不満げな漠を一人にしておくのは心配だったが、後で機嫌をとらせればいいと判断し、皓彗は幸吉銀行へと向かう。
そこでは、思った通りATMの前で固まっている潤一郎を見つけた。
――予想通りというか、間に合ったというべきか……。
「潤」
「スイ〜〜。助かった! マイフレンド〜!」
皓彗が声をかけると、勢いよく振り返り潤はボロボロ涙を流し始め、すがりついてくる。
それを難なく躱す。
いちいちリアクションがでかいバカである。
「聞いてくれよ〜。受付のおねーさんに頼んだら……」
「この機械をご利用下さいと、いわれたんだろ?」
「そうなんだよ。すごいな、スイ。それで、」
「使い方がわからなくて、固まっていた、と」
「いや、それが……」
なにやら、口ごもる潤。
もしかして間に合わなかったか? すぐさま彼の後ろのディスプレイをのぞくと、後一回という表示がでていた。
つまり、後一回暗証番号を間違えれば、お金がおろせなくなり最悪、警備員が来るだろう。
やっぱり、忘れていたのか……。
どうやってここまで進められたのかは、奇跡とでもいうべきなのか、逆に不幸なのか、文字を普通に読めたのかと、色々疑問に残るが……。
「スイ〜、暗証番号ってなんなんだ? スイならわかるだろ」
「これは、潤のだろう。俺にわかるはずがない」
人様のことをいちいち知っているのは漠だけだ、とふと頭によぎるが、漠でもここまでは知らないだろう。
これはプライバシーの問題だ。
「スイもわからないのか! 何が答えなんだよ」
「? 答え?」
話が噛み合っていない。首を傾げた獅童に、潤一郎はいっそう驚いた声をあげる。
ちらちらと、周りの視線が気になってくる頃だ。
それに気付かずに、空気の読めない奴は、遠慮なく騒ぐ。
「だ〜か〜ら〜、暗証番号って何かのクイズだろ? 大抵これをとちったものが答えだと思うんだけど、『あ』だったら番号は『1』だろ?」
これにはさすがの獅童も、一瞬固まったがすぐに納得し、説明する。
さすが、手慣れた様子……。
「これは、クイズではなく、家の鍵のようなものだ。お前がお金の入った家の扉を開けるための鍵だ」
「…………鍵?」
「あぁ、家の鍵が番号になったものだ。漠のマンションに入るときみたいなものだ」
「あ、あー、そうなのか! なるほど〜」
ようやく理解したのか、ふむふむと納得した感じだ。しかし、ここからが本題だと獅童は思う。
これ以上時間が立つと、変な誤解をされそうだからだ。
もうすでに、係員がちらちらとこちらを見ている。
女性店員は頬を染めながらだが。
警備員はというと、不審な目でこちらを見ながら、何か無線で伝えている。
そして、何かの確認のためか、どこかへ消えていった。
ありがたいことだが、迷惑極まりないのは承知なので、皓彗は潤一郎にもう一度、問う。
「目星は?」
「う〜ん。全くない」
打つ手なし。
切り上げるか、そう彼は悟った。
*** ***
皓彗がキャンセルボタンを押そうとした瞬間、突然、何かが潤一郎の背中に突進してきた。
「自分のことぐらい自分でしっかり管理しろ!!」
「漠」
「ぐへぇっ」
突進してきた漠の鋭い蹴りが潤一郎の体を吹っ飛ばす。
「漠、順番は?」
そんな非日常な光景になれている皓彗は、気のせいか、頭に角が生えているように見える、漠に訪ねる。
「大丈夫! 親切な方に頼んどいたから」
満面な笑みで答えられ、それ以上聞かなくても察しがついた。
それよりも目の前の問題をどうにかした方がいいと考える。
獅童は再度、何度も催促しているディスプレイの終了ボタンを押そうとした。
すると、漠がその画面に難なく、数字を打ち込みお金を引き出したのだった。
「………………」
「痛い……ホント、イタイ。なんか最近、みんな俺の扱いひどくないか……?」
「いつも通りだよ、ばか。ちゃんと覚えておきなよ! 君のお母さんの工夫も効果無くなっちゃうよ」
復活してきた潤にお金を投げつける漠。
「いて、って、あれ? これどうやったの? なんで漠が?」
もっともな疑問だが、薄々理解した獅童。
「さっきの数字、潤の学ランの襟裏に縫い付けてあったものだよな」
「そうだよ。潤のお母さんがもしものために、僕にも教えてくれたのだけどね」
「え、そうなの! ……そういえば、そんなこといわれた気がするような、そうでないような……」
母親の気苦労が目に浮かぶ。
忘れること前提で、色々工夫している潤の母親に、まだあったことがない皓彗。
会う機械があったら、いつもお疲れ様ですと伝えたい。
そんな苦労も水の泡にした本人は、嬉しそうにスキップしている。
「サンキュ〜、漠。おかげでケーキが喰えるぜ!」
札束をびらびらと踊らせ、作り笑いの漠に感謝する潤。札の数の多さに気がついてないようだ。
というか、わかってないだろう。
――奢らせる気だな……。
そう察した時、
キィ――――――――――ィインッ
耳鳴りがした。
自分の意志とは反する、ひどくざらつくあの音が。
反射的に辺りを見渡す。
そして気付いた。
店員や客は迷惑そうな顔や野次馬的に獅童達を見ている。
しかし、これだけ騒いでいたのに、警備員が一人もこちらを訪ねてこなかった。
いや、いなくなったのだ。誰かに、呼び出されて。
――やばいな……
瞬間的に状況を把握した獅童は、手近にある漠の手を掴み出口へと向かう。
突然のことで頬を染め、嬉し半分、不思議半分で漠は訪ねてくる。
「え、コウくん?」
「なんだよ〜、スイも早く食べたいのか」
「そんなわけないじゃん。君と一緒にしないでよ。って、あれ、どうして非常口が……」
従業員専用の出入り口は非常口として、通常出口のすぐ脇にある。
それが時間外でもないのに開いた。
獅童はそこから入ってくる人物達を視認するや否や、潤達を床に押し込んだ。
ドゥンッ ガシャ―ン
獅童達のすぐ横の花瓶が割れた。
何が起こったかわからない人々は、悲鳴をあげ逃げ惑う。
しかし時すでに遅しだった。
自動ドアは開かず、さらにシャッターが下りて、外へでることが困難な状況へとなっていった。
「全員動くな!」
野太い声が銀行内に反響したのだった――――。