「あれ、まーくん。鎌、あったんだぁ〜」
「うん。俺としたことが、ロッカーに置き忘れてた」
金物屋を探しまわってようやく手に入れた、丈と同じくらいの大鎌。
磨きに磨いてピカピカしてる。
結構気に入ってるから、持ち歩いて職質されて取り上げられたらたまらない。
「あはは、ドジっこだね〜」
ゆっきーはデロンデロンに酔っぱらっているのか見境なく抱きついてくる。そこに、嫉妬したひこくんが、素早くゆっきーをかっさらう。
「おい、他の男とそんなにしゃべるな、抱きつくな」
「ひこくん! ダイブ〜」
「わ、危ないだろ。一応バスの中なんだぞ」
「いやぁ〜、随分、酔っぱらったね。ゆっきーちゃん」
「いいよね。ゆっきーは。あたしなんか、彼氏いないから、ダイブだってできないもん。一人ぽっつんだよ」
「あはは、じゃあ、僕と今だけ、仲良くなる?」
「え〜、今だけじゃなくて、ずっとがいい〜〜」
薔薇のきつい香りが鼻につく。けど、女の子の触り心地は、最高です。
腰のくびれが特に。
どさくさの幸福に浸っていたら、後ろからドシッとくる。
「おられは、ようてなはらは」
「はいはい、梨酉君、君はここに捕まってようね〜」
もう、いい所で邪魔してくるんだから。
梨酉君を手すりにくっつけるが、地べたに寝転がっていった。
ありゃりゃ、こりゃ完全に出来上がっているな。
再び起き上がらしてもダメだったから、そっとしとこう。
「おーい、マティム。後、どんくらいで着くんだ? たよっ、床で寝そべるなよ〜」
「うるさぁーい。トイテのばかぁ」
前のほうから、愛しのトイテ君のお言葉に、たよちゃんはべろべろな声でも反応する。
初々しいことだ。
「多分あと十分くらい〜」
俺も声を大きく返す。
「もう、マティ、ちゃんと聞いてるぅ〜」
「はいはい、きいてますよ」
皆、酔っ払い過ぎ。
今、向かっているのは二次会の会場。
バスは貸切だけど、さすがに三十人全員を一台の中型バスにおしこめているもんだから、中はきつきつ。
予算の都合上こうなることは、事前に言ってあったから、みんな構わず騒ぎ合う。
ていうか、ほとんど酔っぱらっているか寝落ちているかで、それに手を貸しているものがごく少数。
う〜ん。薬使いすぎたかな?
反省。
まぁ、そろそろか……。
寄りかかっているたよちゃんを、脇に置いて、事前に上の荷物置き場に置いてあったものを、取り出す。
「マティム、何やってんだ?」
「ん、衝撃緩和マント」
「は? なん…………っ」
ひこくんの次の質問は、ブレーキ音としょう衝撃、振動で、かき消された。
キキィッッィ――――――
バスが急ブレーキによって急回転する。
勢いが止まるどころか激しくなる。
衝撃で何人かが吹き飛ばされた。
俺はあらかじめ確保していた安全スペースとマントに身を委ねた。
痛い。
あんまり安全じゃなかったかな。
派手な衝撃で、変形してしまった椅子を自分の体で押し上げながら、這い上がる。
人間でいう保険手当が効かないのは困りものだね。
一応、俺の肌は人と違って、ある程度丈夫だけど。
痛いものは痛い。
ちなみに、エルの白い肌はヒョロクて脆いね。
人間と一緒だ。
あぁ、それにしても、バス自体が何回か廻ったね。
あれま。天井を踏んじゃっているよ。
規模は予想できないのが玉に傷だね〜。
バスはどこかのビルに突っ込んで、直角にひしゃげている。
これはある意味、芸術になるんじゃないかな。
室内は…………ま、ご想像にお任せするよ。
この状況をあいつが見たら、必死で駆け寄っているってとこかな。
さて、仕事しますか。
鎌を拾って、堀作業を開始する。
人が集まる前に、あるものを回収しなきゃね。
外は少し騒がしいから、急がなきゃ。
丁度いい感じにガソリンが漏れているし、後始末は楽そう。
リストに載っていないのもいるけど、まぁ、他の奴らに売りつければいいかな。
傍に転がっているモノに手をかざす。
手のひらが熱くなる。
感触が確認できると、角のとれたスベスベの黒い石が手の中に収まっていた。
せっせとその作業をする。
余分な石はとりあえず袋に詰め込もう。
「う……」
あ、そういや、生存者がいるんだっけ。
これだけ規模がでかいのに、生きているって人間の神秘だと思うよ。
「な、なにが……マティ? ……っ! な、なにしてるの?」
一番最初に意識を取り戻したのは、たよみんか。
「! ひっ」
モノと化したヒトを鎌で持ち上げている姿は、彼女にとっては刺激的だったらしい。
あ〜あ。そんなに身を強張らせないでよ。
さて、どうしたものかね。
お、丁度いいとこに……。
「やぁ、お二人さん。奇跡的に無傷に近いのは君たちだけみたいだね」
「……ひ、ひこくんっ! やだ、起きて、ひこくんっ。たよみん、まーくん、どうしようっ。ひこくん、動かないよ!」
俺の異様な姿に驚いていたたよみんは、ゆっきーの叫びで我に返ったようだ。
震えながらも、ゆっきーの傍へ駆け寄った。
その先にあるのは、ひしゃげた座席に押しつぶされている勇者君。
ゆっきーをあの状況で庇ったのだから、感服に値するね。
けれど、のぞいて見える彼の腕に反応はない。
やれやれ、残念だ。
「椅子に挟まれてるだけだから、これを退かせばなんとかなるかも……」
動転しているのか、そのことに二人は気づいてないみたいだから、ひしゃげた座席をどかそうとする無駄な努力を、止めてあげることにした。
「どかしても、無駄だよ。彼はもう死んでいるから」
その言葉に、凍りついたように振り向く二人。
「え、な、なん……」
問いを返すより、見せたほうが早い。
鎌を一振りして、座席を軽く飛ばす。
その下から、ひこくんを鎌の先で持ち上げて、床に捨てる。
その所作に、片方は息をのみ、他方は泣き叫ぶ。
「ひこくんっ」
「二人にいいこと教えてあげるよ。人はね、死んだらこんなのが取り出せるんだよ」
彼の体に手をかざせば、浮き上がってくるのはかつて光り輝いていた黒い石。
いつも思うけど、まあるくってすべすべした飴玉みたいだ。
「な、なによそれ……」
「魂だよ」
「た……」
「では、いただきます」
再び問われる前に、それを掴んで、ぺろっと飲み込む、ひこくんだった、魂。
これが主食の僕らにとって、どんな食べ物よりおいしく感じるのは本能だからだろうか。
嬉しくって、ついほころんじゃうよ。
それが彼女たちにはどう映ったかは知らないけど、マイナス方面で受け止められたことは、二人の顔でわかるかな。
「ひ、ひこくん! 返して、ひこくんを……っ」
震えた声で、それでも強く叫ぶのは、ゆっきー。
でもね、僕は優しくないから、正直に言ってあげるんだ。
「無理だよ。彼は、君を守って死んじゃったんだから」
「! そ、そんな……」
受け入れがたい真実に彼女は愕然とする。
「あ、あんた、なんなのよ!?」
「何者、っていわれても、見たまんまだよ。俺は君達にずっと正体さらしていたけど?」
嘘は言ってない。
黙っていたことはたくさんあるけどね。
そのことに真っ先に気がついたのは、たよみん。
「ま、まさか、ほんとうに、し、死神………………?」
にんまり笑顔で正解と答える。
血の気の引いていくたよみんと違い、ゆっきーはめちゃくちゃに叫び始めた。
「そんなの、どうでもいい! なんでもいいから、お願い、ひこくん返してっ! ひこくんいないと私生きていけないっ。まーくんはひこくんを生き返らせることができるんでしょ!?」
まだよくわかってない、ゆっきーは震える体でも俺にすがりつく。
無理難題だね。
そんなに彼女を狂わせるほど、大きな存在だったんだね。
罪なひこくん。
「……君郷(きみざと) 辰彦(たつひこ)は、ここで死ぬ運命だったんだ。彼は、もういない」
「いやよっ。ひこくんのいない世界なんて!」
絶対にいや!
血にまみれた彼を抱き、ゆっきーはただ、ただ泣き叫ぶ。
「じゃあ、後追う?」
「え?」
愛する者を失った、絶望を味わっている彼女達に俺が差し出す、究極の二択。
「死んだ者は生き返らない。俺にはできない。けれど、もし君が死にたいと願うのなら、狩ってあげるよ。君の魂。そしたら、俺の腹の中で一応、一緒になれるよ。愛する者と」
死んだ魂に、もう存在しない彼と一緒になれるかどうかは疑問だけど。
それは彼女たちには理解できないこと。
人間は誘惑に弱い。
さて、どうするかな?
「後を追うかい? 追わないかい?」
満面の笑みで回答を待つ。
つかの間の沈黙。
「ほんとうに?」
「ん?」
「ゆ……」
「本当に、辰彦くんのところへいけるの?」
「あぁ」
嘘っぱちな回答でも、これは彼女にとっては救いの手。
「ちょ、ゆっきー、正気!?」
彼女の肩を掴んで真っ正面から向かい合う二人。
美しき友情って奴か〜。
「……だって、ひこくんがいないの。いない世界に、私がいる意味なんてないの」
だから……。
「そ、そんなの、辰彦君が喜ぶと思ってるの!」
「うん」
「っ」
「ずっと一緒にいるって約束したもん。離ればなれになりたくない、……寂しいから」
離れることに寂しいのか、残されることに寂しいのか、それとも独りになることが寂しいのか、意味ありげな回答だねぇ。
まぁ、どれでもいいんだけど。
そう言い残し、震えているたよみんの手を離れ、ゆっきーこと、嘉多羽(かたはね) 美百合(みゆり)は真っすぐな眼差しで俺を見て瞳を閉じる。
死を決意した者が得る、寂しさと孤独、喜びと終焉。
「死神さん。私を辰彦君の所へ連れてって」
「あなたの願い、受け取った」
俺は鎌を振り下ろした。