親友は超人だった |1p


 リビングじゃなくおもちゃに囲まれた部屋に通された浅葱。
「……で、一体どういうことなんだ」
「見ての通りだ」
「いや、そういうことじゃなくて、その子は、ほ、本当にお前の子供か?」
 浅葱は右頬を冷やしながら、子供とじゃれている鉄仮面を引いた目で見る。
「そんなことに説明が必要か?」
 見ればわかるだろ?
 面倒くさいといわんばかりの目。
「あい! パパ」
「おー、美味そうだな」
「こっちは、だっちゃん」
「え、あぁ、どうも……、ダチで、だっちゃんね」
 おもちゃの野菜を一生懸命に差し出す子供。
 子供ならではの大きな瞳をキラキラ輝かせて、何かを期待している。
 一応受け取るものの、これはどうしたらいいのか悩む浅葱。子供の扱いになれていないので、苦笑い。
「えっと、この子の名前は?」
「なこ、撫子(なでしこ)って書いて、撫子(なこ)」
「なこ……ちゃん、ありがとう」
「めちょうかってくだちゃう」
「は?」
「いただきます」
「あぁ、召し上がって下さいね、ってことか」
 しかし、おもちゃだから、どう食べればいいか、そもそも食べ物じゃない。
「おい、そういう時は後から吐き出せ」
「なるほど、って、んな芸当できるか!」
「食べないと、泣くぞ。撫子が」
 すでに、瞳が潤んでいる撫子。食べてくれないの? と言わんばかりの視線。そして千歳はちゃっかり、差し出されたおもちゃを食べたふりしてどこかに隠したようだ。
「こういうときはどうすればいいんだ?!」
「素直に喰え」
「だから、無理だってっ」
「うふぇ」
「っ」
「撫子」
 浅葱の叫びに、泣き出しそうになった撫子に人形をすり寄せる千歳。すると、たちまち、くすぐったいのか、笑い始めた。
 その親友の華麗な対処に、浅葱はただ、ただ呆然とする。

「お前、ほんと、不器用だな」
「悪かったな。つーか、さっきから俺をからかっているだろう」
「半分な」
「半分って……」
 お人形と仲良く遊び始めた子供をじーっと、見つめながら千歳は寝転がる。
 その様子を見ながら浅葱は、いつものことながら、この幼なじみは何考えているか、さっぱりわからないと、ため息をつく。
「で、撫子……ちゃんはいくつなんだ」
「今年で四つ」
「よっ、ぶ」
 叫びだしそうな所に脇腹を蹴られ、うずくまりながらも、なんとか小さい声で叫ぶ。
「お、お、おまえ、中二で産んだのかよ!」
「産んだのは俺じゃない」
「いや、そうだが、そういう意味じゃなくてっ」
 早すぎるだろ! 全てが!!
 一体、全体、この我が親友の早熟ぶりに浅葱は、なんと突っ込んだらいいのかわからない。
「相手は、今、どこにいるんだよ」
 昔住んでいたアパートを離れ、マンションに住んでいるくらいだから、一緒に棲んでいるのだろう。
 どうりでアパートはっていても、帰ってこないわけだ。

 しかし、返ってきた言葉は違った。
「旅立った」
「は?」
 変なニュアンスに浅葱は顔を上げる。そして気付く。千歳の視線の先にあるタンス上にいくつかの写真立てが飾られていることに。
 その一つに映っているのは二人。制服姿の千歳と入院服を着ているきれいな女性。
 それが全てを物語っていた。
 千歳に振り返るが彼の表情は変わっていない。
 しかし、瞳は微かに寂しさをうつしていた。
「なんで…………」
 移り住んだんだ?
 前のアパートの方が思い出は詰まっているはずだ。
「あいつの夢は叶えてやりたい」
 真っすぐ返ってきたその言葉に、浅葱はほとんど学校に来ないわけを諭す。千歳はやると決めたら、全てを駆使してやり遂げる。
 そもそも、彼は理由がなければ何もしない性格だ。
 浅葱はそれを知ってはいるが、秘密主義でもある彼についていくだけで必死だ。マンションの費用や子供の育児、家事などに追われたら学校どころではない。
「あれ? じゃあ、高校行く気になったのは……」
「それもあいつの願いだ」
「……よく、そこまでやり遂げるよな……」
 両立は大変なはずなのに、単位ギリギリだがやってのけている彼に、もうどう突っ込めばいいのかわからない。
 そんな浅葱に一言。
「生きている限り、愛し続けると誓った」
 さらりとすごいことをいう親友に、浅葱は羞恥に頬が赤くなる。
「お、お前は……」
 どんだけ、ストレートなんだよ!!
 自由奔放でどこまでも真っすぐで自分を偽らない、この親友に羨ましいような、恨めしいような思いが入り交じる。
 そして、同時に悔しいと嬉しい想いが強くなる。
 一番近くにいたのに、全く気付かなかった自分に。
 大切なものを見つけられた親友に。
「くそっ、言ってくれれば、俺は無理矢理お前を学校に来させることなかったのに……」
「お前の小言はうるさいからな」
「あ〜、そうですよっ。こんな状況に俺はもう叫んでますよっ。だけど……」
 悔しいじゃないか!
 浅葱は目頭が熱くなる。
 まだ未成年で保護者も結婚も親権もない千歳に今、マンションを買い子供を育てられる状況まで至るのに、少なくとも四年はかかったってことだ。
 そんな大変な中、浅葱は千歳の苦労も気付かずに自分の都合を押しつけてしまった。
「なんでも、お前は一人でやり過ぎなんだ……! いつも澄まし顔で、平気な顔をしてやり遂げる千歳はずるいっ。もうちょっと周りを見ろよ! 頼れよっ。のけ者にされた気持ちを考えろ」
 自分でもかっこ悪いと思う浅葱。これでは八つ当たりだ。
 けれど、言わずにはいられない。
 浅葱の隠し事はすぐにばれるのに、この親友は隠すのも見破るのも巧い。
 納得いかない。
 この不平等に。
 千歳の顔を見たくないので、そっぽむく。
 しばらくは、無理だ。
 弱い自分を見せたくない、対等でいたいのにどんどん先に行く親友に、浅葱は千歳が遠く見えたのだった。
「すまない、迷惑かけたくなかった」
「……今さら、遅いっての」
「浅葱は怒っている方がいい」
「はぁ?」
「気を使うお前はらしくないから、今まで通りでいい」
「………………」
(なるほど……。お前にとって俺に言わないことは、甘えでもあったのかよ…………。早くいえよ。本当に。あ〜〜〜〜、くそ!)
 いつか、お前の慌てふためく姿を、絶対に拝んでやる! と心に誓いながら、微かに笑う浅葱であった。

 

 

第一章 2pに続く
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