初っ端から銀行強盗事件

第三章 〜IN 噴水前〜  三節


 開店十分前、獅童達はデパートの扉前に並んでいる。もうすでに、獅童達の後ろには行列ができていた。
 前にはさほど、並んでいない。
 何か引っかかる獅童だが、後ろの二人により、思考を中断される。
「早く、開かないかな〜。俺腹ぺこで死にそうだ〜〜」
「いいよ。そしたら埋めてあげるから。あ、火葬もいいね」
「なんだよ、せっかく起こしてやったのに。起きたとたん、殴りやがって」
「ふんっ。いきなり起こすからいけないんだよ!」
 頬を腫らした潤一郎と不機嫌な漠のどうでもいい、争い。
 ケンカするほど仲がいいというが、こいつらはそれに当てはなるのだろうか?

「ねぇ、コウくん。お土産の予約は先にしとくよね? 僕もりっちゃんにお土産するから、一緒に頼んでいい?」
「あぁ、別に構わない」
「あ、俺も! 姉貴達の分買ってこなくちゃいけないんだ」
 二人の双子の姉を持つ潤一郎。上下関係はものの明白だ。
「コウくんは、苑ちゃんの他にも誰かにお土産するの……?」
「どういうことだ?」
 引っかかるものいいに、眉をひそめながら振り向くと、漠は少し不満というか、寂しそうな表情をしていた。
 獅童には、その表情が理解できなかったが、横で見ていた空気読めない奴が、何かを察したらしい。
「お前の周りと言えば、キリトっていうにーちゃんやバイト先とかに、お土産持っていくのかっていうことじゃ…………ぐぇ」
「一言多い!」
 腹に肘鉄を食らった潤は、その場にうずくまる。漠はさらに機嫌悪くなっていた。
 それでも獅童はよく理解できないので、普通に潤一郎の言葉に軽く同意した。
「お世話になっている方々には、買っていくつもりだが?」
「みんな、同じもの?」
「? まぁ、そうだな。みんなの好みは知らないからな。お薦めの商品を買ったほうが無難かと……それがどうかしたのか?」
「ううん! なんでもない!」
 急に破顔しだした漠に、あ、でも、と獅童はつぶやく。
「苑には、食べやすいものを買っていきたいな。日持ちして、おやつになりそうなのが」
 俺がいないときでも、気軽に食べれるしな。
 たまに、獅童は時間がある時、おやつも作るがはっきりいって甘味は作るのが苦手だった。なぜだか知らないが、形が崩れたり、こげたり、味がなかったりする。
 彼は料理自体得意なほうだが、スイーツ系は苦手だった。
 苑は何もいわないが、甘味系は好きだと獅童は薄々気付いていた。
 甘いものを食べる時、わずかに顔をほころばせているように見える。
 憶測だが。おそらくはそうだろう。それなのに下手なものしか提供できない自分に、頑張って食べてくれる苑の姿を思い描いては心が痛むのだった。
 そう考えていた獅童をじっと見つめ、うるうると腕に抱きつくネコ……もとい漠。
「苑ちゃんになら、僕も協力するよ! お店のパンフあるから、よかったらこれ参考にして!」
 苑以外なら協力しなかったのか? 疑問に思いながらもありがたく、メニューの載ったチラシを受け取る。
 なるほど、有名店なだけに、結構な品数があるようだ。
 逆にどれにしようか迷う。
 それにようやく復活した潤一郎ものぞきにきた。
「うぉ! どれもうまそうだな。このダークチョコスイーツとかおいしそうだな! あ、この野いちごのタルト風味タワーケーキとか、でかくていいな! 俺もお持ち帰りしたくなってきた」
「食べるのはいいけれど、金額見ていいなよっ。潤、お金持ってるの?」
「へ? そんなに高いのか? えっと……」
 写真の横に書いてある表示を見る。どれもホールケーキだと五千円以上はいっている。高いものだと、一万単位。
 潤一郎がいっていたものはほとんど、後者の方だった。
 ちなみに、今日食べるケーキも一切れ千円前後。
 おみやげのお菓子とかもそれなりに高かった。
 世界的有名店とのことなので、予想をしていた獅童はいいとして、潤一郎が問題だった。
「ゼロが四つって、いくらだ?」
「一万円だな」
「いちまんえん…………? 高いのか?」
 桁がよくわかっていない彼。どうしてそれで、レジ打のバイトができるのだろうか、甚だ疑問になる二人。
「お前が普段食べているメロンパンが、百個食べれる」
「そうか……ってなにぃ〜!!! どういうことだ?!」
 漠が思いっきり潤の頭を殴る。それでどこかのスイッチが切り替わることを願って。
 獅童は、潤一郎にさらにわかりやすく説明する。
「つまり、普段、お前が食べているおやつの一週間分だな」
 普通の人なら半年分のおやつだろうが……内心そう思いながら、殴られて涙目になっている潤にいうと、彼はそれでようやくわかったのか、悲鳴を上げる。
「まじで! そんなに高いのか! 俺ツーコイン(五百円二枚)しか持ってねーぞ!」
「足りないな」
「足りないね」
「しまった〜。朝、おにぎり買うんじゃなかったぜ」
「いくつ買ったの?」
「二十個」
「…………それ、全部食べたの?」
「当たり前だ。三十分あれば食べきれるだろ」
「なんか、もう聞いただけでお腹いっぱいどころか、気持ち悪くなるよ」
 そこは獅童も同意する。
 潤の胃袋のでかさをしった時、食費だけで家計が破産するんではないかと最初は思ったが、彼の祖父母が農業を経営していて、販売できるまでに至らなかった、要は訳ありの野菜などが彼の胃袋を潤しているそうだ。
 そして、自分も暇なときは畑を耕す手伝いをしているとか……。
 地産地消によって、石森家は成り立っていたのだった。
 まぁ、それだけでは足りず、本人はバイトしながら自分の食費を稼いでいる。
 もはや潤一郎という生物が、人間なのか、胃袋なのかわからない。

「俺、そこの幸吉銀行いって、金貰ってくる!」
「おい、待て。貰うではなく、引き出す、だろう」
 獅童の静止も待たずに、猛ダッシュでデパートの斜め向かいの銀行へと走っていった。
 ため息をつきながら、獅童も追いかけようとすると、漠が引き止める。
「なんで、コウくんも行っちゃうの? あのバカ一人で大丈夫じゃん」
 お金降ろすだけなんだから、二人で待っていればいいじゃん。
 そう目が語っているが、獅童は簡単に説明する。
「あのバカが、ATMの使い方、知っていると思うか?」
「……あ……」
 ATM以外に窓口でも降ろせるのだが、それには通帳と判子がいる。おそらくカードしか持っていない潤一郎には、当然のことながら無理。
 ちなみに通帳は、母親が預かっていて、そこから定期的に使っていいお金を手渡されていることまでは、二人は知らない、知るはずもない。
 そして、カードしか持っていないのならば、機械で降ろさなければいけないのだが、はたしてあの潤一郎に表示されている文字が読めるかが、問題だった。
 それができても、暗証番号が忘れていないか心配だった。
 間違えると、確実に面倒なことになる。
 漠にとってはありがたいことだったが、巻き込まれる獅童は嫌だった。
「もうすぐ、開店するから、漠は先に場所をとっておいてくれ」
「え、まってよ。コウくん!」

 

***      ***

 

 ――なんで、あのバカにいつも構うの!?

 フリルの付いた袖をワナワナと掴み、漠はジェラシーに燃える。
 ただ、いつも潤一郎が問題を起こすからそれに獅童はつき合っているだけだが、漠にはそれが憎たらしいようだ。
 ――せっかく二人で遊べると思ったのに、あのバカに予定を合わせて、せっかく苑ちゃんとコウくん三人で食事ができると思ったら、あのバカもついてくることになったし……。
 漠も漠で獅童に色々とわがままをいっているのだが、自分のことは棚に上げて、般若のような表情でぽつりという。
「絶対に、二人っきりにさせるもんですか……!」
 彼に好意で近づく者は自分が認めた人以外、誰であろうと許さない。
 ――そう、誰であろうと……
 漠は染み付いて離れない、あの記憶を無理矢理はらう。
 ますます怒りが込み上げてきたようだ。

 それにしても、保護者役の獅童に気の毒な念を抱かせる。
 まぁ本人は、手に負えなくなったらほかっておくタイプなのだが……。
 そんなわけで嫉妬という炎をたぎらせた漠は、後ろで仲良く談笑して待っている女子へと振り向く。
 とびきりの笑顔と、甘えん坊の猫のような声でいう。
「あのぅ、すいません」

 

 

 
第四章 〜IN 銀行〜 一節に続く
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