――数時間前
「「「「カンパーーイッ」」」」
俺はとあるカラオケで、ネット仲間とオフ会という名のコスプレ大会を楽しんでいた。
え?
死神がネットなんてやるのかって?
愚問だな。今はウェブの時代だぜ、波に乗んなきゃ楽しめないじゃないか。
「よ、確かマティム、だったよな。お前のコス、すっげー完成度高いな」
「どーも、トイテさん。あんたのその装飾もすごいよな。どうやって作ったんだ?」
「おー、これか? これは針金で基盤作って…………」
つらつら、説明しだした騎士姿のコスプレをしているトイテ君のお話を、ふむふむと聞く俺。
内容に興味はないが、熱中して語りだす人間を観察するのは面白い。
それに俺の死神の恰好はコスプレじゃなくて、本物なんだけどね。
このシルバーグレイの肌もワインレッドの髪も。
「ねぇ、ねぇ、マーくん。前も思ったんだけどそのカラコン、色は何?」
ひょっこりと現れたのは、フリフリのレースを盛りだくさんに付け、彩られたゴズロリを可愛く着こなしているゆっきーだった。
ええっと、こういう系のをロリータっていうんだっけ?
「群青だよ。黄色の円のグラディーションもしてるけどね」
「えーー、どこで手に入れたの?」
「特注で作ってもらったの。どこかは、ひ・み・つ」
この瞳も実は本物なんて言えないしね。
「もー、いつもそうなんだからっ」
「え〜〜、何々、ゆっきー、彼と知り合いなの? もしかしてカレシ?」
「違うよ〜。たよみん。前のオフ会で一緒だったんだってば、ね〜」
「ゆっきーの彼氏は俺だ!」
「あ、ひこくん」
「わお、大胆に宣言したね」
話に加わったのは、ゆっきーと真逆の黒を基調とした、ゴシック調のゴズロリのたよちゃんと、執事風のコスで、ゆっきーをホールドしたひこくん。
「そうだけど、ゆっきーが良いなら、彼氏にでもなっちゃうよ。乗り換える?」
ウインク一つ、そえれば、ゴスロリ女子達は、頬を染める。
ひこくんは、さらに殺気立つ。
なんとも面白い。
俺って、人間の中ではイケメンみたいで、ちょっとそういうの、嬉しいよね。
一族の中に女はいるけど、恋愛感情みたいなのは疎いんだよね〜。
俺も、そういうのわかんないし。
あ、でもエルとかだったら、持ってそうだね。歪んだ愛っての。
「おい、マティム。ちゃんと話、聞いてるのか?」
「うるさい、トイテはぐだぐだ長いの!」
「うげっ、たよ、居たのかよ」
「いたわよっ、悪い?」
「いてててっ、抓るなよっ」
「ふんっ、だ」
おー、わかりやすい。
「はいはい、仲がよろしい二人を置いといて、ゆっきーは俺と遊ばない」
「え〜〜、どうしようかなぁ?」
「絶対に渡さん!」
そこに間に入る、メイド。
「ご主人様、お嬢様。おかわりはいかがですか?」
ふりふりのエプロンが似合ってるね。
メイドになりきった今時の可愛い声の彼女は、その瞳は混ぜて混ぜてと輝いている。
「もう、いいとこだったのに〜」
はしゃぎあう女の子達はガールズトークに花が咲き始めた。
そこでがっちり、ゆっきーを守っているひこくん。
いやいや、元気なことで何より。
あぁ、置いてっちゃったね。ごめん、ごめん。
ちょっと次元が違ったかな?
さっきも言ったと思うけど、ここはネットで繋がったコスプレ仲間が集う、年に数回行われるオフ会なんだ。
ネットだけで交流するより、直に会ってコスプレの技術や趣味の話題に花を咲かせ、新しい出会いとかあると嬉しいじゃん。
ん?
で、なんで俺がこんなところに参加してるのか、だって?
ほら、俺、色んな意味で目立つ恰好だろう?
有効活用しなきゃね。
昔は透明マントで姿を隠さなきゃ、悪魔だの、死神だのって叫ばれて、人間達は逃げちゃって、遊んだり話もできなかった。
外見で見られちゃうのって本当、やだよ。
中身ちゃんと見てよね。
まぁ、その分、怖がらせたり、いたずらしたりして、それはそれで面白かったけど。
討伐隊みたいなもん結成されて追いかけられたときは、さすがに焦ったな〜。
長にはその後、こってり怒られた時もあったね。
うん、窮屈な時代だった。
俺にとっては、ね。
それが今を見てみなよ!
陰険に見えるフード、魔法使い的なこの恰好で堂々と外を出歩いても、人間達は何も言わないし、騒がない!
声をかけるのは同じ趣味だと勘違いする奴らばかり。
ようやく最大限に人生を謳歌する時がやってきたんだぜ!!
祭り好きの俺にとって、こんなに嬉しい時代はないっての。
フリーダムに見える俺たちにも、一応ルールがあるんだよね。
そんな中に、人と接触してはいけないってのもあるんだけど、そんなの守る気ないね。
対象に触れなければ、魂だってとれないっての。
ふる〜〜い考えの長達が決めた、お固い規律なんて誰も守らないって。
まぁ、ようはバレなきゃいいってことよ。
人間は規律破ったり、バレたら大変らしいから、そこは同情するよ。
ん?
もし、俺の違反がバレたら?
長時間の説教かな。重大なものだったら、体罰を受けるだろうけど。
俺のやってることは、他の奴らもやっていることだしね。
お咎めなしっ、レベルなんだ。
ふる〜〜い考えの長達は、お仲間には大変あま〜〜いからね。
さて、説明はそのぐらいにして、俺はパーティに戻るよ。
皆が持ち寄った色とりどりの美味しそうなお菓子やケーキを頬張りながら、参加しているきらびやかな衣装を纏う人間達を眺める。
んー、小さめのオフ会でも結構な人数が揃ったな〜。
よかった。大きめの部屋を用意して。
三十人ぐらいかな?
出席者名簿とリストを照らし合わせて確認する。
うん、順調。
あ、これ、甘くて美味しい。
誰かの手作りみたいだ。
ほんのり甘いガトーショコラはぼく俺の口の中で、この瞬間みたいに、一瞬で広がり溶けていった。
「おぉ、マティム殿」
髭までつけた、どこかの貴族さんが僕に声をかけた。
え〜っと確か、梨酉(なしとり)くんだっけ。鬘まで白髪でオールバックとは、何に憧れたのかな。
身長が百八十以上あるから、紳士的な様になっている。
ただし、今時って感じで、持てないようなセンスなのは確かだね。
性格も気弱で、僕にとってはつけ込みやすいタイプ。
まぁ、そんなことは端のほうに置いといて、俺はにっこり笑う。
「や、主催者君。なにか?」
「そんな、主催者だなんて、照れるからよして下さいよ。それに、この企画を持ち込んでくれたのは君じゃないか」
「う〜ん。そうだけど、俺は面倒くさがり屋だから、投げ出したのを君が継いでくれたんだから、今日は君が主催者だよ。もっと堂々としなよ」
「いや、でも色々アドバイスくれたのは、マティム君のおかげだよ……」
「梨酉君。役が抜けてるぞ。ピシッとして」
照れ屋で気の弱い、彼の背中に活を入れ、ついでにステージへと連れて行く。
パーティ用のカラオケルームはプチステージなんてついてるから、注目を集めるのっていいよね。
これから色々しないといけないから。
『さ〜って、盛り上がってきたとこで、さらに盛り上がる企画をしましょうか!』
お互いの簡単な自己紹介がすんで、慣れてきた会場。
そこに今流行の曲を加えれば、活気が熱を上げる。
『今から、カラオケ大会の始まり! トップバッターは本日の主催者の梨酉君とおまけの俺! 皆、手拍子頼むよ!』
とびっきりの笑顔を向ける。
笑顔って大事だよね。
人の緊張を和らげるのには、最適の魔法だ。
ほら、ってマイク渡せば、梨酉君はカチコチになりながらも、渋いボイスで歌い始める。俺も混ざり、肩組んでデュエット。
観客からは笑いと喝采をくれる。
現実を忘れさせてしまう時間って、人間にとって幸せなのか、残酷なのか知らないけど、俺は楽しいって思うよ。
全て順調だし。
先のことを考えているのは、この中で多分俺だけ。
この後、起こる出来事を知っているのは俺だけ。
さて、どうなるんだろうね。
幸せから、どん底に落ちる瞬間って。
それを楽しみにしながら、俺は待つ。
一期一会のひとときを存分に味わいながら…………。