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太陽が真上に昇る頃、イーラ達のアジトでは、乙女な会話が飛び交っていた。
「ほ、ほんと、本当に、変じゃないかしら? お姉様、カルネ」
「ええ、すごくいいわ」
「ルーお姉様、超可愛い!!」
「そ、そう、かな」
「うん!!」
等身大の鏡の前で、恥ずかしそうに俯いているイーラに向かって、満面の笑みを浮かべる二人。
イーラは髪を整え、カルネが肌の手入れとお化粧をし、レフィーナが縫った白のワンピースを着ていた。
普段のぼさぼさの髪、黒服、黒マント、のイーラとは別人だった。
「ほら、こうして結った髪にこれを付けると……」
「あ……」
レフィーナは髪飾りをイーラの髪に付けてあげる。
どこからどうみても、イーラは恋する乙女だった。
「私じゃないみたい……」
「今のイーラも、普段のイーラも変わらないわ」
「うん! 優しくって単純で素直なルーお姉様よ」
「単純はよけいよ、カルネ」
「わー、ルーお姉様が怒ったー」
「もう!」
久しぶりに深く眠ったイーラ。その顔色を見て、レフィーナはほっと胸をなで下ろす。
昨日の記憶が曖昧になっていたイーラには、余計な心配をかけさせないために、カルネと二人で、衣装合わせのときに疲れて眠ってしまったと口裏を合わせたのだ。
「い、い、いってきます!」
「いってきまーす。レイナお姉様」
あまりにも普段の恰好と違うので、黒のマントを離さなかったイーラをようやく説得し、代わりに、カルネが途中までついていくこととなった。
「いってらっしゃい」
気をつけてね。
そう、レフィーナはいい、二人を見送ったのだった。
「あー、なんか暇だな」
昨日の突然の訪問者のこともあり、あまり眠れなかったハイレン。
「おい、大丈夫か? ごめんな、俺の依頼を手伝っちまって」
「いいっての。まだ次の依頼まで時間あるんだし」
「そうか? お前最近あんまり眠れてないんだろ? 無理だったら俺だけで、この依頼をやっておくぞ」
「そんなに気を使わなくてもいいよ。ジル。まぁ、確かに他の雇われた奴らが動いているのか、山賊はそんなにでないよな。昨日はすっげー弱いやつ三人組だけだったし」
欠伸をしながら、本当に被害がでているのか? とジルに尋ねる。
「あぁ、他の奴らの話では、頭が回る山賊がいくつかいて、俺たちの目が届かない所で、金品を強奪しているみたいだぜ」
襲われた傭兵もいて、そいつらはかろうじて生き残れたが、身ぐるみ剥がされたらしい。
「うわぁ、そんな奴らがいるのか。んじゃ、もうちょっと先の方も見ていった方がいいんじゃないのか?」
「そうだな。向こうの方だとシーザーもいるから、何か有益な話が聞けるかもな」
イローネは山脈が連なっていることもあり、森が広範囲に渡る。
シーザーも今日から手伝うこととなり、他の傭兵のグループへ顔合わせにいったのだ。
「それにしても、ここ数日は色んなことが起こったな。まさか、あの三女神のうち一人を間近に見ることが出来るなんてな」
しかし一番は、シーザーがキレたことが怖かったよな〜。
そうジルは苦笑気味で語る。
「ああ」
「なんだよ。まだ悩んでいるのかよ。よくわからん奴はほっとくのが一番だぜ」
「わかったような。わからないような……」
ハイレンはイーラにどうしたいのか、どう思いたいのか、まだわからないのだった。
少なくとも昨日のレフィーナの話で、イーラをそこまで嫌いではないと、感じたのだ。
「ま、女神は高嶺の花として、お高いほうが、火傷しないと思うぜ、おっ」
「ん? どうした」
「あっちの方で、なんか光った」
「どこだ?」
声を潜め、ジルの指を指したほうを見るが、ハイレンには確認できなかった。
「今は消えたが、気になるな……。様子を見てくるからハインは、そこで待機してくれ、何かあったら笛を吹くから」
「俺もいくぞ」
そういったが、ジルは笑って、ハイレンの肩を叩く
「寝不足のお前じゃ、いざって時、やばいだろ。少しぐらい休憩しとけって」
「そんなに俺は、役立たずかよ」
「いや、頼りにしてるんだって」
「ふん。わかったよ」
「はは」
「ジル」
「ん?」
「気をつけろよ」
「わかってるって」
んじゃ、行ってくる。
そう、言い残し、ジルは森の中へ消えていった。
それを見送ってから、ハイレンはすっと目を閉じた。
周囲に人の気配はない。
静かな森だ。
「…………」
僅かに浮かんだ疑問。
「それはないな」
口に出し、否定する。
どうもここ最近、寝不足で疲れているのだろう。
明日辺りにでも、シーザーにお願いして一日、休暇でもとろうか。
そう考えたハイレンの後ろで人の気配がした。
「ハインッ。あなたそこで何をやっているのですか?」
「……おぉ。ザク」
眉を吊り上げ、貴方一人ですか? ジルは? とシーザーは周囲を窺う。
「んー。ジルはなんか怪しい光を見つけたから、偵察に行ったよ。ザクはなんで一人なんだ?」
「奇遇ですね。俺も三人で行動していたのですが、その内の一人が怪しい光を見つけたので、そいつと、もう一人が偵察に行ったのですがいっこうに帰ってこないのでこうやって捜しにきたのですよ」
「…………」
「…………」
沈黙。
「なんか、おかしくないですか?」
「そうだな」
「ジルはどっちの方向へ?」
「お前がきたほうと反対の方向」
「行ってみましょう」
「……そう、だな」
シーザーが駆け出す。
その後ろ姿にハイレンはほっとした、瞬間、やばいと感じて、咄嗟に身体を右にずらす。
ザシュッ
「っ、お前……」
「すいませんね。ハイン」
後ろを向くと前を自分の前を走ったはずのシーザーの姿があった。
その手には鋭利な剣。
「なんだ。そんな魔式、も、使えるのか」
「ええ。移魔(ルーリ)ですよ」
「ははっ。一杯食わされた」
「? 何を笑っているのです。私が裏切ったと知って、ショックを受けて壊れたのですか?」
「いや、お前がそんな魔式も使えることに、な」
背中の傷が熱い。
どうやら剣に毒も塗られたようだな。
そう、苦笑しながら、目の前にいる奴じゃない名前を口に出す。
「お前に敬語は似合わねーよ。ジル」
「……いつから、俺が化けていると?」
シーザーの姿をしたジルは尋ねる。
「最初からなんとなく、だ」
「お前のなんとなくは本当にすごいな」
「お前こそ、偽姿見(イリエナ)を使えるなんて驚きだ」
「まあな。今までお前らの前で使えないふりをするのは、大変だったぜ。しかし、まさか見破られるとは思わなかった」
同士討ちに見せかけたかったんだがな……。
そういって、魔式を解く。
「なるほど、三年前から俺たちに近づいたのは、この日、この時のためだったのか?」
俺の命を奪うために。
「そうだ。強いお前は国に雇われるのをことごとく、断った。他の奴らと一緒で自由人だからな。しかしそれが、国にとっては脅威なんだよ。それで、俺が監視役兼暗殺者として送り込まれたのさ」
「そうか」
「随分あっさりしているんだな」
「充分驚いているさ、これでも。それよりも、ただ……」
地面を蹴り、ジルへ剣を振りおろす。
「お前と戦うことが出来るのが嬉しいのさ」
「まだ、動けるとはさすが、疾翼の騎士(エル・ヴェーチェル)。だけど、無理すんなよ。それはお前のために作った、お前専用の毒なんだ。直に、動けなくなるさ。それに、俺はお前と戦うつもりなんて、毛頭ない」
まだ、やることあるからな。
そういい、指を鳴らす。
数十名、色んな武器を持った男達が姿を現す。
「お前の相手はこいつらだ。そこそこやるから、お前でもたの……」
ジルは鋭い衝撃を間一髪で避ける。
集めた腕利きの奴らが半数になっていた。
「ははっ、やっぱすげぇな。でも、まだまだ呼んでるから、な」
次々くるぜ。
そう言い残し、ジルは森の奥へと消える。
「ま、待て、くそっ」
左足が麻痺し始め、うまく動かせない。
周囲の殺気がハイレンを囲む。
(くそう、早くあいつを、追いかけなきゃいけないってのに……)
しびれる手足を魔式で叱咤させ、ハイレンは邪魔な奴らを一掃するのだった。