〜第二章〜


  ――西の森
 日が沈みかける頃、火絆達は西の山脈付近の森にきていた。西の町は、東のニューへルータウンより活気がなく、森に入ると静寂に包まれ異様な感じがした。
「ラグ、なんかここ変。鳥も虫も飛んでないし、木々の声も聞こえない」
 それに……
 うまく言えないもやもやしたものを抱えた瞳がラグを映す。
「どうやら『咒(ジュ)』だけではないようだ。この様子だと『呪(トウ)』もいるな。火絆、なるべく回りに気を配れ」
 あまり私から、離れるな。そういい、二人は奥へと進んでいく。
 森の奥に連れ、樹木が何かで切り裂かれ、何か危険な薬品を撒かれたかのように、木々や草花はほとんど枯れていた。
「! ラグ、あれ!」
 火絆が指した場所には、大きな爆発があったように地面にぽっかり穴があいていた。そして、不気味な風が、ある匂いを運んでくる。
「血のにおいだな」
「!? ラグ、それ本当?」
 ラグがうなずくと、火絆は震える手でラグの裾をギュッと掴む。火絆はすでに涙目になっていた。
 火絆にとって「森」というものは、とても特別な存在だ。それが、こんなに荒れ果て、多分もう気づいているのだろう、ちらほらと枯れた原っぱの中に小動物の死骸がある事に。
 ラグは何も言わず、血の匂いがする方へ歩を進める。たどっていくに連れ、『咒』特有の邪気が肌をぴりぴりと刺さる。
(近いな……)
 そう思った時、何かの気配を感じ、止まる。
「ラ……」
「下がっていろ、来る」
 火絆が何かを聞く前に、ラグは短く答えると森のある一点に向かって駆けていく。
 そこから、小さい黒い固まりらしきものが、姿を現す。『咒』だった。
 体はさなぎのような形をしていて、昆虫の足みたいなものでラグに襲いかかる。
「ラグ!!」
 火絆が叫んだと同時に一陣の風が吹く。次の瞬間、ドサッっと、『咒』達は地に伏していた。
「すっ、すごい」
 ラグ、大丈夫? と駆け寄ろうとした瞬間、まだ、日はおちきっていないのに、頭上が暗くなった。
「え?」
 火絆は見上げようとしたが、思いっきり誰かに引っ張られ、それはかなわなかった。
  ――ズンッ、鈍い音がした。
 火絆がようやく、何が起ったのかわかったのは、ラグに抱き寄せられ、自分がさっきいた位置には、大きな岩があった。
「あら、外しちゃったわ」
 上からおよそ、この場に似つかわしくない陽気な声が聞こえてきた。火絆は辺りを見回したが、クスクスと笑い声が聞こえるだけだった。
「『呪』だな」
(しかも、完全に気配を消している。相当なやつだ。)
 火絆を降ろしながら、ラグは気配を探り始める。自分を引っ張ったのが、ラグだとようやく気づいた火絆は、ありがとう、お礼を言おうとしたが、またしても岩が降ってきた。
 しかも次々と休む暇もなく降ってくる。そのため、火絆はラグに抱えられ、ラグは素早いスピードで軽やかによけていく。
「ラチがあかない。火絆、時間を稼ぐ。戦闘態勢に入れ」
 そういい、安全な場所まで火絆を置いたラグは、自ら、攻撃の雨の中を突進していく。
「ラグ!」
 火絆(コキ)の心配をよそに、ラグはマントを翻し、腕を掲げた。そして目にも見えない速さで、岩を切り刻んでいき、奥の枯れかかった巨木(きょぼく)を切り倒す。
 木が崩れる瞬間、黒い陰が空中を舞う。すかさず、ラグはその影に追いつき攻撃する。
 ――ギィンッ
 火花が散り、両者、枝の上に降りる。
「いきなりね、びっくりしたわ。結構な御点前ね、あなた。お連れさんとは大違い」

 クスクスと楽しそうに笑い、ラグを見つめる少女。天使を思わせるようなブロンドのヘアにすべてを狂わせそうなガーネットアイ。他の人が見れば、かわいい子が微笑んでいるように見える。
 『咒』は邪気を取り込むと、さなぎのような体を脱皮して進化する、それが『呪(トウ)』と呼ばれるもの。『呪』は変身能力を持ち、力が強ければ強いほど、美しい姿になり生物を惑わせ、襲う。
 だが、『呪』は知能が『咒』より少し発達する程度。ここまで、感情豊かに話をする『呪』は珍しい。
(もしかしたら、とは思っていたが、やはりか)
 ラグは内心舌打ちし、『呪』に攻撃を仕掛けるが、あっさりかわされる。
 その光景を遠くから見ていた火絆は、驚く。
(ラグの攻撃を、あっさりかわすなんて!)
 ラグは、火絆の目には見えぬスピードで攻撃しているが、全く当たらない。
 それどころか、逆に押され始める。
「ちっ」
「あなた、変わった腕をしているわね。もしかしてお仲間かしら?」
 ラグの攻撃をかわし、カウンターを繰り出しながら、『呪』はラグに問う。ラグの右腕は、恐竜のかぎ爪を思わせる、歪な形をかたどっていた。
 そう、まるで『呪』が使う変身能力で形を変えたかのように。ラグは、何も言わず、ひたすら攻撃を仕掛ける。
「ふふ、まあいいわ。これでおしまいだから」
 そういい、ラグから離れ、片方の手には水を、もう一方の手には稲妻を宿す。それを見て、ラグは
(やはり、元『守人(レイリス)』だったか。)
 自分の考えが的中したのを確信する。あの店で話を聞いた時、人に敏感な『咒(ジュ)』が人間を襲わずに見逃した事が腑に落ちなかった。側に指示をしているものがいる可能性が高いと。
「さぁ、どこまで耐えられるかしらね」
 『呪』の両手から同時に放たれたものは一斉に、ラグに向かっていく。ラグは避ける間もなく、まともに喰らう。
「ラグ!!」
(あの子、『守人(レイリス)』だったんだ!)
 あぁ、だからこんなにも悲しいのか……。森の中へ入った時に感じた胸を締め付けられる感じの正体が、火絆には、今はっきりとわかった気がした。
 ――『守人(レイリス)』……森の長にあたる精霊。その森のどの精霊よりも優れた知能、知識を持つ。
 だから、ただの精霊より『咒』に堕ちにくいが、ひとたび堕ちれば倒すのにはとても困難だ。何かの拍子で森が全滅して、長だけが残った場合が典型的だ、そのほとんどが『呪』になり、悲しみと絶望のあまり、すべてを憎むようになる。
 おそらくこの『守人』もそうなのだろう。
 自分の大切な森がだんだん人間の発展のため、養分として朽ち、精霊も生き物達も消滅していく様を見続けたら、大抵の者は、気が触れておかしくなるだろう。自分だけが生き残ってしまった罪悪感とともに……。
  悲しみ苦しみ、様々な感情が沢山火絆へと流れ込んでくる。
(だからといって、他の生き物や木々の命を奪っては同じ事の繰り返しになってしまう。)
 あの子を救う方法はただひとつ。
 火絆は、目をつむり語るように、歌い始める。美しい調べを……

――我が内に眠る御霊、聖なる武器よ、我の声に応え、我の前に形となりて、我とともに戦え!――
“聖なる槍(ホーリーライ)”

 火絆の周りをいくつかの光の粒が包み込む。そして、火絆の顔に、文様が浮かび上がり、光が火絆の左手に集まり棒をかたどっていく。
 その光を目にした元『守人』=『呪(トウ)』は、攻撃をやめ驚き、戦く(おのの)。
「あの光、まさか! あの小娘、洸歌者(アリスタ)だったのね。戦闘態勢に入られる前に片付けなければ」
 急いで、火絆の方に向かおうとした時、
「よそ見をしていてイイノカ?」
 『呪』は背後からした声に、とっさの反応が遅れ、もろに攻撃を食らう。
「ツッ、な、なぜ、生きてるの!? あれだけ攻撃を喰らっていたのに……」
  信じられない思いで、『呪』は傷を押さえながら、ラグを見る。
「あ、あなた。本当に何者ですの?!」 
  驚愕と、憎しみが入り交じった眼差しで、うなりはじめた『呪』を冷淡に見つめるラグ。
 その腕は、片方は先ほどのままだったが、もう片方は、黒く平べったい塊を構築していた。
 『呪』の変身能力での防御で、あの攻撃を防ぎなおかつ傷ひとつ負うことがないなど考えられない。
「貴様らと同じにするな」
 『呪』を見下すラグ。見下ろされている『呪』は、
「私ヲ、そこから見下スナ! こノ裏切り者メ!」
 怒りで、変化を解き始める。
「憎イ、我ノ……タイセツナモノヲ奪ウヤツラガ、悲シイ……、スベテガ、破壊シテヤル……。人間モ、ニンゲンノ味方ヲシ、ジャマスル、オ前ラモ!」
 身構えたラグだったが、一歩先に『呪』が雷鳴を発する。
 その一瞬、『呪』を見失ったラグの懐に潜り込んだ彼女は、今までで一番強烈な一撃を叩き付け、ラグを地に落とし、火絆の方へ向かう。
(ラグ! 大丈夫だろうか、確かめたいけど、今はあの子に集中しなければ)
 さっきまでとは比べ物にならないほど、『呪』の負の感情が、火絆のうちへと流れ込み、火絆は軽い目眩を覚える。
 だが、ここで負けるわけにはいかないと自分に叱咤し、棒をかまえゆっくりとまわす。すると次第に棒が鎌になり、火絆はゆっくり歌い始める、彼女に対して、慈しみをこめた歌を……

――心積もる悲しき思い すべて背負おう 君を縛る楔から 君を解き放とう 君が安らかに眠れるよう 我は祈り 旋律をさしあげよう――

 火絆から蒼白い暖かな光が発し始めた。
「歌イ終ワルマエニ、殺ス!」
 『呪』は雷と濁流をまとい、火絆に突っ込んだ。

 ズッ、ズズン!

 激しい轟音と鈍い衝撃が周囲にこだました。
 しばらくして、『呪』は不思議に感じる。
 自分は最大の一撃を放ったのだから、辺りは皆荒れ野になっているはず、なのに、辺りは蒼い光に包まれ、しかも目の前にいるのは洸歌者(アリスタ)ではなく、さっき吹っ飛ばしたラグがいた。
 しかも彼女は、傷一つ負っていない。
「ひとつ、貴様に言っておく。私は人間の味方も、森の味方にもなった覚えはない。火絆のためだけにいる。たとえ、この生命が偽りの存在だとしても」
「っ!?!」
 話は終わりだと、言わんばかりに、ラグは『呪』の手足をもぎ取った。
 倒れる間際、彼女は見た。懐かしき光を。

――すべての土よ 偉大なる空よ 我の中に眠る御霊よ 我に力を与えよ この者に幸ある眠りを そして この山に生命を!――
“精霊達の儀式(スレイムラリアー)”

 火絆が放つ暖かな蒼い光は、『呪』を、山を、そして周りの町を包み込んだ。

 

 
エピローグへ続く……
前へ  目次  次へ
copyright(c)2010- Tukuru Saima All right reserved.since2010/2/5