――三日前
わたくしこと、セレナ・エファーリスが棲んでいる湖、“碧翼の湖(マリーアクア)”は、簡単に言えば人間界とは違う場所にあり、とても山紫水明(さんしすいめい)といいますか、広大な緑に囲まれています。
そしてこの湖の中にはいくつか人間界の湖へと通じる“回路道(スピロト)”があります。
なぜ、通じる回路があるのかというと、わたくし達妖精は、この妖精界で空高くのびる緑樹のお陰で光が足りないのです。
光が足りないと栄養がままならないので、木々が低い人間界の湖へと移動しエネルギーを貰っているのです。
でも、頻繁にいかなくてはいけないわけではありません。半年に一回光を補充すれば十分生活に困らないです。
それで、わたくしも光を補充するために回路道を通って人間界へと行きました。はじめての時は、それはもうビクビクしながら行きました。
周りの妖精達がからかい半分、おもしろ半分にわたくしにあることないこと吹き込むのがいけないのです!!
人間は身の丈が十メートルもある巨人だとか、出会ってしまったら食べられてしますので、食べられたくなかったら、三回泳いでワンと言えだとか…………あぁ! 思い出しただけで恥ずかしくなってきました!!!
人間がそう怖くないとわかっても、やはり恐怖心がとれなくて、人気がない湖を捜し、そこでいつも水浴びをしていました。
そう、そこの湖はまさに穴場なのですよ!!
大変静かで、小さな滝が明瞭に流れさらに森の奥なので、滝と小鳥達のハーモニーが絶妙によいのです!
他の妖精もなぜか静かすぎるといい、あまり来ないのでわたくし個人のオアシスとなっておりますの。
だから時を忘れて何日もそこで過ごしていました所、ふと近くで泣き声が聞こえてきましたのです。
これはもしや、この湖に伝わる赤子の幽霊!??
と、その時血の気が引きましたが、せっかく見つけたオアシスです。
二度と来れないのがとても悲しいので、な、なんとかその幽霊と交渉してようと、おそるおそるその声の方へと、湖に身を潜めながら、見に行った所、小さな女の子が、湖の近くで泣いていたのです。
私は幽霊でなくて本当にほっとしました。
けれど同時に、どう人間と会話すればよいのか困りました。原則、あまり人との接触は禁じられているのですが、皆そのようなことおかまい無しで、お話ししているそうです。
わたくし?
わたくしは、人にであったら真っ先に逃げていました!
だって恥ずかしいのですもの!!
それでも、泣いている子はほっとけません。ど、どうしたらよいのか本当にわからなかったので、しばらく考えました。
すると、我ながらすばらしい妙案が浮かび、さっそく行動に移しました。
その妙案とは、湖から姿を見せずに『どうしましたか?』の看板を持ち、少女に近づくことです。
これなら、恥ずかしくないし、人としゃべらなくてすみます。とてもすばらしい案です。
しかし、どこをどう間違ってしまったのか、少女は予想外の行動にでたのです。
なんと、わたくしの看板を見て、その看板ごとわたくしを魚のように引っ張りあげたのです!!
「ひゃぁ!?」
わたくしはもうびっくりし悲鳴を上げつり上げられました。それはもう、大物を釣られたかのように……。
わたくしの体の下半身は人と違って尾ひれだけなので、地上では歩けないのです。
だからつり上げられた時はパニックになりました。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ! 水、水!! ど、どうやって帰るの?? そ、そう。か、かんばん、かんばんよ!??」
「これ?」
「そう!! それです! そ、そそそ、それさえあれば、帰れるのです」
「? どうやって?」
「どう、って、こうです」
私は必死に看板にしがみつきバタバタしました。冷静に考えたら、看板にしがみついただけで湖に帰れるはずがありません。
けれど、この時の私は必死だったのでした……。
五分後、ようやく、びちびち跳ねていても元に戻らないことに気付いた私。
あぁ、恥ずかしい!
しかもそのパニックになっている姿を一部始終ずっと見られていたことが、この時をとにかくなかったことに、そして生まれ変わりたい気分になりましたよ!
「よーせいさん。大丈夫? これ、お花」
羞恥のあまり打ちひしがれてしおしおになっている私を、少女は必死になぐさめてくれます。立場が完全に逆になってしまっていました。
「あ、ありがとうございます」
少女が摘んできたお花は、ピンクのひらひらとしたかわいらしいお花で私の心は幾分落ち着いてきました。少女はうろうろと不思議そうに湖を見ています。
「よーせいさんは、湖にすんでいるの?」
「え、えぇ」
「ふ〜ん」
そういい、少女は顔を湖にいれました。わたくしはしばらく、その行為の重大さに気付かず花を見ていたのですが、人が何十秒も水中で過ごせるわけがないのを思い出し、
「て、えぇぇ! な、何やっているのですか!??」
急いで引き上げました。しかし少女はあっけらかんとして、
「よく見えなかった」
短い栗毛の髪を濡らし、真っすぐな瞳で彼女はわたくしにそう言ったのでした。
なんと大胆な少女なのでしょう!
「あ、そう言えば、私、カシアっていうの。よーせいさんは、なんていうの?」
「わ、わたくしはセレナ・エファーリスです」
「じゃあ、セレだね」
にっこりと彼女は屈託のない笑顔を見せます。それだけなら彼女はとても可愛らしい子です。それで、さっきのことを思い出し、なぜだか私の上に座るカシアに、わたくしは訪ねます。
「え、えっと、カシア? あなたはなぜ先ほど泣いていたのですか?」
「ん〜。ここで泣けば、よーせいさんに会えるって聴いたから」
…………?
意味がよく分かりません。それは、魚釣りこと妖精釣りをしたということでしょうか?
そして、見事わたくしが釣れたということでしょうか?
な、なぜに???
「な、なぜ、わたくしに会いたかったのでしょうか?」
半ば頭が混乱しながら訪ねます。そしたらまた、予想もしないことを彼女は言いました。
「どんな味がするんだろうって」
「食用ですか??!!」
「うん。でも」
「でもっ?!!」
「セレは不味そう」
不味くなさそうだったら食べるつもりだったのですか〜〜!!?
お、恐ろしい子です。
はっ、そういえば先ほどわたくしを釣り上げた力、とても子供とは思えないほどでした。
も、も、もしや人間が巨人のように力が強いというのは本当なのでしょうか?
冷や汗がでてきました。そんなわたくしの気持ちをつゆ知らず、カシアはぴょんとわたくしの膝から降りて訪ねます。
「他のよーせいさんは、おいしそう?」
「不味いに決まっています!!!!!!!」
私は力強くいいました。それからしばらくわたくしは勢いに任せて、妖精がどんなに不味いかをカシアに言い聞かせました。
内容は思い出すだけでわたくし自身吐き気がしてしまうので、お話ししませんが、カシアは平然と聞いていました。
そして、ぽつりと
「残念……」
あら? なぜでしょう? 背中がとても寒い気がします。
「と、とにかく。妖精はとても不味いのです。体に毒なのです! わかりましたか」
「うん。わかった。じゃあ」
「まだ、何かあるのですか?!」
勘弁してほしいです〜〜
「友だちになって」
?
??ともだち??
わたくし達の世界では聞かない言葉です。
「それはなんですか?」
「友だち、知らないの?」
カシアは驚き、まじまじ見つめますが、知らないものは知りません。共倒れという意味でしょうか?
私が首を傾けていると、彼女は少し何かを考えた後こう言いました。
何故か不吉な予感がします。
「友だちっていうのはね、できる限り一緒にいて、一緒に食事したり、一緒にお昼寝したり、一緒に遊んだりすることを『友だち』って言うんだよ」
………………………………………………………………えーっと、つまり、それは共に生活をするってことでしょうか?
彼女はうなずきます。
!!!?
『これはわたくし達の世界では、結婚に当てはまるではありませんか!!!』
わたくしは、心の中で驚愕の雄叫びをあげました。
信じられません。
に、人間界で、年端もいかないような少女にプロポーズを申し込まれるとは、もしかしたら、これがこの世界では当たり前なのでしょうか?
でも、人間界は女性から女性へ求婚を申し出るのが普通なのでしょうか?
わたくしの世界はお魚さん達でいうなら、オスがメスに求婚を申し出る感じなのですが…………。
いえいえ、そもそもわたくしと彼女は人と妖精、相容れません。
それ以外にもなにか、重大なことを忘れているような気もしますが、はっきりいってもう何が何なのか……。
こ、これはどうすればよいのでしょう?!
つぶらな瞳でカシアはわたくしを見ますが、わたくしは目の前が真っ暗になってきます。
しかしそれでは相手に失礼なものなので、なんとか踏ん張っていますが、ダメです。
思いつきません。
「セレは、私と友だちになるのいや?」
「いえ、そういうわけではありませんが…………。そ、その、生物学的上と言うか、倫理上と申しますか、様々な問題が浮き上がってくるのですが………………」
「?? どんな?」
「は、そっ、そうです! こういう告白は、まず、同じ人に申し出るのが普通なのではないでしょうか? そ、それか好きな方とか……」
人間界の摂理がよくわからないので半ば、しどろもどろにわたくしは言い訳をしてしまいました。なんと、情けないことです。
「告白?」
「そうです! わたくし達の世界では『友だち』は『結婚』なのです! プロポーズなのです!!」
拳を握りしめ、わたくしはぽかんとしている彼女に、結婚が何たるかを力説しました。
「つまり、わたくし達の世界上で『友だち』とは女性と男性が共に過ごすことを言います。……カシアにはいませんのでしょうか? その、殿方が」
おそるおそる聞きましたら、カシアはふてくされた顔で、ぽつりといいます。
「だって、みんな私を怪力っていって逃げるんだもん」
怪力? またしても不思議な単語がでてきましたが、しかしどうやら、人間界の求愛は女性から男性へするみたいです。
そしてカシアはことごとく逃げられているということなのでしょう!!!
なんと、おいたわしいことか……!
カシアとはまだ会ったばかりですが、彼女は人で怖い面もありますが、優しい面もございます。
こんな可愛らしい方をことごとくふる方は、一体どんな方達なのでしょう!?
ひどいものです。
かといって、わたくしがこの申し出を受け入れるのはいけませんし…………
あ〜、もう!
私は頭を振りみだし考えます。
「セレもやっぱりいやだよね……」
しょぼんとする彼女をみて罪悪感が心に突き刺さります。
「と、とりあえず、みっ、三日お待ち下さい! 申し出を受ける、受けないにしても色々とこういうのは整理しないと、いけませんので……。そ、それまでは、普通に遊びませんか?」
無い知恵をなんとか絞り出した答えに、なんと彼女は周りの花よりも嬉しそうに笑顔を咲かせました。
少し、どきっとしたのはなぜでしょう? 同時に良心が傷みましたが……。
そんなわけで、わたくしはカシアと三日の間は普通に遊んだりして楽しく過ごしました。
大抵、カシアがわたくしの苦手な蛇などを捕まえてきてみせてきたり、水中の鬼ごっこでは、妖精のわたくしよりも速く、泳ぎわたくしを戦慄させたりで……、わたくしは悲鳴を上げてばかりでしたが……。
それで、今日が求婚の返答の日なのです!
どうしたらいいのでしょう!!!???
あ、あら? 私の周りにいたお魚さん達が、ものすっごく遠巻きに私を見ていますわ。
なぜ?!
やはりおかしいのでしょうか? 人に告白されたことが……!
(((いや、それ以上の問題だって)))魚一同の思い
こ、これではわたくしが変人と見られるだけの内容になってしまったような気がします。
これも全部、作者のせいです!
だれか〜、ヘルプ、ミ〜。
しくしく
パタパタ
一匹のお魚さんがなんか言っています。
『自分の心を正直に言えばいいのだよ』
わたくしの、心?
パタ、コク。パタ、コク。
…………そうですね。正直にわたくしのありのままの気持ちを打ち明けた方が、カシアのためにもなるかもしれません。
少し、ゆ、勇気が持てた気がします。
お魚さん、ありがとう。
いざ、舞台へ!
〜後編に続く〜