「あいつらには、時間の概念がないのか……」
ため息をつく。かれこれ、待ち合わせ時刻を二周りしそうだ。
いつものことながら予想はしていたことなので、獅童は結構早めに待ち合わせの時刻を設定してよかったと思う。しかしそれでもそろそろ、並びに行かないと混むのではないかという時刻だった。
どれだけ早く待ち合わせしているのか、というか、待ち過ぎじゃないのか? と誰も突っ込む人はいない。
携帯で連絡をとろうにも、潤は携帯を持っておらず、漠はなかなか繋がらない。
はっきりいって、待ち合わせするだけで時間がかかる三人組だった。
――先に行って並んでいくか……
獅童は、会わなかったら会わなかったで、ま、いいかと考えた。
しかし、彼らはギリギリになってきそうだが。
ギリシャの彫刻らしき銅像をかたどった噴水の前で、獅童はまた周囲を見渡す。
自分以外にもちらほらと待ち合わせをしている人達が確認できる。まだ時間が早いためか、そう広場には人影がいない。
右手の方に獅童たちが向かう王将デパートがある。左手には小さな雑貨屋、幸吉(こうきち)銀行、様々なオフィスビルが並んでいた。
獅童は胸元のネックレスへ視線をうつす。太陽に反射する六角水晶の中は、黒の液体が薄暗く光を放つ。
「もう少し、減らした方がいいか……」
ここに来るまでも、マイナスの方を減らそうと、鳥の糞を避けたり、スリを捕まえたりしたが、やはり、まだ赤より多い。
待っている時に減らしてみたが、あまり効果はなかったようだ。
もともと自分の運は悪い方のなのか、赤の液体は黒よりたまるのが遅い。黒ばかりがたまっていく。
こればかりには、ため息もつきたくなる獅童だった。
まだ人がいない方が、巻き込まれにくい。そう考えた獅童は、少し集中する。
キィー――ン
いつもの耳鳴りが聞こえ始めた。周囲が一瞬、少しぶれ、普通に戻る。
さて、なにが起こるか……。
「お、いたいた。スイ、はよー」
少し身構えていた彼は、声の主に拍子抜けした。右を見れば制服を着た潤の姿が視界に入る。
これがマイナス、ではないよな……?
「? どうしたんだ? それにしてもお前、いつもくるの、早いよな」
「何度もいうが、お前が遅い。今日の待ち合わせは今から二時間も前だ」
「へ!? デパートが始まる三十分前に集合じゃないのか!??」
あぁ、また騙されたのか……。獅童は納得する。昨日の帰りに時間を決めたから、先生に強制的に連れ去られた潤は知らない。
漠が伝えとくといっていたので、任せたが本当に漠は潤のこと苦手だな。
少々、勘違いをしている獅童。
漠がこの場にいたら「コウくんと二人っきりになるのに、あいつが邪魔なだけなんだよ!」といいそうだ。
「それで、朝練してきたのか」
「あぁ。昨日行けなかったから、朝練だけでも顔を出しときたくて……。あ〜、思い出したら、腹へってきた」
こってり昨日の補習でしぼられたようだ。それで身に付けばいいのだが、先生の苦労がありありと想像できた。
剣道部はもうすぐ大会がある。一応レギュラーの潤は鍛錬に励んでいるようだ。一応。
なぜなら、技術的には強いはずなのに本番で勝った所は一度も見たことない。
潤一郎曰く、「相手からすごい殺気がきて怖い!」らしい。
潤が考えていることが今イチわからない。
まぁ、考えても無駄だな、そう思いながら時計を見る。
開店四十分前。
「そろそろ、デパートに並んだ方がいいな。漠は何をしているのか」
「へ? 隣の、漠じゃないのか?」
潤一郎は獅童から見た左を指す。
確かにずっと隣で人が寝ていたと思うが、漠だったか? 全く気にしてなかった獅童は首をひねる。
目を向けるとそこにはグリーンベレーをかぶり、星のピンを髪にはめ、ヒラヒラのリボンが付いたシャツにショートパンツを履いた人物がいた。
鼻血を出して寝ているが、確かに漠だった。
正確には倒れていた、の方が正しいのだが。
「……これは、こけて気絶したのか?」
とりあえず、他に怪我をしていないか確認する。特に目立った外傷は見られない。
なら、なぜ倒れているのか?
救急車を呼ぶべきか、叩き起こすべきか悩む獅童。
どこを突っ込めばいいのやら……。
「あ〜それ、ただの気絶だぜ」
――久しぶりにスイの私服を間近に見て、昇天したんだな〜
その気持ちはよくわかると、一人うなずく潤一郎。
スイの格好はV時型のラインTシャツの上に青のジャケット、紺のジーンズとシンプルなものだったが、彼が着るとモデル並みにかっこよく見える。
この日のコーディネートは、前日に来ていたソウさんが『明日出かけるなら』と獅童の部屋に用意されてあったものだった。
どこでどうやって知ったのか、恐ろしい情報網だ。
当の本人は、あまり気にせず、好意に甘え着ただけだった。ちなみに苑の毎日の服もソウさんが選んでいる。苑の好きなうさぎとくまのアップリケをつけてくれた淡いピンクの服を苑は好んで着ているようだった。
そして、漠の気絶が自分の所為だとも気付かず、おそらく、どうでもいいと思っている彼は、怪我が原因でないと知るや、気絶したネコ……もとい漠の頭をはたいたのだった。
「ん……、あ、あれ?」
「起きたか」
「あ、コウくん……かっこいい…………」
ようやく、目が覚めた漠は、目の前にいる王子様の後光で、再び気絶した。
「……」
「……」
これを遺言にしようか。
そう思ったが、それはそれで微妙だ。
「潤」
「おう」
「お前が起こせ」
「オッケー」
そうではないと、話が進まない。待ち合わせだけでこうもややこしいとは、獅童は一刻も早く帰りたいと願うは自然なことだった。