒い石を食べない。しかし、ある程度、人の魂を食していないと、彼らはまともに動くこともできなくなる。それを彼は動かない日を作ることによって回避していた。そうすれば体力が温存でき、多少ではあるが、次の日動くことが容易になるのだった。
――マティが来る度これでは、先がおもいやられるな……。
壁に寄りかかりながらも、彼は苦笑する。時間は果てしなくあるのだから休めばいいのに、どうしても動きたくなるのだ。
人々の輝く魂を見たいがために。
もう昼時の所為か、大通りは人で溢れかえっていた。おそらくエルベリトの瞳には神々しい限りの命の源が大海原のように広がって見えるのだろう。
クゥ〜〜ン
――あぁ、ごめん。僕、またやらかしていたかい。
涙を拭う。
エルベリトの位置から数メートル離れたビルの屋上にフェルはいた。主を見守っている彼は、主人の表情に小さく鳴き声をあげる。
人通りが多いので、狼である彼は、こうして隠れながら主人についていく。
彼らは人の目に映らなくできる道具を持っているのだが、昨日唐突に悪友から使い魔を返されたため、フェルの分は持っていないので、このような手段をとっていた。
エルベリトの今着ているコートもフードを被れば姿は他者から見えなくなるのだが、触れることは避けられない。
それに加え今は体力なき身。
人ごみでは使いづらいのだった。
そのため、目立つ髪に黒のカツラをかぶりそれに帽子で瞳を隠しながら、壁にへばりついて歩くという、ある意味目立つ行動をしていた。
――もう少し見ていたいから、限界になったら君を呼ぶよ。
テレパシーを通じて短い返答がきた。
エルベリトとフェルは主従関係となった日から、意思疎通ができるようになった。距離に限度はあるが、このやりとりのおかげで、昼もフェルを連れて歩くことができる。
フェルの了承をききながら、ゆったりと街中を見渡すエルベリト。
映る景色が嬉しくて、その一つ一つが散っていくのが悲しくて……。
握りしめる手のひらから伝わる感触に一層、その感情が込み上げてくる。
角にさしかかった所で、衝撃を受けた。
ひょろひょろのエルベリトは見事に数歩飛んだ。
その拍子に何かが転げる音も聞こえた。
「ちょ、大丈夫ですか!」
「いえ……」
どうやらエルベリトは女性の持っていた大量の荷物にぶつかり、吹っ飛んだようだ。無事な女性は、驚きながらもすぐに駆け寄ってきて、彼を起こした。
「ご、ごめんなさい。慌てていたもので……」
「……だ、大丈夫ですよ。ぼっとしていた僕も……」
悪いのですから。
力なく微笑み、手元に転がってきたみかんを拾う。
「あ、ありがとうございます。……どこか痛いんですか!」
彼女は蜜柑を受け取りながら見たエルベリトが泣いているのに、びっくりして声をかけるが、次の台詞でさらに驚かなければいけなくなった。
「いや、綺麗だなって」
この場合、彼の“綺麗”は魂のことを指す。
しかし、このことはもちろん初対面である彼女は全く知らない。
急に言われたその言葉に、一瞬固まった彼女だが、突然鋭い表情に変えたかと思うと、パシッと軽い音を作った。
つまり、エルベリトの頬を景気よく叩いたのだった。
「この、金目当てのナンパやろうっ。そんな言葉にのるほど軽い女じゃないわ!」
再び吹っ飛ばされたエルベリトに罵倒を浴びせ、素早く去っていった。ヨロヨロと起き上がりながら、エルベリトは、彼女の言動がよく理解できなかったので、とりあえず残された荷物を拾う。
荷物を後で届けるためにフェルに彼女を捜すように命じる。
マントに包みながらも、思い浮かぶのはひときわ大きくな魂。
(あぁ、彼女の命はもうわずかなのか……)
人の命も星の終のように、最後は最上の輝きを放つ。
それに焦がれてやまないエルベリト。
胸がまた痛みだした――。
ふと、気がつく。自分の手のひらにあったものがないことに。
とりあえず、いつもの隠し場所を探るが、ない。
周囲の気配を探るが、ない。
「まさか、彼女の荷物に……」
――フェル、彼女を追う。手伝ってくれっ。
初動が遅いエルベリトはようやくことの重大さに気づき、焦るのだった。